第120話 過去の因縁
逃走を成功させたアルジャーノは、既に王城を出て潜伏先へと向かっていた。
魔術で存在感を消した上に、身体強化を用いた移動は人間の視認可能速度を越えている。
ここまで如何なる騎士にも警備にも見付からずに来ていた彼が―――
「久し振りだね、アルジャーノ」
突如として捕らえられた。
掴まれた腕が急停止の衝撃で千切れ飛ぶ。受け身を取り、即座に回復魔術まで発動させながら立ち上がるアルジャーノ。
彼が見たのは笑顔の優男、ニコラス=フォン=エンデンバーグであった。
ニコラスは、鎧を着込んでいる訳でも魔力を練り上げている訳でもない。
ましてや片手はポケットに入れている状況でありながら、アルジャーノはそれに最大限の警戒を示していた。
「忘れ物だけど、この腕はいるのかな?」
「いや、千切れた腕を渡されても困るんだけど。忘れ物とか言ってるけどさぁ、それ取ったの君だよね?」
「確かにそうだった。すまないね。これは邪魔だから消しておこう」
身体から離れた腕であっても、魔術王が自らに付与した魔術への耐性は残っている。その腕を容易く焼却するニコラスは、少なくともアルジャーノを魔術で害する事が出来る実力者である。
「で、人の腕を千切ってまで僕に何の用かな?こう見えても忙しくて、今逃げるのに必死なんだけど」
「用が無ければかつての仲間に会うことも出来ないのかい?」
「はぁ、本気で言ってんの?仲間のままなら用が無くてもいいだろうけど、そうじゃないだろ?あの頃とは何もかもが違うんだよ。馬鹿なの?」
「確かに。君は見た目まで変わっているからね」
「―――おい」
「ふふ、そもそも君にこだわるような見た目はないのか。その口調や性格すら―――」
「お前、死ねよ」
アルジャーノの存在感が爆発的に膨れ上がる。
次の瞬間には元の身体能力を魔術で強化し、手元が霞む程の速さで剣を一閃させていた。
狙うはニコラスの首筋。濃密な殺意の奔流が剣閃となって迫り、それをいつの間に用意したのか、ニコラスが槍で迎え撃つ。
滑らかな軌道を描く槍の穂先が剣を絡め取り、そのまま外に受け流した。
剣を無力化したニコラスは即座に引き戻した槍で追撃を放つ事はなく、それを地面に突き刺して笑う。
「今日はここまでにしておこう。本気を封印している君に勝っても面白くないからね」
「あ、はは。逃げ惑ってばかりで、仕舞いには僕たちを見捨てた君が勝つって?僕、面白くない冗談は嫌いなんだけど?」
「冗談のつもりはないよ。あれから長い時が経った。かつての君ならばともかく、今の君に勝てる程度には鍛えてある」
「だったら今殺してやるよ。僕たちがどんな思いで―――」
「だから彼を今の世に繋いだ」
「ッ!?」
「今日はそれを伝えにここまで来たんだよ」
笑顔のまま、されど口を開くニコラスの瞳の奥は、酷く冷えきっている。
対面するアルジャーノは目を見開いた。かつてのニコラスを知る者としては、この変貌が信じられないものであったから。
「アルジャーノ。君の願いは遠くない未来に叶うよ。そうすれば、その道化師のような真似を続ける必要もなくなる」
「余計なお世話だね。うん。僕は案外この口調が気に入ってるんだ」
「それ、性格悪いって言われないかい?」
「そこも含めて好きなんだよねぇ。ほら、尖ってる方が分かりやすいしさ?」
「そうか。ならしつこくは言わないよ」
「そうそう。だから余計なお世話だって言ったじゃん。で、なに?僕はもう逃げていいの?」
「ああ、いいけど最後に一つだけ、君のボスに伝言を頼むよ」
「ヴェルドラに?構わないけど、なにかな?」
魔術で生み出した槍を消し、正面からアルジャーノを真剣な目で見つめるニコラス。
「私は魔神を復活させるつもりだ」
「―――それは、どっちの意味で?」
「言わなくても分かるだろう?この時代にはかつてないほどに可能性がある。多分、これが最後のチャンスになるだろうね」
「うちのボスも同じことを言ってたよ」
「やはり彼もその結論に至っていたのか。シュナイゼルとアルマイルを突っついた時点で予想はついていたけど」
「そういうこと。んで、他には何もない?そろそろ追手が来そうで怖いんだけど?逃げたいんだけど?」
「ああ。これで本当に終わりだから、もう行っていいよ」
ニコラスがそれを言い終える前に、アルジャーノはさっさと逃走を再開した。
そしてニコラスもまた、己がそこにいたことを隠蔽するかのように姿を消し、後には誰も残らなかった。
―――――――――――
明日は休みなので、また連続更新頑張ろうかな。せめてこの章は終わらせたい
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