第115話 裏の裏

 ウルゴール邪教団の襲撃を鎮圧した後、会場には無数の死体が転がっていた。


 ほとんどは白仮面だが、軍服に身を包んだ遺体も散見される。

 死ぬ直前、彼らは何を思ったのだろう。


 最後はどんな気分で死んでいった。


 ―――最後、どんな気分で俺に殺されていった?


「軍団長閣下。こちらの死者は四人、怪我人は八人でした。その内、継戦不可の重傷者が五人です」


「回復魔術師の手配はしてあんのか?」


「既に動かし、優先順位をつけて回復にあたらせています」


「オーケー、んじゃ警備体制を再編するから、お前はヴァーゼルを呼んで来い」


「了解しました」


 すぐ側でシュナイゼルが指示を飛ばす中、俺は足がすくんで動けなくなっていた。


 殺した。この手で人を殺してしまった。

 残基性だったカサンドラとは訳が違う。取り返しのつかないことを、してしまったのだ。


「坊主」


 覚悟は決めた。だから殺した。

 それでも、俺に殺される瞬間の彼らの仮面越しの目が、脳裏に焼き付いて離れない。


「坊主」

 俺にとってのクレセンシアのように、彼らにも最愛の相手がいたのだろうか。


 もしいたのなら、俺は見ず知らずの誰かを地獄に叩き落としたことになる。


「坊主!」


「え、あ、は、はい」


「まず深呼吸をしろ」


「え?」


「いいから!」


「わ、分かりました」


 必死にそう伝えてくるシュナイゼルに従い、俺はなんとか深呼吸を繰り返した。少しだけ思考に余裕が出来た気がする。


「落ち着いたか?したら周りを見てみろ」


「周り?」


 周りならもう見た。これ以上何を―――


「ノルウィン!」


 壇上に駆け上がってきたサラスヴァティが、俺の胸に飛び付いてきた。


「サラ、ス?」


「だいじょうぶ!?だいじょうぶだった!?怪我はない!?」


「あ、ああ。俺は平気。サラスは?」


「私もルーシーもだいじょうぶだったわ」


「そっか。そっかぁ。なら良かった」


 周りを見ろってのは、そういうことか。


 確かに俺はこの会場で九人も殺してしまった。だけど、白仮面を殺したことで大切な人たちを守ることが出来たなら、まだ良いじゃないか。


「ちょ!?」


 良かった。皆を救う手助けが出来たなら。

そう思うと、途端にサラスヴァティが愛おしく感じられて、思わず抱き締める腕に力がこもった。


「は、離しなさいよ!」


「やだ。もうちょっとだけ」


「え、ちょっと、ねえ!」


 モゴモゴと抵抗するサラスヴァティだが、しばらくすると静かになった。

 うん。何だろう。小さい子って暖かくて、こうして触れ合っていると、戦いでかじかんだ心が癒されるようだ。


「ありがと。もういいよ」


「ぁ、うん」


 ようやくサラスヴァティを解放すると、随分としおらしい返事が返ってきた。


 顔も赤いし、大勢の前で可哀想な事をしてしまっただろうか。


 最近、サラスヴァティは恋愛ものの小説をこっそり読んで顔を赤くしていたし、そういうのを少しずつ意識し始めているのかな?


