第36話 交渉成立
落ち着け。
交渉に必要なのは相手を納得させるだけのカードだ。
俺はそれを持っている。それの切り方さえ間違えなければ、上手く行くはずなのだ。
「まず結論から申し上げますと、ハイアン様は裏社会の絶対的な頂点に成ることが出来ます」
「ほう。絶対的な頂点とは大きく出たな。続けてみろ」
頬杖を付いたまま、ハイアンは零度の視線を向けてくる。
無感情の瞳に宿る微かな興味。
火だねとなるそれに、俺は利益という油を注ぐのだ。
「細かく分けますと、ハイアン様が得られる利益は三つです。これから一つずつ順を追って説明させていただきます」
シュナイゼルで多少の慣れがあるとはいえ、やはりこの種の圧は足が震える。
一歩でも間違えれば、最悪殺されてしまうかもしれない。
そうでなくとも、こいつらの協力を取り付けることが出来なければ、ウルゴール邪教団の襲撃で死ぬ可能性が高いのだ。
故にここが正念場。下手を打つ訳にはいかないが、こここそ命を賭けるべき局面である。
俺というカードを最大限デカく見せてやれ。
「まず一つは、我が師匠シュナイゼルとの縁です」
「どのようにして得る?そしてそれがもたらす益は?」
「私を助けるだけでも、師匠はハイアン様を無視できなくなるでしょう。自分で言うのは何ですが、私は師匠にとって替えの利かない弟子です。武、智、総合力で私に優る同世代はいないと断言出来ます。武力に関しては先程の白仮面との戦闘を。頭の方はこの会話から判断していただけるかと」
「まあ、分からんでもないな」
ハイアンから見ても、俺はそれなりに強く映るということか。
今のを真っ向から否定されなかったのは収穫だな。
「そんな私を失えば、師匠はまた新たに優れた弟子を見つけ出し、そして一から教育し直さねばなりません。その損失を防いだ存在を、師匠は絶対に蔑ろにしません」
「なるほど。希望的観測もあるが、一応は理に叶っている。切っ掛けをお前が作り、それを俺が縁とするか否か、悪くない利益だな」
「それだけではありません。今後、この大陸は戦乱の渦に巻き込まれます」
「知っている。世界情勢、各国の動き、武器市場の拡大等を見るに、早くて五年、遅くて十五年で大戦が勃発するだろうな」
凄いな。俺がアルクエから得た答えに、ハイアンは自力で辿り着いているのか。
その大戦が巻き起こるのは、今から十一年後。ストーリー開始から二年後の事だ。
「そして、お前が言いたいのはこういうことだろう?乱世で影響力を増すのは文官ではなく武官。そして大将軍となるシュナイゼルと関係を持つことは、その先の未来で絶対的な力になると」
「仰る通りでございます」
肯定の意を示し、次なる利益を提示しようと口を開く。
その瞬間、俺の言葉に被せるように、ハイアンが頬杖を止めて姿勢を正した。
向けられる視線、無関心であったそれに意志が宿る。
「貴様、本当に六歳か?それとも誰かの入れ知恵か?」
「本当に六歳ですし、全て私の考えです」
「······それならば、俺様がお前だけを助けると言ったらどうする?そこの小娘は俺が持つ数少ない懸念の一つだ。ヨーグの娘を生かしておけば、それを旗印に俺様の敵となる組織が立ち上がるかもしれん。見殺しにした方が得ではないか?」
「その問いは想定しておりました。それに対する答えが、二つ目の利益でございます」
「ほう、面白い。続けろ」
ハイアンの俺を見る目に強い関心が宿る。
よし、よしよし!
第一関門は突破した。
「まず、カイネには旗印になって貰います」
「ちょっと、ノルウィン!?」
横でカイネが狼狽えたが無視だ。
ハイアンは目を細めて俺を見据えていた。
ここで一々口出ししないのは、俺の言葉に、発想に、一定の価値を感じているからか。
「ハイアン様のご助力を頂き、カイネ主導で白仮面の連中を倒す。その実績があれば、偉大なる父の後を継ぐというストーリー性も相まって、人は集まってくるでしょう」
「集まって来ない可能性は?新たなモノを作るより、既存の大きな組織に合流する方がよほど安全だろう」
「既に小規模のグループが複数、白仮面を倒しさえすれば味方になると意思表示をしています。そうですよね?」
横目で爺やに問い掛けると、冷や汗をかいた老人は白い顔で頷いた。
「はい。私が繋ぎとなり、既に三つの組織と契約を交わしております」
「それならば悲観する必要はない、か」
ハイアンが納得したところで、俺は再び口を開いた。
「そうして出来た組織に、裏社会の治安維持に当たって貰うのです」
「く、ハハ、なるほどな。その活動の資金援助やフォローを俺様にやれというわけか」
「はい。裏社会の治安維持は、金や後ろ楯あって初めて成り立つ活動となるでしょう。故に、裏社会の顔役はカイネに、そしてそれを制御するのはハイアン様になるという訳でございます。これについては不確定な事項が多く、細かい取り決めは実際に組織を立ち上げてからになりますが、悪くない条件だとは思います」
「ああ、悪くない。未知の事柄ゆえ不透明な部分が目立つが、それを差し引いても得られる利益は莫大だろうな」
肌感覚だが、この時点でハイアンは俺たちに協力しそうな雰囲気があった。
だけど、今はまだ交渉が成立しただけ。
俺たちはどこまでいっても頼む側、つまり弱者で、ハイアンが一方的に有利なまま終わってしまう。
それに、そもそも―――
「ふむ。お前の提案は悪くない。悪くないが、わざわざ協力する必要もないな。シュナイゼルとの縁は魅力的だが、無くても俺様は何一つ不自由していない。カイネを小飼として裏社会を制御するのも魅力的だが、やろうと思えばお前たち抜きでも出来るだろう。やはり、白仮面をここで敵に回して余計なリスクを背負う気にはなれん」
そう。俺の提案なんか受けなくても、この怪物は全て自分の力で成し遂げる事が出来る。
さあ、どうする?
