第188話 新しい日々

「クレセンシア様は好きっていうか、推しみたいなもんなんだよな」


「おし? 何よそれ」


 下着姿で尻もちをついたままのサラスヴァティが、不満げな顔で問う。


 そうか。推しってこっちでは無い概念なのか。じゃあなんて言えばいいんだろう。


「顔が可愛いとか、見てて癒やされるとか、好きとはまた別の感情なんだよなあ。いやまあ好きではあるんだけどさ」


「ほらやっぱり好きなんじゃない」


 足をうんと伸ばして靴下を履くサラスヴァティ。女の子らしい白い肢体は、日頃の訓練によって細くしなやかに鍛えられていた。例えるなら猫のようだ。


「ろくに話したこともないのよ? よくそんな好きになれるわね。私だったら考えられないわ」


 ゲームからの推しですとは言えずに俺は黙り込むしかない。ただそれが自分の気持ちを否定されるようで悔しくて、つい反発するように口を開いた。


「じゃあサラスヴァティはどういうのならいいんだよ?」


「沢山話して、一緒に過ごして、この人なら大丈夫って思えないと無理だわ。あと尊敬できる所があるといいわね」


「冗談だけど、それって俺?」


「……そうだったらどうするの?」


「えっ」


 思わずその場で固まってしまう。視線はサラスヴァティの目に釘付けだ。


 そうだったらどうする。どうする、どうするって、何を?


 目に付くのは惜しげもなく晒された白い素肌。まだ幼いけれど、女性的な曲線美を持った身体と、とてつもなく整った容姿を見て、興奮を感じずにはいられなかった。


「……っ」


 途端にサラスヴァティが女に見えてきて、俺はその恥ずかしさにドギマギしてしまう。けれど俺よりサラスヴァティの方が恥ずかしかったらしい。


 サラスヴァティは負けじと俺の目を見続けていたが、次第にその顔が真っ赤に染まっていく。しかもぷるぷると身体が震え始めていた。


 どう考えても無理をしているのが分かる。


 俺は元ニート女性経験皆無のクソガキで。サラスヴァティもまた異性経験なんてないから、俺達はそのまま互いに見つめ合って固まるのみだった。


 そんなところにーー


「朝ご飯の準備が出来ましたよ」


 ミーシャが部屋の扉を開けて中に入ってきた。


 俺達は咄嗟に目を逸らしてそっぽを向く。明らかに気まずい空気感。ミーシャは何かを察しつつも私はなにも知りませんよといった表情で、


「……どうしました?」


 と言った。


 ーー本当に、そろそろサラスヴァティとは別室で生活したほうがいいと思う。


 このままでは、成長と共に増してきた性欲を抑えられなくなる時が来てしまいそうだ。



 早朝の修羅場を超えた俺はその足で稽古場を訪れた。


 多くの兵でごった返す以前と同じ光景。以前と変わったのはーー


「ノルウィン様、お待ちしておりました」「我らも参加致しまする」「さあ、今日の訓練を始めましょうぞ」


 多くの老兵が俺の前でかしずく。彼らは元オブライエン派で、現在は俺の部下として活動する者たちであった。


 単純な強さはここの騎士達に劣るが、戦場での経験値、そしてそこから来る勝利への嗅覚は桁外れなモノを持つ。


 未だに集団戦でシュナイゼルの部隊に負けたことが無いと言えば、その恐ろしさも理解できるだろうか。


 そんな彼らの先頭に立つのが、


「ノルウィン様、本日はいかが致しましょう?」


 長い白髪を後ろで一本にまとめた、ハクレンという老人であった。


 戦場に似合わぬ穏やかな相貌、人好きのする笑み。一見戦えるようには見えないが、戦闘でこの老人が見せる剥き出しの貌は、まさに般若のようだった。


 はっきり言って俺は戦いたくない。


「そうだな……」


 今日の練習メニューを確認する。そして早速訓練に取り掛かろうとしたところでーー


「……だめ。ノルウィンは私とやる」


 怪物のような雰囲気を纏う少女が、稽古場に姿を現した。

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