第151話 オブライエンの過去3

 店主の話を聞き終え、午後の合同訓練を終えた後、俺とシュナイゼルはオブライエンのもとへと向かった。


 彼らは派閥的に見れば明らかに俺たちの敵対者で、そんな所に二人で行くのは如何なものかと思うが。


 まあ、シュナイゼルが横にいれば怖くはない。


 訓練後、側近をまとめて何やら話し込んでいたオブライエンが、こちらに気付いて会話を中断する。


「これはこれは。一体どうされましたかな?」


 相変わらず人好きのする笑み。この人物の本質を知らなければ、絶対に騙されてしまうだろう。


「俺と、俺の弟子とあんたで少し話がしたい。時間は最大限そっちの都合を優先するつもりだ」


「ほう。話とは?」


 まあ、そう返してくるよな。

 内容も知らない内から予定を取り付けるなど有り得ない。


「あんたが今もなお大将軍に固執する理由だ」


 シュナイゼルがそう口にした瞬間、オブライエンを取り巻く側近達が絶大なる殺意を剥き出しにした。


 それを受けるシュナイゼルが咄嗟に身構え、横で余波を受けただけの俺が腰を抜かしてしまうほど濃縮された悪感情。


 過剰な反応は明らかな拒絶、つまりたった今シュナイゼルが口にした事こそが、オブライエンたちの急所なのだろう。


「シュナイゼル軍団長に伝える事などない。今すぐに去れ」


 確かバックスと言ったか。先程店主を訪ねていた歴戦の軍人が、わなわなと震えながら何とかそれだけの言葉を絞り出す。


「バックス、落ち着きたまえ」


「閣下!?ですがッ!」


「バックス」


「も、申し訳ございません」


 主に重ねて名前を呼ばれたバックスは、冷や水をぶっかけられたように縮こまった。


 他の側近達もそれぞれ熱を下げていくなか、はじめから冷静さを失わなかったオブライエンは、笑みを浮かべたまま言う。


「それを答える義理はありませんな、と言いたいところですが。流石にあなた方がむやみやたらに過去を掘り下げる訳はありません。何か考えがあっての事でしょう?」


「ああ。勝手で悪いが、あんたの周りを詮索させてもらった。坊主」


「はい」


 俺は店主から渡されていた古銭をオブライエンに見せつける。


 その効果は、絶大の一言に尽きた。


 これまで、どのような事態でも顔色一つ変えなかった百戦錬磨の老兵が、分かりやすく表情を崩したのだ。


 目を見開き、怒り、後悔、憎悪、殺意、諦念―――数えきれない感情が瞳に浮かび、最後にがらんどうのような虚無が残る。


 それは店主が見せた喪失と同じ色であった。


 怒り狂った側近たちとは別、恐らくは幼馴染みだったらしい二人だけが共有する痛みがあるのだ。


 この古銭は、それを象徴するモノだったのか。


「なるほど、あやつが差し向けたか。ふ、そうか。それを渡したか」


 虚無を漂わせた瞳で遠くを見つめ、しばし黙り込んだ後。


 オブライエンはふっと正気を取り戻すと周囲の側近たちに命令を下す。


「少し話がしたい。離れてくれたまえ」


「で、ですが閣下!」


「頼む。これは私だけではない。イングリースの願いでもある」


「そ、それは」


「バックス。ここは引け。閣下の願いは我らの願い。あの日の誓いを忘れたか?」


「―――ッ。そう、だったな」


 苦渋の決断なのだろう。顔を歪めたバックスを筆頭に、側近たちは全員が納得のいかない顔をして、されどオブライエンを立てるために遠くへ離れた。


 この場に残ったのは俺たち三人。


「ふ、ふふ。イングリースめ、私のもとを離れてもなお苦しめてくるとは。まあ、良いか。ええ、話します。話しますとも。それがあやつの願いであるなら」


 手の内で古銭を弄びながら、オブライエンは空虚な笑みを浮かべた。



 今年で六十歳になるオブライエンは、旧アルカディア王国領マールテン地方に生を受けた。


 平民ではなく貴族家、それもアルカディアの国境沿いを治めるマールテン辺境伯の嫡男ともなれば、その将来は確約されたも同然。


 誰もが幼き日のオブライエンに大いなる期待を向けた。


 マールテン地方には、次代の指揮官を育成するのに最適な設備、ノウハウ、教育者が揃っていたし、なによりオブライエン自身が一生懸命勉学に励んでいた。


 全ては憧れの父に追い付くため。


 オブライエンにとって父は何よりも偉大で、格好良くて、まさにおとぎ話の英雄を体現した存在だったのだ。


 だから、自分もそうなりたいと願い―――されどそれが叶うことはなかった。


 現在のアルカディア王国の地図において、マールテン地方が『旧』アルカディア領と記される理由。


 今から遡ること五十数年前、オブライエンがまだ幼い頃に勃発した大戦により、マールテン領は敵国の手に落ちてしまった。


 それはつまり、マールテン辺境伯が防衛に失敗したということ。


 大戦の際、マールテン辺境伯は敵国に討ち取られ、多くの血縁者も捕らえ次第処刑台に送られた。


 オブライエンは今でも覚えている。


 家族で住んでいた屋敷が、見慣れた町並みが、戦火に飲み込まれてなくなっていくおぞましい光景を。


「なにやってるオブライエン!逃げるぞ!」


「で、でも、パパが!」


「もう死んだんだよ!はやく逃げなきゃ、せめてお前だけでも!」


 オブライエンにとって全てが終わり、そして始まった日。


 彼が異常なまでに大将軍に固執し、狂ってしまったのは―――


 全てを奪われ、ただの夢見がちな貴族の少年が絶望に飲み込まれ、復讐の鬼となったからであった。


 彼の心を満たすのは、絶望と憎悪、そしてなにも守ることの出来なかった無力感である。





――――――――――――――――

今日(木曜日)はもう一話あげます。それでオブライエンの過去終わりで、戦争に向けて話を進めます。

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