第117話 魔術王アルジャーノ

「ほら、先手は譲ってあげるよ」


 嘲りを含んだ声を黒仮面が放つ。


「ほんまにええんか?なら遠慮なくいくで」


 アルマイルが魔力を練り上げる。詠唱を廃し、超高速で魔術を発動させる神技。ただ早いだけでなく抜群の破壊力を有する一撃が―――


 放たれなかった。


 集束した魔力、輝きを纏い始めた魔方陣が、幻のように溶けて消える。


「はいはい馬鹿の一つ覚えお疲れ様」


 片手をかざしてほくそ笑む黒仮面。


「なんや、魔術が使えん」


「じゃあ次僕ね。約束通り先手はあげたんだし」


 かつて無い経験に目を見開くアルマイルの前で、黒仮面が軽く手を横に振り払う。


 それだけ。たったそれだけの所作に、濃密な殺気が込められていた。


 動作を終えた直後、耳をつんざく破壊音と共にアルマイルの左右の壁が横一文字に弾け飛ぶ。


 彼女がそれを回避出来たのは、直前に強烈な怖気を感じてその場を飛び退いていたから。


「ハッ。あかんわ、これ」


 魔術師最強と成ってから一度も感じなかった恐怖は、格上に抱くモノに他ならない。久しく忘れていた感情にアルマイルは顔をしかめる。


「劣勢のクセに戦場で立ち止まるとか論外なんだけど?」


 そこへ間断無く攻撃を繰り出す黒仮面。棒立ちのアルマイルに無数の破壊現象が襲い掛かる。


「ほんま、どないなってんねんこれ!?」


「今のアルカディア最強は馬鹿だなぁ」


 二度、三度、止めどなく放たれる圧倒的な攻撃。

 何故腕を振るうだけで軍用魔術以上の破壊をもたらせるのか、アルマイルは理解できないまま逃げることを強制される。


「あーあー、国最強の魔術師も形無しだね。必死に逃げ回ってまるで羽虫みたいじゃないか。ほらほら、逃げ足緩めたら死んじゃうよ?」


 あえて止めを刺しにいかず、試すように破壊を繰り返す黒仮面。数十を越えるそれを回避した頃になって、ようやくアルマイルが口を開いた。


「こんの、要らん妨害ばっかやかましいわ!!」


「あ、やっと気づいた?」


 おどけて笑う黒仮面。アルカディア最強の魔術師と戦っているのに、どこまでもふざけた態度を崩さない。


 それは彼がとてつもない強さを持っているからである。


 逃げ惑うアルマイルを白仮面が横から刺しに行こうと思えない程、黒仮面がもたらす破壊は発動速度と威力が圧倒的なのだ。


 それを遊びの延長で繰り出せる黒仮面は、当然のように化け物である。


 しかしこの場にいる化け物は一人ではない。


 魔術王が確立し、それ以降数百年間進歩が無かった理論を、たった一人で昇華させた者がいる。


「こんの、ええ加減やかましいわ!」


 突如として叫び声を上げたアルマイルが、なんと再び魔術を発動させる素振りを見せる。


 妨害されれば隙を晒すことになる。それを二度も見逃してくれる黒仮面ではない。


 案の定黒仮面は即座に右手を突き出して、アルマイルに何らかの妨害を仕掛けた。


 途端に集まっていた魔力が霧散し、またしても魔術が発動しない。それを好機と見た黒仮面が一気に距離を詰め―――


「アホ」


 黒仮面が仕掛けた妨害を莫大な量の魔力で押し流し、無理矢理魔術を発動させるアルマイル。


 過剰な魔力によって成った魔術は、本来のそれを遥かに凌駕する威力で黒仮面を覆い尽くした。


 王城の一角が魔術による爆発に飲み込まれる。

 逃げようにも広範囲を爆破された白仮面たちは、一人残らず消し炭と化した。


 それを間近で受けた黒仮面もただでは済まないはず。


「はぁ。やってもうた」


 瓦礫すら残らない。焼け野原と化した王城の一角に立ち、アルマイルは頭を抱える。


 個人的な趣味で様々な魔術を扱い、効率よく敵を殺そうとするアルマイルは、冷酷無比かつ強力な魔術師である。


 ただ、本来の彼女の強みはそこにはない。


 彼女は、神に愛されたとしか言い様のない、莫大な魔力の持ち主なのだ。


 技も工夫も関係なく、適当にそれを吹き飛ばすだけで、こうして自分の周囲を灰塵に帰すことが出来てしまう。


 王城を壊さないため、また使用人を巻き込まないために奥の手を封じていたアルマイルだが、それらより自分の存在が優先されることを知るからこそ、躊躇無く実行してみせた。


 その結果が、これ。


「残っとるか分からんけど、あいつの死体探さないあかんなぁ」


 警戒を維持したまま周囲に視線を走らせるアルマイル。そうして彼女が見たのは―――


「はいどーもどーも。そんなに探すのが面倒なら、僕の方から出てきてあげるよ」


 無傷の黒仮面。いつの間に装備したのか、爆発による黒煙を巨大なハルバートで吹き飛ばす姿は、超一流の戦士を彷彿とさせた。


「いや、自分、冗談きついで」


「うん。よく言われるよ。でもね、うん。それでも本気でいこうかな。僕って負けず嫌いなんだ。魔術で負けたと思ったのは初めてだし。うん。ここで君を殺せば僕が魔術師最強に返り咲きするわけだし―――」


 随分な小言を捲し立てながら堂に入った構えを見せる黒仮面。その威圧感は、アルマイルが知るシュナイゼルと遜色がなかった。


 この世界ではノルウィンしか知らない事実。


 この黒仮面。かつて魔術王として生きたアルジャーノという男は、十年後のシュナイゼルと並んで最強と言われる者の一人なのだ。


 アルマイルにとって最悪なのは、アルジャーノが最低でも数百年という長い時を生きていること。


 まだ発展途上のシュナイゼルと比較して、アルジャーノは既に完成されている。


「さあ、続きをしようよ。あ、こんな装備でも魔術は使うからよろしくね」


 アルクエ本編の一部ルートにて、アルマイルを殺すことすらある男が笑う。


 口では先ほどのように言いつつも、彼はまだ魔術ですら本気を出していない。全ては気の向くままに、最強の一角が牙を剥いた。

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