第39話 化け物

ちょっと短めですみません

――――――


 黒い仮面を被った女、カサンドラが俺たちの背後で笑う。

 突如現れた化け物への恐怖、フランケルをはじめとした強者達の凄まじい圧力。その全てを吹き飛ばして、異質な雰囲気が辺りを覆った。


「若様、下がりなされ!」


「爺やっ!?」


 カサンドラからカイネを隠すように、瞬時に前に出た爺や。フランケルや俺よりも早い反応、かつてヨーグの懐刀であった男は短剣を構えて眼前の敵を睨んだ。


「爺や!駄目です、そいつは―――」


「あらあらあら」


 停滞。攻め時を見出だせない爺やが、苦悶の表情で間合いを測る。その間カサンドラはなにもしていない。なにもせず、ただつっ立っているだけで、


「 が、はっ」


 突然爺やが全身から血を吹き出して膝から崩れ落ちた。目、鼻、口、その他穴という穴から漏れ出る血液。倒れた彼を中心にあっという間に血溜まりが出来上がる。


「爺やッ!! お前、爺やに何をした!?」


 激昂したカイネが暴走気味に魔術を発動させる。属性は水、階梯は恐らく四に近い三だろうか。薄く引き伸ばして射出された水分は人体を切断する威力を持ってカサンドラに迫った。


「あらあらあらあら」


 それでもなお、カサンドラは不気味な笑みを浮かべたまま、何とその水を無抵抗に受ける。


 直撃した水の刃は彼女の胸元を半ばまで抉り取った。常人なら痛みにのたうち回り、数分で死に至る致命傷である。

 しかしカサンドラは変わらずに笑みを浮かべており、死ぬどころか倒れる気配すらない。


「嘘っ」


「こいつ、化け物か?」


 カイネの怒気を消し飛ばすほどの異様。人の形をした化け物は、


「次は、私の番でいいかしら?」


 そう言って不適な笑みを深めた。

 

⚪️


 ウルゴール邪教団の幹部は、最も弱い奴ですら倒すのは物語中盤以降となる。

 その頃になると主人公たちは作中でも上位の実力を有しているのだが、それですら相当な対策をしなければ即全滅させられるのが、幹部の恐ろしさである。


 本来であればこんな、ストーリー開始以前の最序盤に出てくるべきキャラじゃない。

 しかも人形の魔女カサンドラは、幹部の中でも集団戦最強、今この状況でこそ真価を発揮する恐ろしいタイプなのだ。


「フランケルさん!こいつと目を合わせないで下さい!」


「目を合わせないだけでいいのか!?後は何を気を付ければ良い?!」


 何をと言われたら全てに気を付けるべきだが、特殊な攻撃手段は目を合わせただけで敵の身体を破壊する魔眼のみ。


 俺はカサンドラから距離を取りつつ答える。


「俺たちで倒そうとは思わず、ハイアン様が来るのを待つんです!」


「んなの当たり前だろうが!こんな化け物がいるなんて聞いてねえからな!」


「あらあらあら、やっぱりそこの男の子、私のことを知っているのかしら?んふふ、面白いわねェ」


 爛々と輝く目を細めて、カサンドラが楽しげに指を振る。すると、眼下の化け物たちが咆哮を上げて暴走を始めた。


 最初の一体が近くにいるハイアンの部下を力任せに蹴り飛ばした。技も糞もない単純な暴力。しかし圧倒的な速度と威力は、ハイアンの部下をして避けきれなかった。


 面白いくらいにくの字に折れ曲がり、吹き飛ぶ身体。壁にぶつかって倒れた彼は、そのまま起き上がってこなかった。


「さあ、戦争を始めましょう」


 眼下では化け物たちが、目の前ではそれを操る化け物が、俺たちに牙を剥く。






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