第119話 最強とは
アルマイルですら、それはもう見たことのない次元の戦いであった。
圧倒的な速度と威力で放たれた大剣は嵐となって戦場に吹き荒れる。
地面をめくり上げ、壁を粉砕し、一切合切を薙ぎ払う姿は、最早武を超越した暴力そのもの。
シュナイゼル=フォン=バルトハイム。
世界最強の肉体に恵まれ、それを英雄へ至る過程でさらに昇華させた男が咆哮する。
それに相対するのはアルジャーノ。
人が受けるには破壊的過ぎる大剣を前に一歩も引くことなく、数百年蓄えてきた技で死線を抉じ開ける。
力が迸る。技が冴え渡る。
長い人の歴史の中でも最高峰の戦場が、そこにはあった。
「あははは!いいねぇ!このひりつく感覚、生きてるって感じがするよ!」
「ッラァ!!」
大剣を横一文字に一閃させるシュナイゼル。それを掻い潜って間合いを詰めたアルジャーノが魔術で剣を生成し―――その背後に迫る巨大な影。
「いや、やばすぎでしょ」
大剣がもう戻って来ていた。それは慌てて引き戻すような半端な動作ではない。全力で振り被った大剣を、腕力だけで強引に逆方向に振るったのだ。
既にシュナイゼルへと接近していたアルジャーノの側面に大剣が迫る。それはもう避けられるものではなくて―――
だからアルジャーノは、自身に超硬度かつ柔軟性に富んだ結界を張って大剣を受け止めつつ、その威力を加速に利用してさらに一歩踏み込んだ。
「手助けありがとッ、ねェ!」
至近距離で弾ける剣閃。魔術で産み出された武骨な剣がシュナイゼルの胸部に吸い込まれる。
だが、
「あ?」
力の獣は、間近に迫る剣ではなくその持ち手に腕を寄せ、力任せに振り回す。たったそれだけでアルジャーノの利き手が粉砕された。
「じゃあ逆の手で」
痛みに怯む間もなく即座に左手に槍を生み出し、シュナイゼルの手が届く範囲から後退しつつ突きの連打を放つアルジャーノ。
この男はハルバートや剣のみならず、槍の扱いまで超一流であった。
無数の刺突は一本の槍から順に打たれたはずなのに、それらはほぼ同時に面のように迫る。
数だけ見ても回避不可能。その上で人体の可動域を鑑て、防御不可能な箇所を的確に狙った突きばかり。
これこそ武の結晶。
人体への理解、槍への理解と熟練度、武に適した肉体。どれか一つでも欠ければこうはならない、正に神業である。
「しゃらくせえんだよ!!」
絶体絶命の状況下で、シュナイゼルは上段から大剣を叩き込んだ。
必殺の刺突が雨あられと降り注ぐ中で自らが前進する道だけを抉じ開け、引いて行くアルジャーノを追う。
武の極致を暴力の化身が打ち破った。
「とんでもないなぁ」
「ガァァア!!」
足を止めず、ひたすら攻め続けるシュナイゼル。彼の才能に限界は無く、進めば進むほど大剣が加速する。
もう既に手の付けようがないのに、加えてシュナイゼルという獣は、少しずつこの極限状況に適応し始めていた。
ただ暴力に身を任せるだけだった彼だが、次第に動きが洗練されていく。
無心で暴れながらも、日頃の鍛練で染み付いた武を本能が再現するのだ。雑念が無いために淀みなく繰り出される技の数々は、アルジャーノをして捌き切れない。
「うーん、ちょっと想像以上だなあ。今の世にこんな強い人間がいるとは思わなかったよ。この認識のズレは修正しないとだね。うん」
「ごちゃごちゃうるせえんだよ!黙って戦えねえのか!?」
「でもね、想像以上でも、対処不可能ではないね。ていうか、君、自分が唯一無二な存在だと思ってない?」
「だから黙れって―――」
「人の歴史を、積み重ねを、舐めすぎだって言ってるんだけど?今の世にはいなくとも、過去に君に並ぶ者はいた。僕はね、そうした連中ともしのぎを削ってきたんだ。ようやくこの領域に足を踏み入れた程度で得意気な顔をされると、ちょっと腹が立つなぁ」
貶すような笑みを浮かべたまま、アルジャーノもまたシュナイゼルが踏み込む領域へ至る。すなわち暴力の化身へと。
純粋に資質で劣るアルジャーノがそれをしても、シュナイゼルに力で及ぶ訳ではない。だが扱う技術はそのままに、出力を大幅に向上させたなら―――
「う、オォ!?」
シュナイゼルが圧され始める。
先程までは、技の介入が出来ないほど両者の出力に差があった。だがアルジャーノが伸びたことで差が縮まれば、より優れるのは技術で勝る方になる。
さっきまであった遊びを完全に無くしたアルジャーノは、完成された武人としてシュナイゼルを徹底的に追い詰めていく。
彼の武は徹底した理論が基礎にある。無駄を排し、必要なものだけで構成されたそれは、恐ろしいほどに一切の妥協がない。
相手が僅かでもミスを犯せば、迷いが生まれてしまえば、その分だけ無駄なく動くアルジャーノが勝る。
