第37話 その頃、シュナイゼルたちは

 ―――時は少々遡って。


 ミーシャの誕生日プレゼントを買いに商業区画にやって来たノルウィン。それに付き従うルーシーの前で、その暴挙は為された。


「······なに」


 突如としてノルウィンの背後に白い仮面を被った男が現れる。


 巧妙な隠密、極限まで薄めた存在感で分かりにくいが、天才ルーシーの感性が白仮面の秘める強さに警鐘を鳴らした。


 今の自分では絶対に勝てない強さ。そんな相手が何故かノルウィンに敵意を向けている。


 何故、どうして?


 そう思考が働くより先に、ルーシーはいつもの癖で腰の剣を抜こうとして、


「······ぁ」


 今は帯剣していないことに気付いて、脳内が真っ白に染まる。


 されど混乱は一瞬。


 即座に徒手空拳へと切り替えたルーシーは、ノルウィンを助けるべく全力で地面を踏み込んだ。


 その切り替えの早さはこの年齢では破格の実力。そこらの大人と比べても勝るほどだろう。


 しかし、今回は相手が悪かった。


「······嘘っ」


 白仮面は、今のルーシーをして見切れない速度の手刀でノルウィンの意識を刈り取ると、ぐったりとした小さな身体を小脇に抱えて人混みの奥へスルスルと移動していく。


「······はやいっ」


 単純な速度で負け、人混みを捌く手際も負けているのでは、ルーシーに追い付ける道理はなかった。


 だからこそ、ルーシーはまたしても即座に意識を切り替えた。


 相手に追い付くことが出来ず、万が一追い付けたとて、敵を倒せるかも未知数である。


 ならば、父親に全てを任せるべきだ。


 ―――あの白仮面の男は、ノルウィンを殺そうと思えば一瞬で実行できる実力があるように見えた。


 それをしないということは、敵はノルウィンの死ではなく身柄に価値を見出だしているのだ。


 それを直感で悟ったルーシーは、全速力で自宅へと向かった。






 自宅に戻ったルーシーは、そのまま真っ直ぐ稽古場に駆け込んだ。


「······パパ!」


「おうどうした······っ、マジで何があった?」


 普段寡黙な次女の悲痛な声と表情にシュナイゼルが驚き、そして次にルーシーが発した言葉に愕然とする。


「······ノルウィンが、拐われた!」


「は?拐われた?」


 娘の尋常ならざる様子を見れば、それが嘘でない事は分かる。


 何故、誰が、何のために。


 そんな事を考えるまでもなく、下手人は他国の間者であるとシュナイゼルは確信した。


 もしノルウィンが殺されてしまったら。そんな最悪な状況が脳裏に過る。


「ルーシー!あいつは生きてるのか?!犯人はどんな奴だった?!そいつは俺に向けて何か言ってたりしたか?!」


「······多いっ、ちょっと待って」


「あ、悪ぃ」


「·····パパ、落ち着いて」


 取り乱したシュナイゼルを反面教師に自らは冷静さを取り戻すルーシー。彼女は深呼吸を挟むと、ノルウィンが拐われた状況を的確に伝えた。


 犯人の手際の良さ、感じ取れた実力、そしてノルウィンが殺されなかった点。

 全てを聞いたシュナイゼルが貌を歪める。


「くそが、やっぱり人質じゃねえかよ!」


 苛立ちに任せて振るわれる剛剣。叩き付けた地面が割れ、強烈な勢いで粉塵が舞った。


「······人質?なんのこと?」


 これから行われる裏社会への介入に、シュナイゼルを参加させないための一手。彼は弟子を人質に取られるだけで、完全に身動きを封じられてしまったのだ。


 今は幼いルーシーにその理屈を語り聞かせる時間すら惜しい。

 何とか打開策は無いものかと、シュナイゼルは必死で思考を回転させていく。


 しかしいつまで経っても案は浮かばなかった。


 まず敵の詳細が分からない。

 分かっているのは、犯人が白い仮面を被っている男性である点のみだが、それすら信じられるものではない。

 仮面という特徴、その目印を逆用されむしろ仮面を外されていた場合、捜索は困難を極めるだろう。


 さらに、敵陣地も分からない状態では、敵の殲滅もノルウィンの救出も出来ない。


 少しでも時間をかけて自身の介入に気付かれれば、ノルウィンの命が無くなるからだ。


 八方塞がり。

 相手を過小評価していたわけではないが、シュナイゼルの想定を超えて事態は深刻さを増していた。


「······パパ、どうするの?」


 ルーシーの縋るような視線に、シュナイゼルは己が無力を呪いたい気分であった。


 昔はあれだけ無関心だったルーシーが、こうして揺れる感情を露にする程には。

