第158話 防戦一方

 一般的な戦争において、魔術師が積極的に攻勢に加わる場面はほとんど見られない。


 敵軍から撃ち込まれる魔術を相殺したり

 魔力の胎動から敵の魔術師の居場所を割り出し、全体へ注意喚起を行った。。

 あるいは自軍を結界の魔術で覆い、被害が出るのを防いだり。


 そういった防御的な働きがメインとされている。


 魔術師を先頭に立って突撃させるか、あるいは魔術師の部隊を編成して突っ込ませれば、より大きな戦果が見込めるだろう。


 しかしそれはできない。魔術師は絶対に失ってはいけない人材だから。


 識字率が決して高くないこの時代において、論理的な方式の元に成り立つ魔術はとてつもなく敷居が高い学問である。

 それを実戦レベルまで習得するには、時間と金と労力を十年単位で犠牲にしなければならないだろう。


 そのような人材を失えば、代わりを生み出すのにまた十年はかかる。


 故にどこの国でも魔術師は小出しにする。抑止力として存在をちらつかせ、いざという時までは温存しておくのが基本とされている。


 しかし、そんな基本が当てはまらない存在、つまりは異常なまでの天才が、世界には存在する。


「なんや、ワイってやっぱ人気者やねえ。ワイのためにこんな集まってくれたんか」


 戦場に似合わない気軽な言葉を歌のように高らかに口ずさみ、魔術師団長のアルマイルがメルトール王国軍の上空を飛び回る。


 彼女が通った後には超大規模の爆発が発生し、一度に数十人がまとめて吹き飛ばされていた。


 敵の魔術師が応戦しようと飛び出してくれば、それを待ち構えていた別の部隊が狙い撃ちで仕留め、あるいはアルマイルに直接殺されていく。


 アルジャーノが表舞台に出てくるまでは自他共に認める最強の魔術師だった狐顔の女は、ただ一人で敵の軍隊を翻弄し続ける。


 流石はアルカディアが世界に誇る最強の魔術師といったところか。

 俺の師匠はとことん化物みたいな人ばっかりだ。


 ただ、そこまでやっても―――


「どうしたオブライエンンンッ!!俺から逃げるだけかァ!?」


 アイザックの、メルトール王国軍の勢いは止まらない。


 アルマイルが一人で抑えているのはおよそ五千人。全体の約八万から見れば一割にも満たず、アルマイルの範囲を越えたところでメルトール王国軍の侵攻は激しさを増していた。


 オブライエンも的確な指示を出し、乱戦の中でアイザックを避けて戦おうとしている。

 アイザック以外を徹底して削る作戦は正解だったと言っていいだろう。


 では、それだけやっても止まらない理由は何か―――


「ハァァァア!!」


 一つは単純にアイザックが強すぎるのだ。


 彼はアルカディアの大将軍であるガルディアスとしのぎを削った猛者だが、その世代はガルディアスより一つ上。

 つまりもう六十も近いジジイだというのに、猛烈な勢いで攻め立てる姿には微塵も衰えを感じない。


 オブライエンが彼を避けるように軍を操っても、巨大な軍馬に跨がる彼は俊敏に軍の最後尾に取り付いては、大剣の一振りでアルカディア兵を吹き飛ばしていくのだ。


 既にアルカディア軍に二割程は食い込んできたか。その勢いに加熱したメルトール王国軍がアイザックに追随するから、なおさら質が悪い。


 ああいった突貫を防ぐためにシュナイゼルを温存して抑止力としたのに、アイザックはそれを恐れてすらいないらしい。


 むしろアレは、シュナイゼルと戦うために暴れてすらいるのだろうか。

 より強いものと戦いたい。戦士としての願いか。


 それに加えて―――。


「閣下に続け」


 アイザックの副官であるフィエーロという男が、オブライエンと同等か、あるいはそれ以上の指揮能力を見せていた。


 一人で突出したアイザックの勢いを殺さず、むしろ加熱させているのは間違いなくフィエーロ。


 彼はアイザックの活かし方を理解し、その強みを軍に反映させる、謂わば潤滑油のような役割を担っていた。


 アイザックかフィエーロ、どちらかを落とさなければ、きっとこちらが負けてしまう。


 この状況は、オブライエンの実力不足というより、単純な手駒の差か。質でこちらが勝ろうとも、圧倒的に数が違いすぎる。


 ―――それでも初日は、オブライエンの鬼気迫る捌きによって、五分のまま夜を迎えることとなった。


 夜になれば平野での会戦は中断され、互いに疲れを癒しながら夜襲の警戒や奇襲などにシフトする。


 とはいえこちらにはアルマイルをはじめとした優秀な魔術師が多数いるため、その警戒網を潜って奇襲を仕掛けられることもなく安全な睡眠を取ることができた。


 そうして二日目。


 戦況は初日とわからない。オブライエンが戦場を捌き、それをメルトール王国軍が僅かに上回る。


 徐々に、徐々に、ゆっくりと首を締め付けられるように、押されていく戦線。


 シュナイゼルを動かせない今、ただ一人突出した戦力であるアルマイルも、魔力切れだけは避けなければならず、決して無茶はできない。


 少しずつ、負けが近付いてくる感覚がして。


 そうして三日、四日と経過して。


 五日目に差し掛かった頃。


 突然、それまで防戦を貫いていたオブライエンが動いた。

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