第159話 起死回生を狙って

 突出した強さでアルカディア軍を蹂躙し続けるアイザック。彼の後に生き延びた者はなく、その大剣は敵軍を縦横無尽に切り開く。


 それに対しオブライエンは、攻めて来るアイザックを徹底的に避けて、それ以外を削る作戦を取った。


 これは初日の戦場で完璧に填まり、一時はアルカディア軍が優勢となった。

 しかし翌日、アイザックの副官であるフィエーロが即座に対応してきたことで、戦況は再び五分、否、徐々にアルカディアが劣性とな

っていく。


「なるほど。閣下を浮かせて他を殺しに来たか。面白い。ここからは俺が捌こう」


 初日はアイザックに続いて最前線にいたフィエーロ。

 彼は二日目から、守りを固めたオブライエンを崩すべく後方の本陣に戻り、全体の指揮を取り始めた。


 彼がメルトールの指揮を取った直後、戦場は大きく様変わりした。

 彼はその才気溢れる指揮能力で、なんと八万から成る大軍をアイザックの動きに最適化させたのだ。

 八万という巨体なる軍勢を、大将軍ただ一人のためだけに動かした。


 アイザックがアルカディア軍に突っ込んで戦線にヒビを入れれば、後続をそこに突撃させて穴をこじ開け。


 また、オブライエンの指揮でアイザックを回避しようとする軍勢があれば、逆サイドから圧を描けることでその逃走を防ぎ。


 そうしてアルカディア軍を締め上げ、徐々に戦況を覆していく。


 日に日に押されるオブライエンは、決して指揮能力でフィエーロに劣っていた訳ではない。むしろ純粋な優劣ならば勝っている。


 それでも勝てないのは、単純に埋めがたい戦力差があったから。アルカディア陣営は総勢約三万。対してメルトールは約八万。そして旗頭にはアイザックがいる。


 アルカディアがシュナイゼルを気軽に動かせない以上、苦戦を強いられるのは当然の結果だろう。


 ただ―――


 このまま負けてしまう程度の器が、ガルディアスと大将軍の座を争えた訳がない。


 開戦から五日目。


 二日目から防戦一方だったオブライエンは、突如として動き出した。



「このままでは勝てんか」


 五日目の戦争が始まってすぐ、オブライエンは戦場を見渡して呟いた。


 勝機が見えない。匂いがしない。気配がない。勝ちへの道筋が見えてこない。このままの流れで作戦を立てられない。


 理性と感性。長年戦場で培ったモノが、何一つとして勝ちに反応しない。


 シュナイゼルを出せばこの劣性を一時は覆せるのだろうが、それは有り得ない。最強の駒はどこにあるか分からないからこそ敵への抑止力となるからだ。


 だから、切り札は伏せたまま敵を狩る必要がある。


「ふむ。場を覆すには刺激がいるが······そうだな。バックス、ここへ」


「はっ」


 オブライエンは、数十年に渡って自分に仕える忠心を呼びつけた。やって来たのは筋骨粒々な老兵である。

 全盛期を過ぎてもなお壮健な肉体は、彼が途方もない鍛練を自らに課している証拠だろう。


「先に伝えておいた通りここからは派手に動く。その先人をお前に頼みたい。命の保証は出来ない危険な任務だが、頼めるか?」


「はは、何を仰いますか。この大舞台を閣下の一番槍として駆けるのは、何にも優る至上の誉れとなりましょう」


「すまない」


「謝ることはありますまい。閣下の前に立ち塞がる敵を屠り、最強を証明する。それだけが我らの喜びなのですから」


 若き日のオブライエンに憧れて部下となり、あるいは死ぬしかないような境遇だったところを救われ、そうして集まったのが今の直属達。


 その誰もが大将軍になるというオブライエンの夢を支えるために戦い、そして夢破れた日から今日までチャンスを待ち続けた。


 アルカディア王国の大将軍を巡る政略争いに破れ、遥か辺境の地に飛ばされ、そこで権力を掌握して軍事の拡大を行っていたのは、今日この日、この瞬間のため。


