第94話 天才×天才の舞台

「勝ちなさいよ!」


「······頑張って」


「ノルウィン君なら勝てるよ!次のひと僕より弱いもん」


 四強の試合を目前に控えた俺は、仲間達の応援を背に控え室へと向かう。レイモンドがわりとえげつないことを言っていたが、まあ事実だ。


 今回の相手は槍だけでも勝てる程度の実力に思えた。

 向こうがいた山は幸運にも優勝候補がいなかったから、彼程度の実力でもここまでこれたのだろう。


「ふぅ」


 もう何度も通った控え室に辿り着き、椅子に腰かけて時間を待つ。


 ようやくここまでこれたなぁ。


 十歳までを含めた若い世代の頂点を決めるイベントで、四強まで残ることが出来た。そしてほぼ確実に決勝へ駒を進められるだろう。


 少なくとも準優勝。まさか六歳にしてここまでやれるなんてなぁ。


 ルーシーとリーゼロッテはどちからが勝ち上がるのだろう?


 二人ともあり得ないくらい強いが、俺としてはリーゼロッテの方がまだマシだ。


 なんというか、リーゼロッテは理不尽な強さではあるけど、ルーシーほど隔絶した雰囲気は感じないのだ。


 底知れなさはルーシーが圧倒的に上回っている。


「時間です」


 控え室にいた係員の声に頷き、俺はゆっくりと立ち上がった。


 アリーナへ続く扉を開け、薄暗い選手用の通路を進む。

 ここを通るのももう何度目だろう。

 最初に来た時はワクワクしたし、その後は僅かな恐怖や緊張を感じた。でも今は、ただ不安が残る。


 ルーシーかリーゼロッテ。


 俺より遥かに強いやつが四強を越えた先にいると思うと、足が鉛のように重かった。


 気合い入れろよ。クレセンシアのためだ。ここで少しでも見せ場を作って、結果を残して、俺という人間の価値を吊り上げるんだろ。


 そうでなきゃ俺はクレセンシアに近付くことすら出来ないのだから。


 覚悟を決め、俺は胸を張ってアリーナに上った。

 多くの歓声が爆音となって轟く。そのほとんどは俺を応援するものであった。


 予選、本選の一回戦、二回戦、三回戦、八強、そして今。

 勝ち進む度に俺を推す声は増えた。これもまた俺が積み上げたものなのだろう。


 勝てば上に行ける。負ければ落ちる。

 分かりやすくて良いな。


 向こう側からアリーナへ上ってきた対戦相手は、これまでの選手と同様に俺を恐れているようであった。


 レイモンドやサラスヴァティに劣る彼らからすれば、俺は年下ながら圧倒的な格上。

 恐らく、勝つ算段すら立たないに違いない。


 俺は、試合開始を待ってゆっくりと魔力を練り上げる。

 ハイアンから授かったオリジナル魔術が切り札となる現状、その他はある程度見せた方がいいのだ。


 この短期間で新たな技を覚えるとは思わないはず。その認識を逆手に取ってやる。


『試合、開始!』


 合図と同時に身体強化を発動し、全速力で間合いを詰める。

 流石はここまで勝ち上がった猛者といったところか。相手は素早く防御体勢を取っていたが、防御の裏から風属性魔術による強風を叩き付けることで体勢を崩す。

 そして容赦なく槍を突き込んだ。


「くそっ!」


 風でバランスを崩されてなお、相手は身を捻って槍をかわす。執念を感じさせる粘りに内心で称賛を送りつつも、俺は笑った。

 敵を回避に専念させた時点で、俺の勝ちは確定していたのだ。


「ほい」


 土属性魔術で足元を固め、動きを封じたところへ槍を横薙ぎに振り払う。

 側頭部に強烈な一撃を受けた相手選手はその場でふらつき、さらに追撃を入れると呆気なく崩れ落ちた。


 ―――本当に、簡単だな。


 人並みな天才、ちょっとした努力家くらいなら、簡単に勝ててしまう。これでも四強なのだから、相手は弱いわけがないのに、だ。


『勝負あり!勝者、ノルウィン=フォン=エンデンバーグ!』


 僅か一年半でこれだけ強くなったのに、まだまだ先が見えない。本当に天才って理不尽な奴らだよ。


⚪️


 試合を終えて貴賓席に戻る途中、一人で壁に寄り掛かっていたリーゼロッテに声を掛けられた。


「お主はまだ妾に腹を立てておるか?」


「立ててないですし、仮に立ててたとしても俺はあなた様にあれこれ言えませんよ。なので、気にせず話しかけて下さい」


 実際にはまだ切れてるけど、相手は皇女様だ。男爵家の三男坊が少しでも歯向かえるわけないだろ。


「ふ、ならば気の向くまま話すとしよう」


 俺の解答の何が気に入ったのか、リーゼロッテはクツクツと笑いながら―――俺に宣戦布告をした。


「先に決勝で待っておれ」


 自信満々の表情。ルーシーと戦うというのに、このお姫様は微塵も自分の敗けを想像していないらしい。


 まあ、それだけの実力があるのは認めるけど、


「決勝ばかり見ていたら、ルーシーに足元を掬われてしまいますよ?」


「ふ、当然あやつも注目しておるわ。むしろ、単純な強さならお主よりはあっちが上よな」


「そうですよ。本当に強いんですから」


「知っておる」


 知ってる、ねぇ。


 俺は、ルーシーがどこまで強いかが分からないけど。


 最初に決闘で勝って以来、俺は一度としてルーシーを本気にさせたことがない。


 あの時勝てたのは初見殺しの要素が大きかった。まともに戦えば俺には万に一つの勝ち目すらないのだ。


 あれから一年が経ち、天才はきっと信じられないほどの成長を遂げているはず。

 その天井は果たして、リーゼロッテが届く高さにあるのだろうか?


 現時点、雰囲気から感じ取れる存在量というか、強さの限界値的な感覚は、リーゼロッテの方が僅かに大きい。


 でも、うん。それでも俺はルーシーが勝つと思う。


 そんな内心を悟られたのだろう。


 リーゼロッテは不服そうな顔をして、控え室に向けて歩き出した。


「お主は勘違いしているようだが、妾は負けんよ。簡単に負けられるのなら、こうも苦労はしていないのでな」


「それはルーシーも同じですよ。だからこそ、きっと楽しい試合になると思います」


「そうか。であれば、楽しみにしておれ。良いものを見せてやろう」


 俺に強い背を見せたまま、リーゼロッテは向かい角を曲がって消えた。


⚪️


 そして、それから数十分後。


 アリーナでは、ルーシーとリーゼロッテが向かい合っていた。


 









|―――――――――――――――――|

さーあこれから少しでもルーシーとリーゼロッテのすごさが伝わるような戦闘シーンを書けるよう頑張ります。

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