第106話 秘密の一端
王命によってアルマイル等を黙らせたニコラスが、無言でノルウィンが眠るベッドの横に立つ。
「―――」
五秒、十秒、そのまま静止するニコラスに対し、三人はそれぞれ疑問を抱いた。そして耐えきれないとばかりにアルマイルが口を開く。
「なにボーッと突っ立っとるん?ノル坊の呪い解くんやろ?」
「ええ。勿論でございます。今はそのために解析をしています」
「おいニコラス。解析が終わったら教えろ。術者を殺せば解除出来る類いなら、俺が行ってぶち殺して来るからよ」
「残念ながらそれは不可能かと」
「あ?」
「アレには如何なる危害も加えられないのです」
「は?アレ?おいテメエ、これをやった奴に心当たりがあんのか?」
「ええ」
「誰だ?居場所知ってんなら教えろ。俺が行って危害を加えられねえ奴なんていねえだろ」
極大の戦意を纏い、戦闘態勢に入るシュナイゼル。
ガルディアスが眉を潜め、アルマイルが咄嗟に構えてしまう程、それは血生臭い戦場の雰囲気であった。
だというのにニコラスは微塵も揺らぎなく在り続ける。
「大変申し訳ありませんが、これ以上は口外するなという命令でして」
「ふざけんなよ!?ここまで来て俺たちに言わねえ理由があるかよ!?」
「それがあるのです。下手に踏み込めば全てを失うでしょう。その覚悟が貴方におありですか?」
「あ?」
「シュナイゼル様の家、使用人、御息女、そして私の息子であるノルウィンすらも、場合によっては切り捨てる覚悟がありますか?」
「は?テメエ、なに話逸らして―――」
突然飛躍する会話を一蹴しかけたシュナイゼルだが、目の前の男が浮かべるどこまでも真剣な表情に息を飲んだ。
今のは本気なのだ。
これ以上ニコラスが抱える問題に踏み込めば、そうなるかもしれない未来が待ち受けている。
シュナイゼルの脳裏に幸せな日々の記憶が浮かぶ。
仕事が多く、あまり多くの時間を共有できていないが、それでも娘たちは自分以上に大事な存在であった。
「チッ。なら、踏み込まねえよ」
だから、踏み込めない。彼は咄嗟に留まってしまった。
「それが良いと思います。アルマイル殿は、如何されますか?」
「国王陛下もそれに一枚噛んどるんか?答えられんなら口塞いだままで構わへんよ」
「申し訳ありませんが、それは私の口からはお伝え出来かねます。ただ私といたしましては、アルマイル殿のような強者が味方について下さるのは大歓迎ですので。興味をお持ちでしたら、直接陛下に窺ってみるのがよろしいかと」
「なんやねん、それ」
シュナイゼルとアルマイル。
仮にも国の最上位に立つ者達ですら、全容どころか欠片すら知らない事態。
それが国王絡みで動いている事実に、思わず言葉を失ってしまう。
かつて大陸随一の智将と言われた男から垣間見える秘密は、底無しの深淵のような恐ろしさを感じさせた。
「一旦、立ち話はここまでといたしましょう。私は作業に移ります」
そう言って会話を切ったニコラスが、再びノルウィンの方へ身体を向ける。そして―――
突然、詠唱も魔方陣も、何の前兆もなく、魔術が発動された。
神秘的な輝きがニコラスの右手を包み込む。直視できないほど目映い光を纏ったそれでノルウィンの額に触れ、ニコラスは顔をしかめた。
「やっぱり君だったか。私と同じく、君も負けたんだね」
誰にも気取られぬ小声でそう呟いてから、ニコラスは抜き取った記憶を素手で握り潰した。
後に残ったのは、呪いにも等しい記憶を抜かれ、他に異常の見当たらないノルウィンのみ。
「これで問題は無いでしょう。王命の内容は達成しましたので、私はこれにて失礼します」
驚愕するシュナイゼルとアルマイルを置いて、ニコラスは来た時と同様、あっという間に姿を消してしまった。
「―――」
その背を目で追うのは、ニコラスがやって来てからほぼ口を閉ざしていたガルディアス。
彼は、一つ覚悟を決めた。
(俺には、何も守るものが無い。今背負っている大将軍という地位すら、数年もすればシュナイゼルが継ぐだろう。俺ならば―――)
奴隷上がり。本質的に持たざる者である彼は、それでも愛するアルカディア王国のために、ニコラスの秘密に踏み込むことを決めた。
本当に秘密にしなければならないなら、今みたいに事情の一端を明かす必要がないのだ。
秘密を匂わせた時点で、ここにいる三人の介入を望んだも同然。
国王陛下と、約十年前に智将と言われ将来を有望視された元英雄が、何やら手を組んでいる。
そしてそれに、未来の英雄になり得るノルウィンが絡んでいる。
アルカディアの将来を考えれば、ここで手を貸さないという選択肢は、ガルディアスにはなかった。
「二人とも。色々と気になる事はあるだろうが、この件は俺に背負わせろ」
―――アルカディア=クエストには、ストーリーの影に隠された世界の真実がある。
挑んだ者。屈した者。繋げようとした者。なにも出来なかった者。あるいは傍観者も。
歴史の裏側に葬られた物語の数々。
ノルウィンが異常な努力をしなかった本来のアルクエでは、それらは闇の中に葬られたままであったが―――
たった今、僅かではあるが、表に出てきた。
そして出てきたそれを、数年後にガルディアスがさらに掘り起こす。
今この瞬間、この世界は本来のアルクエを大きく外れて、独自に動き出したのだ。
無自覚にもそれを達成して見せたノルウィンは、まだ寝ているままであった。
⚪️
「何故こうなるんだろうね。息子の幸せを願うなら、繋ぐべきではなかったというのに」
廊下を歩くニコラスは、うわ言のように独り言をこぼす。
その表情は、日差しに照らされて隠れていた。
「いまさら、か。もう、一年以上前に、息子は切り捨てているのだから。全ては導きのままに」
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