第118話 技と力
本気を出したアルジャーノとアルマイルの対決は、一方的な展開になっていた。
「さっさと本気出しなって。それかもう本気なら限界越えないと。ほらほら、死んじゃうよ?」
「ッ!?」
大規模破壊を結界の魔術で受け止めたアルマイルが、その余波で壁に激突する。
血反吐を吐きながらも即座に立て直し、魔術による反撃に出ようと試みるが―――
「はい遅い」
それに先んじてアルジャーノの魔術が放たれていた。
またもや結界では防ぎ切れない威力の一撃。それも面による制圧を目的とした魔術が、アルマイルを背後の壁もろとも押し潰した。
「が、ぁッ!?」
アルジャーノの魔術は圧倒的な威力を秘めていながら、アルマイルのそれよりも速く、正確で、無駄がない。
それは彼が今世にまで伝わる技術を完成させた天才だからであり、さらにそれから数百年、一人で完成させた魔術を昇華させてきたからである。
アルマイルが扱う特殊な魔術など、彼からしたら百年も前に通った道なのだ。
児戯を前に負ける道理はない。
小手先の技も、創意工夫も、魔術のレパートリーも、何もかも彼が勝る。
「うん。魔力量だけは負けるけど、後は雑魚だね。せっかくの才能が泣いてるよ。僕より強くなれるかもしれないのに」
「あ、ほ······さっき、から、ヘラヘラと、腹立つわ、自分」
「まあ強者の特権ってやつだね。弱者は戦場で喋ることすらままならないだろう?」
ハルバートを肩に担ぎ、おどけたように笑うアルジャーノ。未だ彼の本気を出させることも出来ないアルマイルは、震える全身に回復魔術を掛けてから立ち上がる。
その魔術にすらアルジャーノによる妨害が仕掛けられており、それを突破するためにアルマイルは余分な魔力を要求されていた。
さっきからずっとこの繰り返しで、膨大な魔力量を誇るはずの彼女は、既に魔力切れの症状に襲われている。
「あかん、ほんま、あかんわ。気に食わんけど、あんた、格上やんね」
「当たり前でしょ」
単なる格上どころの話ではない。
アルマイルが勝つと踏んだガルディアスの予想を軽く越えるほど、この男は最強に近いのだ。
「せやけどなぁ、ワイは勝てへんけど、アルカディアは勝つで」
「へぇ。そりゃあ面白いや。どうやって勝つのさ?散々ボッコボコにされて、もう死ぬだけじゃん」
「そりゃあ」
自嘲的な笑みを深めるアルマイルが、またしても魔力を解き放つ。血を吐き、己の限界に迫るような爆発はアルジャーノとその周囲を強烈に吹き飛ばした。
ただ、それだけやっても、やはりアルジャーノは無傷。
周囲に爆風と砂煙が立ち込めるだけに終わる。
「で、終わり?」
「ワイは、な」
―――突然、アルジャーノの背後で砂煙が縦に割れた。宙を割いて迫るのは大剣。強烈な殺気に反応して、アルジャーノは振り向き様にハルバートを振り被った。
神速の大剣とハルバートが衝突した瞬間、その余波だけで周囲の瓦礫が吹き飛び、アルマイルの結界が軋みを上げる。
およそ人が奏でたとは思えぬ轟音は、両者共に化け物であることの証明。最強候補が二人、戦場に並び立つ。
「あははっ、こっちは強いなァ」
笑うアルジャーノ。彼の瞳が捉えたのは―――
「ッ、ラァ!!」
シュナイゼル=フォン=バルトハイム。
現アルカディア二番手にして、十年後には最強と成る男であった。
シュナイゼルは鍔迫り合う体勢から、無理やり大剣を横薙ぎに一閃。アルジャーノを吹き飛ばしてからアルマイルの方を振り向いた。
「よお、生きてるか?」
「さっき死んでもうたわ」
「じゃあそのまま死んでろ。馬鹿強え戦士はお前と相性悪いだろ。後は俺がやるぜ」
「いや、ワイも協力したる」
「は?」
「今来たお前が理解しとるか知らんけど、そいつ戦士やないで。ワイより魔術使いやがる」
「はは、おいおい、俺と鍔迫り合う戦士でお前より強い魔術師って―――」
「最強、かな?僕ってやっぱり最強なのかな。うん。今の感触からして、君に負ける気はしなかったし」
瓦礫の山をハルバートで除去しつつ戦線復帰するアルジャーノ。普通の人間ならシュナイゼルと鍔迫り合った時点で腕が弾け飛ぶ。超人クラスでも一撃で戦闘不能になる。
