第167話 埒外の戦闘

 振り降ろされた一撃に備えんと大剣を防御に用いるシュナイゼル。その一瞬、守りで固くなった瞬間にアイザックの蹴りが打ち込まれた。


「ぐぉ、あ!?」


 大剣の防御を避けて突き刺さる一撃。武器での殺し合いをしながら蹴りが出てくるという柔軟性がシュナイゼルを惑わせる。 


「まだまだ止まらんぞォ!」


 さらなる進撃。その立ち姿、重心、軸足、大剣の軌道、全てを見極めた上でシュナイゼルは今度こそ下段からの切り上げが来ると予測し――


「外れだァ、小僧」


 またしても大剣はブラフ。徒手空拳にはそぐわぬ体勢から拳が飛んでくる。無茶な一撃ゆえに決定打とはならないが、アイザック級から放たれたそれはダメージとして蓄積する。無視は出来ない。


「クソ、が」


「ハッハァ!」


 緩む気配の無い攻勢、圧倒的な攻撃のバリエーションが、シュナイゼルに無数の選択肢を叩き付ける。

 ある意味でノルウィンが得意とするフェイントに似た戦法である。より厄介なのは、それを行うアイザックが頂点の一角であるということ。


 超絶的な肉体の持ち主が、超絶技巧を用いてくるのだ。


(速度で振り切るのは無理だ。近すぎて踏み込みを潰されてやがる。なら――)


 シュナイゼルは大剣を振り被る。その一撃の出足、半ば、終い、どのタイミングで防がれようと押し切るつもりの全力。

 先程アイザックを力で圧倒した彼だからこそ許される絶対的な選択だろう。


 しかしそれが選ばされたものであるなら、


「狙いが透けて見えるぞ」


 シュナイゼルから多くの選択肢を奪い、力で押し切るよう仕向けていたアイザックが、迫り来る一撃をスウェーで回避した。


 振り切られた大剣が引き戻されるよりも速く、アイザックが最後の一歩を詰め切る。一すら踏み越えたゼロ距離、そこは既に徒手空拳の間合いだ。


 無防備なシュナイゼルの鳩尾に打ち込まれる強烈な一撃。全身を迸る激痛で彼の思考が断裂する。意識が明滅し、力が抜け、そこへさらに蹴りが叩き込まれた。


「があ!?」


「今のは肋が逝ったかァ?」


 今度はシュナイゼルが圧倒される。同じく巨躯を誇る強者であり、大剣という同種の武器を持ち、共に頂点を知る。

 類似点が多いからこそ、アイザックは豊富な経験から相手を凌駕することが出来ていた。


「が、はぁ、ぁ、」


 飛びかけた意識を必死に繋ぎ止め、シュナイゼルはよろよろと起き上がり、アイザックを見上げた。


 経験以外全ての要素で勝るはずの相手。あまりにも近く、それゆえに遠すぎる一歩が果てしない。


 どうすれば届くのか。いや、現状の手札では届かないだろう。それこそガルディアスが割り込みでもしない限り、これを覆せる方法を持っていない。


「く、そが」


 シュナイゼルは顔を歪めてアイザックを睨み付けた。


「ほう、まだやる気でいるとはな」


「まだも何も、負けたなんて思ってねえよ」


「ハハァ、ならばもう一度――」


 問答の最中に弾ける戦意。またしてもシュナイゼルを圧倒した武威が炸裂する。暴力と合理の融合、アイザックが数多の経験を経て辿り着いた牙が閃き――


「ァァァァァァァァア!!!」


 その一切合切を飲み込む存在感がシュナイゼルから膨れ上がった。


 あらゆる術利を砕く圧倒的な暴力。以前アルジャーノに見せたそれを、今この場で解放する。


「ッラァァア!!」


 確殺の間合いで大剣が荒れ狂う。地を抉り、大気を切り裂いて迫る濃密な死。

 アイザックはそれを斜めに構えた大剣で迎え撃つも、許容量を超える威力に受けごと吹き飛ばされた。


「な、にぃッ!?」


 ――間を置かず、さらに連撃。

 吹き飛ばされた彼に追い付いたシュナイゼルが猛然と襲い掛かる。回避すら許さぬ神速を伴って斬撃が上段から叩き落とされた。


 大質量の武器がそれ程の速度を纏えば、当然破壊力は段違いに跳ね上がるもの。


「ぐ、うおぉ」


 攻撃を受け止めたアイザックの全身を強い衝撃が貫いた。間違いなく最上級であるはずの肉体が悲鳴をあげる。


「なんと、まだ先があったか!?」


 ――真なる最強が牙を剥き、第二ラウンド開幕。










「そう、それでいいんだよシュナイゼル。僕にやったようにアイザックにもやるんだ。うん、そうすれば、アイザックが死ねば、すべての条件が整う」

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