第150話 オブライエンの過去2

すみません。少し休みが欲しくて、更新を2日ほど停止していました。色々とリフレッシュできたので、ここから毎日更新再開します。


――――――――――――――――――― 大将軍という地位の重みは、横でシュナイゼルを見ていれば少しは理解できる。


 滅私の精神で剣と成り、盾となる。ある意味でそこに個人の幸せや自由はなく、だからこそ何よりも強い装置として国を支えるに足るのだ。


 きっと、並大抵の覚悟では無いのだろう。


 ガルディアスが二十年以上世界最強格として君臨出来たのは、優れた才能にその覚悟が重なったから。


 シュナイゼルがガルディアスを越える素養を持っているのにまだ彼を越えられないのは、その覚悟を持ち切れないから。


 誰よりも強い戦士は、誰よりも家族が大切だから、非情になれないのだ。


 元は解放奴隷で、何も持たなかったガルディアスとは訳が違う。シュナイゼルには多くの大切なモノがある。


 そういったモノすら切り離し、国を最優先にして―――その果てに最強の大将軍があるのだ。


 アルクエのストーリーでは、シュナイゼルは自分が切り捨てたそれらをアーサーに託していた。


 この世界では俺に託そうとしている。


 本当に、本当に、とてつもない、想像もつかない覚悟があって、初めて大将軍に成れる。


 ゆえにオブライエンのように、大将軍になることを目的とするのは不純。結果的に大将軍になっていたとしても、役目に徹し切ることが出来なければ意味がない。


 そこまで考えた時に、俺は自分がどれ程クズな人間なのかを自覚した。


 シュナイゼルの後任として成長を続ける俺は、いつか彼の後を継ぐことになっている。今までの特別扱いはそのためのものだ。


 だけど俺がそれを継ぐとは限らない。


 クレセンシアを救う最善の方法が、大将軍になることではないと判明した瞬間に、俺は容易にそれを切り捨てるからだ。


 今までの苦労も、信頼も、何もかもを投げ捨てて、間違いなくクレセンシアのためだけに走り出す。


 それは、シュナイゼルやガルディアス、さらにその前から積み重なる偉人達の覚悟を、全て踏みにじるような所業だ。


 自分で想像して思わず笑いたくなる。


 ガルディアスのことは知らなくても、シュナイゼルの苦しみは知っているだろう?


 今のしがらみを全部無視して、家族だけで遠くに逃げようかと悩んだ夜は、きっと一つ二つではすまないはず。


 ―――痛みの伴わない覚悟に意味はない。


 苦しみ、喘ぎ、嘆き、そうして壁を越えてこその進化だ。


 彼のここ数年の成長はその痛みによるもの。ただの人から大将軍へ、少しずつ大切なものを切り捨て、国の柱に成ろうとしているのだ。


 そんな覚悟を、俺は自分の欲望のために裏切る事が出来てしまう。


 大将軍になることを含めた周囲の全てを、裏切れてしまう。


 はは、大将軍になろうとしただけのオブライエンより、よっぽどのクズだな。


 でも、曲げられない。曲げられないのだ。


 大将軍に成るために何かを切り捨てようとしても、削ぎ落とした果てにクレセンシアの笑顔だけが消えてくれなくて―――


「ッ!?」


「坊主、どうした?」


 店主の話を聞く途中、急に身を震わせた俺に心配そうな視線を寄越すシュナイゼル。


 俺はそれに目を合わせることが出来なかった。


 クレセンシアだけだと思っていたのに。


 削って、捨てて、そうした後に残った笑顔が、一つじゃなかった。


 サラスヴァティ、ミーシャ、ルーシー。


 多くの影が脳裏に刻まれて、離れてくれない。


 嗚呼、くそ。


 そうか。そうか。


 こうやって悩んで、苦しんで、でも大将軍は全部捨てるんだなぁ。


 それは本当に、辛いなぁ。


 ごめんなさい。俺は―――


「いえ、何でもありません」


 今俺は、ちゃんと笑えているだろうか。


「そうか?ならいいけどよ」


「話の続きをしてもよろしいですか?」


 店主の問いに俺は頷き返す。シュナイゼルも先を促すように言った。


 そうして再び語られるオブライエンの過去。真っ先に飛び出してきた言葉は、


「先代のシュトラール侯爵は病死ではありません。オブライエンの部下が殺しました」


 葛藤の中にあった俺と、何が来ても良いようにと身構えていたシュナイゼルに、思考が吹き飛ぶほどの衝撃を与えた。


「理由はなんだ?」


 即座に立ち上がり、場合によっては切り捨てると言わんばかりに背負う大剣に手を掛けるシュナイゼル。


 それを前にしても店主は平静そのものだった。


「先代がメルトール王国と繋がっていたからですよ」


「ふざけるなよ?俺はあの人を知っているが、国を売るような人じゃねえ。ましてや敵国と繋がるなんて―――」


「そのまさかがあったのです。私たちだって、意味もなく国の英雄を殺したりはしません」


 自嘲気味の笑みと共にそう言葉を溢し、店主は独白を続ける。


「この地に飛ばされた直後から、側近たちは力を得るために奔走しました。多くの貴族と関係を作り、最大手の商会を押さえて金の流れを掌握し、―――いつでもオブライエンがトップになれるように、出来る限りのことをしたのです。そこまでこの地を支配すると、嫌でも権力の流れが見えてきます」