そうはならず、それどころか無傷でハルバートを構える彼は、間違いなく戦士としても最強に近い。
「アルマイル。お前が魔術を止めろ。俺が突っ込む」
「悪いけど頼んだわ。あいつ、小手先の技とかも平気で使ってくるタイプやから気を付けてや」
前衛として構えるシュナイゼルと、その後ろで魔術を展開するアルマイル。
そんな二人を前にしてアルジャーノは、
「じゃあ、今度は僕が先ね」
なんと嬉々とした表情でハルバートを構え、躊躇いなく突っ込んでいった。
即座にアルマイルが魔術による迎撃を放とうと試み―――それが妨害で一瞬遅れる。
遅れた間にアルジャーノが間合いを詰めたため、使える魔術は範囲を細かく指定するものだけになった。
しかし、妨害を受け続けるアルマイルには、それを跳ね返しながら精密な魔力操作をするだけの余裕がない。
さっきまで魔術を発動できていたのは、無理やり大量の魔力で妨害を押し流していたからなのだから。
「嘘やんな、こんな」
二対一という不利な状況で、アルジャーノは後衛のアルマイルを完全に潰した。もし仮にアルマイルの方が優れた魔術師であれば、こうはならなかったであろう。
この結果は、両者の実力差をそのまま表したものである。
「後ろばっか見てんじゃねえぞ」
「あはは、良いねぇ」
続けてシュナイゼルを攻略せんと、アルジャーノはハルバートを構えた。
「こっちはなんにもよくねえんだよ」
アルカディアの英雄は剣気一閃、踏み込みで地面を砕くほどの一撃を繰り出す。
しかし、
それをハルバートが優しく外側に受け流す。
「流石に重いなぁ」
「チッ」
素早い引き手からシュナイゼルが再度攻撃を放つも結果は同じ。アルジャーノの受け流しが完璧に決まった。
そしてそれは、決してまぐれの類いではなかった。
三度、四度。幾度となく繰り広げられる攻防を、アルジャーノは涼しい顔をして捌き続けるのだ。
体格、反応速度、力、速さ。戦士に求められる要素は全てシュナイゼルが上回っている。
アルジャーノは確実にシュナイゼルより遅いタイミングで技に反応し、確実に弱い力、遅い速度で対応しているのだ。
それで拮抗してしまう程、両者の技の練度には差があった。足りない分は技で補う。
ここもアルマイル同様、最低でも数百年は積み上げてきた分だけ、アルジャーノが有利となる。元の体格がそこまで小さくない分、戦士としても彼は厄介極まる存在であった。
「経験の差だねぇ。力のまま暴れるなら獣でもできるんだけど?」
「チッ、テメエ、上手えわ」
アルマイルはその積み重ねの前に負けた。
魔術の上手さ、そして生まれもった魔力量と出力で劣れば、勝てる要素が一つもないから。
「うん。もういいや。君たちの実力は分かったよ」
シュナイゼルの底も読み切ったと判断して、これ見よがしにため息をつくアルジャーノ。
しかし彼がアルマイルと戦った時と、彼がシュナイゼルと戦う現在との間には、大きな違いがある。
魔術王としての側面を持つ彼はアルマイルの技術と才能に勝ったが、戦士として見た時には、生まれ持った素質でシュナイゼルには劣っているのだ。
「少しだけ、飛ばすか」
目を見開き、力強く大剣の柄を握り締めるシュナイゼル。何を仕掛けるのかと思えば、なんと馬鹿正直にそれを振りかぶった。
フェイントや闇討ちの類いはない。本当に真っ直ぐ、全力で薙ぎ払っただけ。
簡単に避けられそうなものだが、それを見るアルジャーノは目を剥いて―――
「へぇ」
アルジャーノの回避すら許さない神速。シュナイゼルは大剣を無理やり受けさせ、そして圧倒的な暴力でもってハルバートを粉砕した。
「悪いな。こういう戦い方は好きじゃねえんだが、お前強えんだわ。遠慮なしで行くぜ」
技を捨て、生来のスペックでごり押す。半端者にとっては下策も下策だが、最強となる男がそれをするだけでこうなる。
「僕相手に技を捨てるか、あははは」
「お前を殺せるなら獣で結構。俺は強さには拘るがな、綺麗に勝つだのなんだの、下らねえプライドは持ってねえのよ」
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