 何もアイザックと相対することまでは予想していなかった。

 それでも今日に並ぶような巨大な戦場で、歴代の大将軍と遜色の無い戦果を収めて、自分達の主が偉大であったことを世界に刻み付ける。


 そのためだけに―――


「ハッ、お前達、準備は出来ているな」


 五日目の合戦が始まる直前、バックスは自らの部下に問い掛け、そしてそれが無駄であったと悟る。


 誰もが闘志を漲らせている。誰もが嬉々として死地に向かおうとしている。最早言葉など必要ない。あとはそれぞれの武器が何よりも雄弁にその闘志のほどを物語るだろう。


 ゆえに、


 合戦開始の合図が轟いた瞬間に、バックスたちは無謀とも言える突撃を敢行していた。


 最も攻撃的な布陣で敵陣へ流れ込んでいく。その軌道の直線上にいるのは、メルトール王国軍の要であるフィエーロ。


「ほう、この俺を討ち取るつもりか。面白い」


 迫り来るバックス達を前に、メルトール王国軍の最前列は緩やかに陣形を変更する。それは敵を包囲するように広がりを見せて―――


 その左右に別のオブライエンの忠臣が突撃を仕掛けていた。


 バックスの、ひいては彼を操るオブライエンの邪魔はさせない。ここで死んでも受け止めるという覚悟で包囲網の蓋を塞き止める。


「死ぬ気かッ、貴様ら!?ならばそのまま死ぬがいい!」


 敵の蛮行に驚愕しながらも、フィエーロは的確に軍を捌く。包囲網の形成を止められたのは予想外だが、そんなものは無謀とも言える突貫で成し遂げた下策に過ぎない。


 急いた突撃ゆえにオブライエンの部下は数が少なく、余程のイレギュラーでも無い限りは、じっくり兵を動かすだけで磨り潰せる状況なのだ。


 しかし―――


 五分、十分、どれだけ経っても敵兵を殲滅できない。


 一人二人と討ち取ることは出来ても、敵の大部分は異常な統率力で危機を脱しては包囲網に攻撃を加えていく。


 いくら優秀なオブライエンの部下であったとしても、数で優る状況で的確な指示を出すフィエーロを出し抜くのは有り得ない。


 ならば一体どうしたというのか。


 フィエーロは一度戦場全体を俯瞰して―――そして今度こそ有り得ない事態を前に目を見開いた。


「なんだ、その、それは、そのふざけた作戦はァ!」


「はは、基本に忠実なだけではまだまだ二流だな、メルトールのひよっこ」


 なんとオブライエンが、戦場の最前線まで出てきていたのだ。彼の部下が優れた反応を見せるのは、近い場所で主の指示を受けているからであろう。


 オブライエンの周囲を守るのはごく僅かな側近をはじめとした数十人のみ。それはちょっとした部隊で小突けば討ち取れる戦力であった。


 そんな状態で彼は飄々とした笑みを浮かべる。


「ほらほらどうした。敵の大将首はここにあるぞ」


 ―――オブライエンの登場によって最前線が荒れる。

 後方に控えるフィエーロの指揮が伝わりきる前に、前線の兵は手柄を挙げんとオブライエンへ向かっていく。


 そうして統率が乱れてしまえば―――


「今だ!突っ込め!」


 バックス達が猛攻を掛けて敵の守りに食らいついた。


 当然、この状況はアルカディアにだけ有利な訳ではない。


 そもそもの数で負けている以上、平野での混戦になれば十中八九負けるのはアルカディア側なのだ。


 加えて恐ろしいのは敵の大将軍。


 オブライエンを発見したアイザックは、他の雑魚を捨て置いて真っ先に突撃を開始していた。


 これより始まるのは、フィエーロとオブライエン、どちらが先に指揮官を失うかというレース。


 フィエーロは自軍に守られ、オブライエンは敵味方入り乱れる戦場を逃げ回る。


 そしてオブライエンを命懸けで守る側近をはじめとした戦士たちは―――死闘を強いられることになる。


 その護衛の中にはノルウィンの姿もあった。

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