 まあ、なんか、うん。いいや。今は、あれこれ考えられそうにないし。


「シュナイゼルさん。ありがとございます。落ち着けました」


「おうサラスの父親に向かってありがとうとはいい度胸だなオイ?」


「あ、ははは······すみません」


「はぁ。落ち着いたんなら構わねぇよ」


「―――落ち着いたのなら、余が話しても構わぬか?」


 会話に一段落がついた頃、それまで黙っていた国王陛下が口を開いた。


 どうやらここまで俺たちを待ってくれていたらしい。随分と優しい人で······いや違うわ。野次馬根性前回の笑みで俺たちを見てる。楽しんでるわこの人。


「シュナイゼル。まず襲撃の鎮圧、ご苦労であった」


「私はここから指揮を取っただけです。無礼を承知で申し上げますが、そのお言葉は実際に戦った者たちに掛けていただけませんか」


「ふむ。それもそうか。ではまずノルウィン、よくやってくれた。余は戦を知らんが、それでもお主の魔術が戦況を動かしたことくらいは理解できたぞ」


「勿体無きお言葉でございます」


「はは、その年齢で礼儀も隙が無いときたか。とことん神童よな。先の魔術、恐らくはアルマイルから教わったものであろう?」


「はっ」


「なるほどな。クレセンシアの護衛にして正解というわけだ」


 そう言って微笑む国王陛下が、ヘンリーの方を振り向いた。ヘンリーは襲撃の際に戦っていた者の一人で、怪我を負ったのか片足を庇うようにして立っている。


 そんな彼の足元には数人の白仮面が転がっていた。無能と言われる彼であるが、王族の直属護衛を務めるだけあってそれなりには強いようだ。


 まあ、俺は無傷で九人を殺しているわけだから、単純な結果だけ見たら俺が上という判断になるか。


 というか、この緊急事態でこんな呑気な会話をしていても平気なのだろうか?


 この王はもっと切れ者かと思ったが、案外抜けているのか?そう思って国王を見上げると、視線が合った。


「そんなに不思議か?」


「あ、いえ。そのようなことは」


「そなたの不安はおおよそ検討がつくが、あまり張り詰めるのもよくなかろう?警備の再編が終わるまで、余に出来ることは無いのだから」


 それで余裕ぶっこいた雰囲気で話をしていたのか。この場合は、肝が太いと言えばいいのか?


 なんて考えている間にも、シュナイゼルの部下が警備の再編を終えてこちらに向かってきた。


「軍団長閣下。ただいま戻りました」


「おう。もう出せるか?」


「はい。ですがアルマイル魔術師団長とガルディアス大将軍と連絡がつかない状態でして······」


「は?いや、まあ、大将軍は交戦中だとしても、アルマイルの方は魔術でいくらでも声飛ばせるだろうよ」


「それが、先程から何度も試しているのですが、一向に繋がる気配がなく」


「戦闘音は止んでねえから、死んではないんだよなぁ。苦戦してるってことか。くそ、でも俺は助けに行けねえぞ」


 シュナイゼルたちの話を横で聞きながら、とりあえず情報を整理する。


 まず、警備体制の再編は完了したらしい。そして既に連絡を飛ばしもしたようだが、向こうから返答が返ってきていないというところか。


 ガルディアスは生粋の武人で、多少魔術の心得はあっても、それで交信出来る程の練度ではない。だからこちらが交戦中に応答無しなのは理解できるが、アルマイルは全くの別だ。


 彼女なら戦闘の片手間でこちらに返信くらい寄越してくるだろう。それが出来ないとなると、かなり苦戦を強いられているか、あるいは俺たちとの間に妨害電波のようなモノが入っているのか。


 もし苦戦している方なら、相手は魔術王以外あり得ないが―――ん?


 待てよ。


 おい。おいおいおいおい。


 この展開、異常に覚えがある。


 アルクエのとあるルートでアルマイルが敵に殺される際、彼女は徹底的に罠に嵌められていた。


 まず孤立する。

 シュナイゼルや他の強者が助けに行けない戦況を作り出され、その状況でアルマイルは魔術王とさらにもう一人の幹部を同時に相手することになるのだ。


 そして―――十数年後の世界で信頼していた側近の裏切りもあり、助けが間に合わずに殺されてしまう。


 多少の差こそあれど、今の状況ってそれとかなり似ていないか?


 何で会場の襲撃に幹部がいなかった?


 冷静に考えてみれば、シュナイゼルがいる場所に悪戯に弱兵を突っ込ませるわけがない。

 クレセンシアを狙ってくるという先入観、そして敵側の子供から抜き取った記憶にもそれらしい作戦があったという情報で、勘違いしていた。


 勘違いを、させられていた。


 クレセンシアを狙うのが囮で、本命はクレセンシアを守る強い盾を崩すことであったとしたら。


「アルマイルが、狙われてた―――?シュナイゼルさん、今すぐアルマイルさんの所へ向かって下さい!」


 その考えに至った瞬間、俺は全力で叫んでいた。






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