短期間とはいえ、考えに考え抜いた利益たち。その全てを並べても、目の前の怪物を唸らせる事は出来なかった。
「ふぅ」
今出せる全てを費やした。ならば、後は賭けるしかない。
俺は、ハイアンの目を真っ直ぐに見つめて、自らの胸をドンと叩いた。
「三つ目の利益は、私個人との繋がりです」
ここで俺を助けることによって、将来の俺との関わりが生まれる。
しかしこれは結果の読めない賭けなのだ。
十年、二十年、果てしない未来の俺は、ハイアンを納得させるだけの価値を持っているか?
「このままなにもせずとも、私は軍部で一角の人材となるでしょう。シュナイゼルの弟子である私には、ある程度の出世街道を用意されているのですから。ですが、私はそこで収まるつもりはありません」
ハイアンは表情を変えずに俺の続きを待っている。
期待か、呆れか、その真意を読めないまま、不安に押し潰されそうな心を何とか奮い立たせて、俺は言葉を続ける。
「どうでしょうか?全力で上を目指した私と、未来で手を組みませんか?絶対に損はさせません。師匠以外誰とも手を組んでいない今であれば、私という人間がもたらす利益は、ハイアン様が総取り出来ますが」
「―――」
語り終えた俺は、なにも語らないハイアンをただ見つめていた。
息苦しいほどの沈黙。
十秒、二十秒、一体どれだけの時間が経っただろうか。
突然、
「ふ、くく、ははははははははッ!」
ハイアンが腹を抱えて笑い出した。
それは珍しい光景なのか、ハイアンの部下たちが目を丸くして狼狽えている。
「ふは、くく、くくくっ。いや、すまんな。まさかこの俺様が、六歳のガキに気圧されるとは」
「は、ハイアン様?」
「良いぞ。協力してやる。おい、シグルム」
ハイアンは、最も己の近くに立っている男の名を呼んだ。
「ハッ」
「バルトハイム家まで走って、ノルウィンの安全は俺様が確保していると伝えてこい」
「畏まりました」
早速影のように存在感を消したシグルムという男。一瞬の後、俺の横を一陣の風が駆け抜けていった。
「はやッ!?」
目にも止まらぬ超速移動。魔術か、あるいは極限まで肉体を鍛えた武人か、どちらにせよ先ほど交戦した白仮面とは比較にならない強者だ。
それに驚いていると、ハイアンが試すような声色で俺に問い掛けた。
「ノルウィン、なぜ俺がシュナイゼルの下へ使いを走らせたかは分かるか?」
「恐らくですが、白仮面が私を誘拐したのは、師匠への人質としてです。その心配は要らないと伝え、自由に動いて貰うためでしょうか」
「そうだ。ついでに言っておくと、俺の手勢だけであの連中と戦いたくないという意図もある」
なるほど。ハイアンにとっても、ウルゴール邪教団はまだ不確定要素が多い相手なのだろう。
だから、万が一でも味方が殺される事態は未然に防ぎ、最初から最強にも手伝って貰おうと。
うわ、マジでニコラスみたいな奴だわ、ハイアン。
これでまだ武力も備えている可能性があるとかやめてくれよ。
まあ、これは肌感覚だけど、思考力の深さはニコラスの方がありそうなんだよなぁ。
「あの、助力を頂けるのですよね。本当にありがとうございます」
「礼は止せ。確かに力は貸すが、それは俺様がリスクに見合った利益があると判断したからだ。つまり、俺とお前は対等だ」
「分かりました」
「それで、どうする?お前なら今後の作戦についても考えているのだろう?」
「はい」
⚪️
その後はハイアン、カイネ、爺や、その他ハイアン側の識者たちと議論を交わし、俺一人で考えていたものより優れた作戦を立ててから、解散となった。
こうして、現在の俺は裏社会で最も力を持った存在に、協力を求める事に成功したのだ。
ようやく、ウルゴール邪教団を叩き潰すために動くことが出来る。
待ってろよクソ共。クレセンシアには指1本触れさせないからな!
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今日はもう一話投稿する予定です(出来ない可能性もあります。頑張ります)
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