第108話 まーたやらかしたよ

 あ、ヤバイ。


 変なところに唾が入ったせいでまともに呼吸が出来ないでもクレスたんの前で無様に咳き込むのは嫌だし普段訓練で苦しいのを散々我慢してるんだからここは耐えろ俺!


「ぶ、ぐ、ぇ」


「······」


 必死に咳き込むを堪えた結果、君の呻き声を溢す俺と、それを前に怯えるクレセンシア。


 うん。それもまた可愛い。


 根が人見知りだからだろう。

 入室したはいいもののオロオロしている様は庇護欲を駆り立てるし。


 大きな瞳で忙しなく周囲を見渡す様は小動物みたいだし。


 え、待って。

 俺、この子の護衛をやるの?


 やっていいの?犯罪じゃない?


「の、ノルウィン、君」


「は、はひ!?」


「ひぅッ」


 名前を呼ばれた喜びから弾けるように答えると、クレセンシアはびくりと肩を震わせて飛び上がる。


 それから逃げ場を探すように視線を泳がせ、しかし隠れる場所はなくあうあうと口を動かして静止する。


 うん可愛い。


「はぁ~~~」


 横でシュナイゼルが頭を抱えながらクソデカため息をついてるけど、それは知らん。知らないったら知らない。


 嫌でも待って。やっぱり助けて下さい俺だけじゃクレスたんとまともな会話が出来ないんです!


 そんな感情を視線に込めてシュナイゼルを見つめると、ようやく助け船が入った。


「クレセンシア王女殿下。此度の面会は、後に護衛となる者と繋がりを持つためのものでございます」


「は、はい?」


 うーん。まだ六歳で、小難しい言い回しを今一理解できてない様子。

 シュナイゼルダメダメじゃねえかオイ!クレスたんが困ってるだろうが!


 あんたは変なところで真面目にキメようとする悪癖があるよな!

 相手は子供なんだからもっと冷静に、分かりやすい言葉でさぁ!


 仕方ない。やっぱり俺が代わりに話すべきか。


「クレセンシア王女殿下」


「ッ!?」


 話し掛けただけなのに、何故か過剰に飛び退かれた。


 えぇ、そんなぁ。

 俺、そんなにドン引かれるようなことしてきた覚えないんだけど。


 ふう、よし、うん。落ち着け。大丈夫大丈夫。いつも通りやればいいだけだから―――


「ご、ごめんなさい。あの、わたし、あんまり人と話したことなくて」


 いーや!?クレスたんが謝る必要はこれっぽっちも無いんだが!?

 むしろ俺としては話してもらえるだけで満足ですんで!

 沢山話し掛けて貰うことで幸せの供給過多が起こっても嬉しいし、逆に一言二言の塩対応で砂漠のど真ん中に水を一滴落とすような幸せを貰っても嬉しいし、とにかく何でもありなんで!!


 そんな内心の叫びを圧し殺して、俺は出来る限り落ち着いて会話を続ける。


「そ、そうなんですね。いつもは王城にいらっしゃるんですか?」


「そうなの。だから、知らない人と話したりするの、苦手で······」


 ―――うーん、原作通りと言えばそのままだけど、クレセンシアの心を開くのって難しいなぁ。


 どうやって打ち解けようかな。


 ひたすら悩み、でも、打開策は思い浮かばない。とんでもない温室育ちのクレセンシアは極度の人見知りだし、下手に距離を詰めれば逆に嫌われてしまうだろう。


 だから慎重にならざるを得ないんだけど、そうすると途端に仲良くなる方法が無くなるんだよなぁ。


 どうしよう。


 そうこうしている内に、面会の時間が終わりを迎える。


 仮にも王女殿下、それも敵に命を狙われているかもしれないクレセンシアを、長時間ここにいさせることは出来ないのだろう。


「し、失礼しました」


 丁寧なお辞儀をして退室するクレセンシアを見送ってから、俺は大きくため息をついた。


 これでまた仲良くなるチャンスを逃してしまったのだ。


「坊主、いくらなんでもアホすぎんだろ。あれか?好きな奴を前にすると途端に馬鹿になるタイプか?」


「そうかも、しれないですねぇ。あははは」


 乾いた笑いを浮かべながら、俺はまたしても失敗した自分を呪うのだった。


⚪️


 ―――この時、ノルウィンはまだ知らなかった。


 これから一週間後に行われる、武術大会成績上位者(貴族限定)を祝う晩餐会で、ノルウィンはクレセンシアと一気に距離を縮めることになる。


 原因は襲撃。


 安全を保証され、万全な警備が敷かれた王城が、なんと敵に突破される事態が発生するのだ。





――――――――――――――

深夜に不意打ちの投稿マン。

武術大会本選編もいよいよ大詰めやね。



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