 きっと、店主の語る言葉は真実だ。オブライエンや彼の側近は皆が優秀だし、彼らが本気を出して実際にこの地を支配した結果が今なのだから。


「あったんですよ。先代がメルトールに操られていた痕跡が」


「操られてただと?」


「はい。あの方は私たちよりさらに上の世代でしたから、数年前から認知症を患っていました。身体は衰え、思考力も低下し、そうして隙だらけになった先代に、メルトールは魔の手を差し伸ばしてきたのです。間者は沢山いましたよ」


「だから殺したのか?」


「はい。私たちなら、間者だけを上手く排除することも出来たでしょう。しかし同時に、我らが咎められることなくオブライエンをこの地の支配者にする筋道も見つけてしまった」


 そうか。


 認知症を患った先代では、この地を巡る戦争を越えられない。


 だから先代を助けるのではなく、間者ごとメルトールに汚染された部分を切り捨て、代わりにオブライエンを立てる作戦を実行したのだ。


 彼らにとっては幸いなことに、オブライエンが上に立つだけの土壌は既に出来上がっていた。


 後は先代を排除するだけという段階まで来たところに、ちょうど排除する大義名分(彼らにとっての)が目の前にやってきた―――それが、この地で去年起こった政変の真実か。


 決して褒められることではない。


 やっていることは暗殺。シュトラール侯爵家が持つ権力の簒奪だ。


 しかし、最低限、本当にギリギリのところで彼らなりの理屈がある。


「疑うなら、後でオブライエンを訪ねると良いでしょう。証拠は全て残してありますから。まあ、それが我々の捏造したものと疑われてしまえばそれまでですがね」


「―――正直、理解も納得も出来ねえよ。大将軍になりたいなら最後までそれを貫けば良かったんだろうが。こんなところまで転がり落ちて、やることが乗っ取りだあ?一貫性もクソもねえ」


「そうでしょうね。そう思われても仕方がないでしょう。実際に、我々も自分達のしたいことが分からなくなっていましたから」


「信用ならねえよ。そんなんでオブライエンにこの戦を任せて良いのか?」


「それに関しては問題ないでしょう。彼をこの地の支配者にすげ替えたのは我々ですが、それからの活動は彼が積極的に行ったものです。彼は戦争の気配を鋭敏に察知し、今日まで完璧に備えてきましたから」


「大きな侵攻を跳ね返して、大将軍に並ぶ戦果を挙げるためですか?」


「そうだね、ノルウィン君。オブライエンの願いを擬似的に叶える方法がそれだけなんだ。メルトールが本気なら、全盛期のガルディアスとしのぎを削り合ったアイザックが間違いなく出てくる。だから、この戦争は絶対に取り零さない構えで臨むだろう」


 全てを聞き終えたシュナイゼルは、やはり納得とは程遠い顔で沈黙した後、渋々といった様子で口を開く。


「あんた、この事実を俺が広めたらどうするつもりだ?」


「それはあり得ません。この地が今このタイミングでオブライエンを欠くことは有り得ない。言うにしても戦後でしょう」


「チッ、戦後なら昔の主が首飛ばされても構わねえってか?」


「はい。緩やかに生き続けるよりも鮮烈に死んだ方がまだマシだ。今日のオブライエンの目を見れば分かりますが、彼はこの戦争に全てを賭けるつもりです。きっと、その後の事なんて考えてないんですよ」


 本当にそうだろうか。


 この地の現在の支配構造を作ったのがオブライエンではなくその部下だということは分かったが、かといって今のオブライエンが全てを失ってもいいと思う保証はない。


 ああ、ダメだ。


 やっぱり理解なんて出来ない。


 きっとオブライエンは、大将軍という地位が持つ魔力に狂わされたのだろう。


 理解なんて、及ぶはずもないのだ。


 狂い切っているからこそ、戦争に向かう姿勢だけは信じられるという理屈は、まあ一応理解出来なくもないが―――結局そこも警戒が必要なままだしなぁ。


「まあ、私が語れる内容はこんなものです。とにかく、オブライエンが戦争に悪影響を及ぼさないかという心配なら、全く必要ありませんよ。窮地の際には増援も見込まれるでしょうし、それまで持たせるだけの能力はありますから」


 そうして話を締め括った店主を前に、俺たちは口を閉ざすしかなかった。


 彼らは常人の理解を越えたところにいるのだ。理解なんて求めてもいないし、納得してほしいとも思っていない。


 ただ、それでも店主が伝えたかったのは、こうなってしまうだけの魔力が『大将軍』という地位にあるということだろう。


 俺の将来が大将軍まで続いているのなら、俺か、あるいはその時俺と大将軍の座を競っている誰かが、第二のオブライエンになる可能性もあるのだから。


 ある種の狂人、かぁ。


 オブライエンがこの地の支配者になった理屈は分かったけど、うん―――。


 なんであのおっさんは大将軍に拘ったんだろう?そこだけが不明だ。


「あの、すみません―――」


 その問いをそのまま口にしてみると、店主は目を丸くして表情を固めた。


「そうだね。それは、私の口から言えることではない。聞いてみたいなら、オブライエンに直接言ってみたらどうかな?」


「教えてもらえるとは思えませんが」


「ふむ、そうか。それじゃあ―――」


 懐から一枚の硬貨を取り出した店主が、それを俺の手に握らせてくる。


 なんだ?


 相当薄汚れているし錆び付いてるし、しかも古いのか縁が欠けてるぞ?


 そんな悪銭、まともに流通させられないレベルなんだが。


 これがなんだっていうんだ?


「それをオブライエンに見せるといい。多分、そうだな、よほど気分が悪いとかではない限り、君が知りたいことに答えてくれるはずだ」


「はぁ」


 この悪銭が、カギだと?


 分からないけど、まあ、それなら聞いてみるか。どうせここまで踏み込んだなら、最後まで突っ込んでみよう。

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