第160話 限界を越えて
前回のあらすじ
オブライエン直属の部下であるバックスたちが、メルトール王国軍の要(アイザックの副官)であるフィエーロを討つため、壊滅覚悟の特攻を仕掛ける。
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フィエーロは攻めてきたバックスたちをすりつぶすべく、圧倒的な人数差にものを言わせて包囲作戦を決行。
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その包囲を完成させないよう、バックスとは別のオブライエン直属の部下が、包囲網の左右に攻撃を仕掛ける。
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それでもメルトールとアルカディアの戦力差は激しく、バックスたちが全滅するのは時間の問題。
だからオブライエン自ら前線に出た。(目的は近くで指揮を採ることで部下を活かしつつ、大将首に目が眩んだメルトール王国軍が統率を失うこと )
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結果としてメルトール王国軍の前線の指揮は乱れに乱れ、包囲網は完成せず。しかし前線の兵士やアイザックがオブライエンを殺さんと迫り、それらから逃げ延びなければならない。そのオブライエンの護衛の一人にノルウィンが選ばれていた←イマココ
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人、人、人。前方から濁流のように押し寄せる軍勢。その全てが俺たちに強烈な殺意を向けていた。
ノルウィンとしてこの世界で生きて数年が経つ。その間、数々の修羅場を越えてきたと言えるだろう。
しかしそれでも、これほどの地獄は未だかつて無い。
「うおおおおおおおお!!」
「殺せぇぇぇぇええええ!!!」
「俺が先ダァァア!!!」
身を鍛え、鎧を纏った男たちが、我先にとこちらへ襲い掛かってくる。
オブライエンを守るのは彼直属の部下数十人と、それから何故か俺一人。
―――オブライエンが暴挙とも取れるこの作戦を決行する直前、俺にこう声を掛けてきた。
『これより先の戦は文字通りの死線となるでしょう。死の危険は高いですが、限界を超えるならここしかありません。どうですか?強制はしませんが、私についてくる気はありませんか?了承されるのでしたら、私が先の景色をお見せしましょう』
まるでこちらを見透かしたような瞳を向けられていた。俺がクレセンシアのために全てを利用するように、オブライエンもまた大将軍になるために全てを賭けてきた男だ。
その共通点が、俺たちの何かを深いところで繋いだのだろうか。
分からない。分からないけれど、俺にその誘いを断る理由はなかった。
そうして受けた結果が、今―――
「メイザー!右に二つ動いて殺せ!ランウェルはその場で敵を押し留めろ!」
俺の背後から鋭い指示が飛ぶ。すると名を呼ばれた二人はそれぞれ数人の部下を率いて指示通りに動いた。
右に二つというのは、騎馬の一馬身を一単位とした移動距離のことだ。
メイザーという老兵と一緒に馬に乗せて貰っている俺は、オブライエンから二馬身分だけ右に開いた所で併走を続ける。
そうこうしている内に敵の最前列が接近、戦意が極限まで高まり、そして衝突した。
「やれ!」
オブライエンの檄が飛び、メイザーが老いてなお壮健な肉体の真価を発揮する。敵の先頭を走る騎馬と交錯した瞬間、瞬きすら許されない時の狭間で、的確に相手の鎧の隙間に剣を通して急所を切り裂いたのだ。
後方を振り返ると敵は落馬した衝撃で全身が折れ曲がり、どう見ても致命傷であった。
「どうしたぁあ!オブライエン様の一番槍、メイザー=フォン=リンドールはここであるぞ!!我こそはという者は前に出て来い!!」
頭上からとんでもなく大きな声が、敵を威嚇するように響き渡る。いや、ようなではなく、実際に威嚇していた。
歩兵から見れば馬に跨がった兵は絶望的なまでに強く、そして同じ騎馬兵もたった今の攻防から彼我の実力差を感じたのか二の足を踏んでいる。
あれだけの戦意をたった一太刀で打ち砕いていた。
そして俺たちとは反対側、先ほどオブライエンの命令を受けていたランウェルという男は―――
「はっ!メルトールも数だけ立派で大したことがないな!俺たちに傷の一つでも与えてみせろ!軟弱者め!」
メイザーのように殺すのではなく、指示通りあえてその場で敵を抑え込んでいた。付かず離れず、いつでも殺せる相手をあえて生かす意味。それは―――
「うおっ!?」「邪魔だぞ!」「そこをどけ!!」
勢いよく迫り来る敵の第二波を塞き止めるためであった。
敵を壁とすることで後続の足を止める。いくら統率を失った兵といえど、味方を殺してまで先を急ぐ馬鹿はいないのだ。
そうして左右の攻めが弱まったところで、オブライエンは的確に俺たちに指示を出して敵の最前線から絶妙に距離を取る。
完全に離れないのは、バックスへの包囲網に攻撃を仕掛ける味方へのヘイトを、こちらが受け持たなければならないからだ。
少しでも注意が戻れば包囲網を攻める彼らが殺され、そうすればフィエーロの首を狙うバックスも磨り潰されるだろう。
オブライエンは自らが命を狙われている中で、針の穴を通し続けるような繊細な指示を的確に出し続ける。
「次!魔術来るぞ!メイザー!ノルウィンを前に出せ!!」
「はっ!」
第一波を切り抜けた直後、また別の場所から無数の敵が雪崩れ込んでくる。その中に魔術師がいたのだろう。
空中に巨大な魔方陣が浮かび上がると、巨大な炎弾が無数に降り注いだ。
「小僧!頼んだぞ!」
「はい!」
俺はメイザーに支えられながら無詠唱で魔術を発動させる。
俺の狙いはあれを迎撃すること、ではなく―――。
「そこ、だろォ!!」
魔力の発生源から敵魔術師の位置を大雑把に特定し、その周辺をまとめて焼き払うように巨大な火柱を放つ。
大気を、人間を、金属を、地面を、万物を炎が焼き払う。轟、と唸るような音がして、火柱が更に激しく燃え上がった。
その中に飲まれた者たちが断末魔をあげている。
焼死は最も苦しい死に方だと聞いたことがある。あそこにいる人たちはきっと苦しみ抜いて死ぬのだ。
彼らに家族はいるだろうか。恋人は、好きな人は、俺にとってのクレセンシアであるような、崇拝の対象はいるのだろうか。
俺が彼らから幸せを奪う。彼らの帰りを待つ人たちの人生に絶望を与える。
ああ、そうか。今更だけど、もう後戻りは出来ないんだな。
「でもっ!!構うもんかよ!!」
お前らより俺にとって大切な人の方が大事なんだ!覚悟なんかとっくに完了してる!!だから!!