 ノルウィンは愛娘たちとも良好な関係を築いているのだ。

 サラスヴァティに至ってはノルウィンを支えにしている節すらある。

 ここで彼を失えば、娘二人の可能性を狭める事にも繋がるだろう。


 それに、ノルウィンはシュナイゼル達にとって―――


「勿論、助けるに決まってるだろうが」


「······本当!?」


 父親の言葉にパッと笑みを咲かせるルーシー。その笑みに込められた自分への絶対的な信頼を感じ取り、シュナイゼルは全身に力を込めた。


 そしてルーシーの頭を乱暴に撫で、笑う。


「後はパパに任せろ」


「······うん」


⚪️


 ルーシーを安心させるために大口を叩いたシュナイゼルだったが、ノルウィンを人質に取られた彼が取れる行動はそう多くなかった。


 なるべく敵に気付かれないよう、伝書鳩など分かりにくい手段で手紙を飛ばし、自身の関与を疑われないような関係が薄い相手に助力を頼んだ。


 住み込みでこの屋敷に住む騎士、その中でもより隠密行動に長けた者達に限定して状況を説明し、それぞれノルウィンや敵の情報を探るよう命じた。


 最終手段としてニコラスを頼るため、エンデンバーグ男爵領に使いを放った。


 それだけで他に出来ることが無くなってしまった。


 ガルディアス大将軍の後継となる英雄を育てるという国家の方針で、とにかく武勲を挙げるような働きばかりをしてきたシュナイゼル。

 戦場で彼の名を知らぬものはいない。彼を恐れない者もいない。

 しかしそちらにリソースを注ぎ込んだ分、アルカディア王国貴族との関係構築が疎かになってしまっていた。


 こういう時に信頼できる相手が少ないため、派手に身動きが取れない。


(くそがっ)


 脳筋ではないからこそシュナイゼルはこの状況に歯噛みする。


 他に出来ることはないかと、全力で頭をフル回転させるシュナイゼル。既にルーシーに事情を聴いてから二時間が経過している。


 この間に、もしノルウィンに何かあったら。

 そう考えるといても立ってもいられなかった。


「パパ!」


 バンッ、と。

 強烈な音を立てて突然執務室の扉が蹴り開けられた。

 怒りに染まった顔で父を睨み付けるのは、実の娘であるサラスヴァティであった。

 彼女は見事な蹴り足で踏み込むとさらに加速。全速力でシュナイゼルに詰め寄り、思考だけを続ける彼を怒鳴り散らした。


「ルーシーから話は聞いたわ!今すぐ裏社会に行くわよ!」


「聞いたなら落ち着けって!気持ちは分かるが、下手な動きはバレてノルウィンが危険になるだけなんだよ」


「それでもよ!例えば、変装してバレないようにするとか、魔術師に頼んで一時的に顔を変えて潜入するとか、色々あるじゃない!」


 以前のサラスヴァティは、こうして何度も食い下がってくる子だっただろうか。

 父という目上の存在、圧倒的な才能を持つ相手に怖じ気づき、弱さを隠すために癇癪を起こすことはあっても、こうして何かのために我を通そうとする子ではなかった。


 この成長は、間違いなくノルウィンとの関わりで得たものだ。


「ノルウィンを助けるために色々考えてたんだな。助かるぜ」


「······っ、別にあいつのためじゃないわよ!弟子なんだから、簡単に死んでパパに泥を塗って欲しくないだけよ!」


「ハハッ、そうかよ。まあ安心しろ。腕の良い魔術師に伝書鳩を飛ばしてある。すこぶる仲が悪い相手だが、こういう時に私情を挟むような奴じゃねぇ。後何時間か待てば、俺が動けるようになる」


「本当?」


「ああ。だからそれまでに―――」


 そこでいきなり言葉を切って、シュナイゼルはサラスヴァティを庇うように背中に隠した。


「ちょっとパパ?!」


 突然引っ張られたサラスヴァティが抗議の声を上げるが、シュナイゼルがそれに反応することはない。

 彼の全神経は窓の外側、遠くから急速に接近してくる何かに向けられていた。


「なんだ?何が来やがる。敵か?」


 腰に佩いていた剣を構えつつ、それの接近を待つ。シュナイゼルに警戒をさせるその人物は、


「おや、気付かれていましたか」


「テメェ、確かハイアンの所の奴だな」


「ええ。シグルムと申します」


 ハイアンが最も信頼を置く部下、シグルムであった。


 身動きを封じられていたシュナイゼルの下に、その鎖を解ける情報を持った存在が辿り着いたのだ。


 これにより、事態は急速に移り変わることとなる。




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