最短の武は最速に勝る、それが彼の持論である。
いかに速かろうとも、武器を振るう軌道に無駄があれば、最短を描くアルジャーノの剣が先んじるという考えだ。
「て、てめぇ、一体どこまで!?」
相対するシュナイゼルと、未だに魔術の妨害を受けるアルマイルは、アルジャーノという男の深さに驚愕するしかなかった。
同じく限界を越え、暴力の化身と化したシュナイゼルであるが、彼は慣れ親しんだ技を扱うので精一杯なのだ。
それほどにこの状態は思考が上手く働かず、油断すれば理性が吹き飛びかねない。
だというのにアルジャーノは、より加速した世界の中で変わらずに技を繰り出し、なおかつアルマイルを完封し続けている。
まだ思考力に余裕があるのだ。
「うんうん。ようやく自分の課題に気付いたみたいだねぇ。君もそっちの魔術師も、まだまだ足りないんだよ」
「だったら今―――」
「はぁ?今越えるって?それは傲慢じゃないかなあ。君は天才だし、天才な上にそれを磨く環境にも恵まれてるんだろうね。だとしても、流石にまだ早いでしょ」
「傲慢で結構だクソ野郎が。まだ早い、不可能、そう言われ続けて、その全てを踏み越えて俺はここまで来たからなァ!」
アルジャーノの言葉を否定するように、さらに一段シュナイゼルが加速する。
「あはは、何を焦ってんの?安心しなよ。僕が知る歴代の英雄の中で、君の歳の頃なら君が一番強いからさ」
「負けたらんなもん意味ねえだろうが!」
「そうだね。本当にそれはそうだ。でもまあ、今回はどうせ決着までやるつもりはないし―――」
「あ?どういうことだよ」
予想外の台詞に思わず聞き返すシュナイゼル。そんな彼が次に聞いた言葉は、いくらなんでもあり得ないものであった。
「いや、まあ、そろそろ逃げようかなって」
おとげた声でアルジャーノがそう言う。
「逃がすと思ってんのか?」
「逆に聞くけど、ここで戦い続けてまともな結末を迎えると思ってるの?」
「あ?」
「教えてあげるけど、遠くで大将軍と戦ってるのはカサンドラだよ。今の彼女は君が戦った時より強い状態だね」
「だとしてもあの人が負ける訳がねえ」
「そうだね。でも倒すには時間が掛かるし、それにカサンドラが死ぬ気で暴走すれば、彼一人じゃ被害は抑えられないんじゃない?ああそうだ。もしここで殺されるくらいなら、僕も全力で暴れるよ。そうだね、溜め込んでる魔力をまとめて解き放てば、この城を吹き飛ばすくらいは容易いかなぁ」
「脅しのつもりか?」
「事実だけどなにか?目的があるからやらないだけで、最悪王族も貴族もまとめて殺せるんだよ。ああどうしよう。王族は何とかして助かるかも知れないけど、ここにいる貴族までは手が回らないよね?そしたら、あー、役人や上位貴族が一度にまとめて消えちゃったら、国の運営が大変になっちゃうねぇ」
「ッ」
「で、どう?まだ僕と戦い続け―――」
会話の途中、本当になんの前触れもなく、アルジャーノが脱兎のごとくその場から飛び退いた。
そして周囲を無差別に爆発させ、発生した黒煙に身を隠して急速にどこかへと向かっていく。
気配を追おうにも魔術で存在感を消したのか、シュナイゼルですら何も感じとることが出来ない。
「······妨害が消えとる」
ずっと掛かっていた妨害が消えたアルマイルが慌てて煙幕を吹き飛ばすと、もうそこにアルジャーノの影はなかった。
残ったのは、とてつもない争いに晒されて見るも無惨な状況になった、王城の一角の残骸のみ。
「逃げやがったあの野郎!アルマイル!俺が追う!お前は報告に行け!」
「もう念話飛ばしとる!早よ行け!」
急いで追跡に向かうシュナイゼルだが、その後アルジャーノが見つかることはなかった。
⚪️
襲撃を遥か遠くの地から観察する者がいた。
「ふむ。カサンドラは時間稼ぎに成功。アルジャーノがアルマイルを下し、シュナイゼルにも敗北感を植え付けたと」
円柱状の魔方陣を望遠鏡のように見立て、それを介して遠くを見つめながら、男は小さく笑う。
敗北感を得た二人は確実にこれから実力を伸ばすはずなのに、それを生かした上で笑える真意はどこにあるのか。
「これでさらに時代が進むか。少しずれたが、概ねは計画通りだな」
今回の襲撃を企てた男は、ただ一人秘密を抱えて笑みを深める。
「魔神の復活には遠ざかった訳だが、さあニコラス、お前はここからどう動く?」
――――――――――
あと二~三話で、このクッソ長かった武術大会編も終わりです。
次はノルウィン八歳編(短め)予定で、それが終われば十歳のいよいよ学校編ですねぇ。
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