第116話 大将軍

 人智を越えた怪力を伴って剛腕が唸る。

 壁を破壊し、床を砕き、理不尽なまでの暴力に晒された王城の一角は、見るも無惨な瓦礫の山と化していた。


 その中を悠々と歩くのは、多数の肉人形を従えたカサンドラ。


 一度は殺され、後がなく特殊なボディでの出撃を余儀なくされたカサンドラは、シュナイゼルクラスの攻防に耐え得る頑強さを有していた。


 そして彼女の周囲に立つ肉人形もまた、同様に人を越えた破壊力と耐久性を持つ。


「逃げてばかりでは勝てないわよぉ?」


 積み上がる瓦礫の山も建物も関係なく、多数の肉人形を並べて全てを押し潰していくカサンドラ。


 その蹂躙劇には戦術らしい戦術がなかった。


 戦場に出たことの無いカサンドラは、あれこれ考えずに肉人形を並べて突っ込ませるしかないのだ。


 ただ、単純な戦法だからこそ、それを強力な化け物がやると手の付けようがなくなる。


 カサンドラの人体実験の副産物である肉人形は、アルクエ物語終盤では主人公達ですら倒し切れなかった強敵であり、今運用している個体は、正にその終盤に登場する個体と同等の性能を有している。


 その戦闘能力は裏社会で暴れた個体の数倍を誇り、さらにインプットされた戦闘技能も一級品。


 まだ試作段階ゆえに数は少ないが、カサンドラは十年後のアーサーやシュナイゼルが手を焼いた布陣を展開している。


 そんな化け物による行進など、最早地獄以外の何物でもないだろう。


「さっさと死になさい。あなたも私のコレクションにしてあげるわぁ」


 肉人形による数多の猛攻を一身に受けるのは、アルカディア王国現最強のガルディアス。


 槍の一振り。

 化け物の巨腕を防ぐにはあまりにも心許ない武器を携えた彼は、臆することなく構えている。


 肉人形が目にも止まらぬ速度で間合いを詰め、超重量の腕を振り下ろす。


 直撃すれば床ごと砕かれる破壊力。ガルディアスはそれに槍を合わせてきっちり受け流した。


 その直後に別の肉人形が迫り、さらに別の方向からも襲い掛かってくるというのに、ガルディアスの表情は凪いだように動かない。


 そして、薄皮一枚切らせるかという完璧な見切りで全ての攻撃を回避し、あるいは槍で受け流し、決死の中で命を繋ぐ。


 さっきからずっと、カサンドラが物量に任せて攻め続け、それをガルディアスが捌いていくという場面が続いていた。


 途中で槍が肉人形を屠る場面もあったが、直後にカサンドラが新しい個体を補充するため数の有利は変わらない。


 肉人形に包囲され、四方から当たれば即死の攻撃を浴びせられるガルディアス。

 一手でも違えれば死ぬ。ほんの少しでも迷えば完璧な受けが崩れ、やはりそこから攻められて死ぬ。


 最悪の包囲網の中で戦う最強を見て―――


「私の勝ちね」


 カサンドラは笑った。


 いかに戦い慣れた者であろうと、極限の集中力を維持できる時間はせいぜい十分かそこら。


 今のガルディアスの奮闘は予想外であったが、このまま押し続ければ容易に崩せる自信があるのだ。


 少しずつ倒されていく肉人形だけが不安要素だが、試作段階とはいえまだストックも残っている。


 だから、このまま粘っているだけで勝てる。


 その確信を持って―――


 五分。


 十分。


 どれだけ経ってもガルディアスが崩れない。


 それどころか肉人形の癖を見抜いて、少しずつ包囲網を突破しようという動きすら見せ始めた。


「な、んでよ」


 わからない。


 わかるはずもないのだ。広大な戦場に立ったことすらないカサンドラには。


 大将軍とは、時に数万の軍勢を我が身のように操る者。


 より早く、より正確に、不確定要素で溢れた戦場の中で、数万の軍という途方もない群れを完璧に扱い勝利をもぎ取る。


 二十年以上に渡ってそうした経験を積んできたガルディアスにとっては、今回の戦場などおままごとにも等しいと言える。


 肉人形、確かに強い。

 カサンドラのとっておきであるそれらは、単純な肉体の強さだけを見れば、歴代の英雄に並ぶかもしれない。


 包囲網、確かに厄介。

 一手でも受けや回避を違えれば死ぬ状況は、精神が削れるのだろう。


 しかし、それすらガルディアスにとっては『その程度』。


 数万の軍を操るのと比べれば、それら全員の命を双肩に乗せる重圧に比べれば、自分の意思で思うように動かせる自らを生かすことなど、呼吸をするように容易いのだ。


「お前などに落とされるほど大将軍は安くないぞ」


「くっ」


 背筋が凍るほど鋭い一閃が、とうとう包囲網を破ってカサンドラに届く。それを切り札である特殊なボディの出力で回避するも、カサンドラが抱くのは明確な敗北感。


 届かない。大将軍という地位がガルディアスに与える強さは、シュナイゼルのそれよりも強大に映るのだ。


 まあ、十年後に同じくそれを纏うシュナイゼルは、文字通りの最強と化すのだが、それを世界が知るのはまだ先の話。


「そろそろ終わりにするか」


「ふ、甘いわね」


「何がだ?」


「確かに私は勝てないわ。でもそれが作戦だとは―――」


「思っていた。というより貴様が時間稼ぎに終始している事には気付いていたぞ。恐らくはアルマイルを落とすのが目的か?」


「なっ」


 あの極限の戦闘の中でそこまで見切られていた事実に、カサンドラは言葉を失ってしまった。


 大将軍、本当に底が知れない。


「分かっていたなら、何故放置したの!?」


「いや、なに。アルマイルを落とせると本気で考えているなら、お前たちはアレを勘違いしている」


「は?」


「ほら、始まった―――」


 ガルディアスが笑みを深める。


 大将軍の瞳は、ここから遠く離れた戦場で膨れ上がる魔力に向けられていた。




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