だから、ごめん。ごめんなさい。
謝罪を心にしまい込む。俺の視線の先ではまた一つ新たに生み出された炎が、この世を灼熱の地獄に塗り替えていた。
「小僧、上出来だ」
俺の頭をポンと叩いたメイザーが、懐から小さな結晶を取り出した。巨大な魔力の波動がそこから流れている。
アルクエのゲーム内でも何度か目にする機会があるそれは、対魔術結界を発生させる魔導具だ。
使い捨てで効果時間は短く、されど性能は作中随一。ストーリー終盤でウルゴール邪教団の幹部と戦闘を行う際にも、その結界内ならば対魔術は安全だと言われていた程である。
―――まあ物理は通してしまうため、その対処は必要になるが。そっちは人間の役目ということだろう。
とにかくそれほどの性能を誇る結界だからこそ、今この戦場に出てくる程度の魔術は絶対に通さない。
甲高い破裂音。
砕けた結晶、その内に溜め込んでいた異常なまでの量の魔力が解き放たれると、俺たちを包み込むように半透明の膜がドーム状に広がった。
既に死んだであろう敵の魔術師が放った炎弾は、膜に触れた瞬間に跡形もなく溶けて消え去った。
「今だ!突撃!!」
敵軍はこちらが魔術の対処に追われて混乱したところを攻める魂胆でいた。そこを逆に俺の魔術で反撃され、結界によって対処どころか勢いよく突撃を仕掛けたのだから―――
「くそがっ!!」
「うおおおお!!死ねくそが!!!」
「なんでこっちに来て!?」
「止まれ!とまれよおお!!」
想定外に想定外が重なり、人数差すら凌駕して圧倒的な蹂躙が始まる。
メイザーが、ランウェルが、その他多くの部下達が敵陣を無理やり抉じ開けて先へ進んでいく。
その間も無数の指示がオブライエンから飛び、俺も限界まで彼に『使われていた』。
この局面でもなお冷静に、冷徹に、俺がどこまでやれるかを見極めた上で、限界ギリギリのパフォーマンスを要求してくる。
それにこちらが応えなければ一丸となって突き進む騎馬隊が崩壊する。だから応える。
そうして死線の中で限界を発揮し続ければ、集中と興奮でさらに限界地点が高まり―――その都度オブライエンは俺に振り分ける作業を増やしてきた。
嗚呼、すげえ。
これは、まじですげえ。
限界を発揮し続ける苦しさと、味方と支え合う団結と、そして限界を超える全能感。
オブライエンは俺を理解してくれる。俺の限界を見極め、越えろと言ってくれる。
なんつうか、オブライエンが部下から狂信的な忠誠心を集めている理由が分かるなあ。
文字通り戦場全体を支配しながらここまでの指揮が出来るのは、才能だけではないんだろう。途方もない努力と実戦経験が彼をこれほどまでの名将にした。
彼は凡人だった。ガルディアスやシュナイゼル、アイザックのように、肉体面では選ばれなかった。
だから努力だけでここまでのしあがってきた。
そんな彼の夢を、俺が叶えてあげたい。俺が支えてやりたい。
そう思わされてしまうのだ。
今の一瞬でこれなのだから、数十年も一緒に戦ったら、そりゃあ心を持っていかれるよ。
でも、これで、これで―――
これでもまだ、大将軍からは一つ格が落ちるのか。
オブライエンの冷徹な雰囲気が、灼熱の戦意に塗り潰されていく。
「逃げるなよオブライエンンン!!鬼ごっこなら地獄まででも付き合ってやるぞオオオオオ!!」
腹の底に響くような大絶叫。
アイザックが自軍の中央を割ってこちらに迫ってくる。
メルトール王国軍の大将軍が、来る。
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今日はもう一話更新します
(これから週に3~4回は更新します)
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