第95話 熾烈な戦いの始まり

 この二人の戦いを遠くから見守るのは、あまりにも勿体ない。

 天才同士の一戦、学べる事は沢山あるだろうし、そうでなくとも出来るだけ近くで応援がしたいのだ。


 その思いで、俺たちは再び観客席の最前列を確保した。


 全試合中最大の声援が巻き起こる中、四強の第二試合に出場する二人はアリーナで向かい合っていた。


「ふ、くく。ふはは、ようやく、ようやくよなァ」


 雑魚に対する倦怠感でもなく、サラスヴァティに対する期待でもなく、確かなる強敵を前に戦意を剥き出しにしたリーゼロッテは、かつて無い強烈な雰囲気を纏っていた。


 ここまで届く圧力は、ルーシーに向けた戦意の余波に過ぎない。

 それなのに、絶対に勝てないと思わされてしまう。理性と本能が戦う前から音を上げてしまう。


「あの時より、ぜんぜん強いじゃないっ」


 隣に立つサラスヴァティも目を見開いていた。


 俺たちが、ただ気構えただけのリーゼロッテに、まとめて気圧されたのだ。


 それほど彼女と俺たちの間には隔絶した差がある。今のままでは勝てないと感じてしまう。


 だが、ルーシーは違う。


 世界に愛され、剣を愛した少女は、リーゼロッテに一歩も引くことなく平然としていた。


「お主は楽しみではないのか?」


「······なにが?」


「恵まれ過ぎると、本気で戦うことすらままならんだろう?同世代は妾と戦うことすら避け、大人は妾に本気を出さん。ゆえに妾はこの瞬間が堪らなく愛おしく感じるぞ」


「······なんで、サラスに、あんなことしたの?」


「ん?分からぬか?あやつは凡才だが、可能性を感じるであろう?ゆえに伸ばしてみたまでよ」


「·······そう」


「ノルウィンにサラスヴァティ。凡人が天才に勝る例は珍し―――」


「······もういい」


 リーゼロッテの言葉をぶったぎり、ルーシーが剣を構える。独特でどの流派にも被らない、天才だけの世界がその立ち姿から見えた。


 ルーシーがルーシーである理由。剣を持った彼女はこの世界で唯一無二なのだ。


「······私が勝ったら、サラスに謝って」


 リーゼロッテに負けるとも劣らない戦意を纏って、俺が知る最高の才能が輝きを放つ。


『試合、開始!』


 そして、死闘が幕を開けた。


 先手を取ったのはリーゼロッテであった。

 肩に担いだ戦斧を上段から叩き付けるように振り下ろす。

 技も工夫もない、力に任せた凶悪なる一撃。だからこそあれは強いのだ。類い稀なる膂力に恵まれたリーゼロッテがそうするだけで必殺と化すのだから。


「······ッ!」


 ルーシーは柔らかいタッチでその一撃に触れた。

 触れた剣は戦斧を受け流すまま、鋭くリーゼロッテ目掛けて振り抜かれている。

 攻守一体、天才の剣が閃く。


 普通ならこれだけで決まるのだが、


「ほう、妾の一撃を受けるか!」


 レイモンドばりの反応速度でルーシーの剣を見てから回避したリーゼロッテが、素早い引き手から再び戦斧を振り被ぶった。


 完璧なタイミングのカウンター。これもまた決着を想起させるほど鋭い一撃だが、ルーシー相手では不足が過ぎる。


 彼女はリーゼロッテの利き手に身を寄せることで、戦斧を持つ手の動きを阻害した。


 ほんの少し歩くだけで、あれだけの脅威を誇った戦斧を封じて見せたのだ。

 そして、間合いが詰まった状況では剣や素手が強くなるもの。


 ゼロ距離、ほぼ密着した状態から、ルーシーは片手でリーゼロッテを崩そうとして、


「······ッ!?」


 逆に揺らがされる。


 武器を用いた戦いに素手を織り交ぜれば、相手は虚を突かれて僅かな隙を晒すもの。

 その一瞬さえあればルーシーは引くも揺らすも投げるも自在なのだが、今のを見るにリーゼロッテは瞬時に掴みに対応してきたのだろう。


 同時に掴んで崩し合えば、揺らずのは力で劣る方。

 七歳のルーシーが膂力に恵まれた十歳に勝てる訳がない。


「今のは少々肝が冷えたぞ。掴み技は久しくやっておらんかったからのう」


「······」


「で、次は何をするのだ?まさかこれで終わりではあるまい」


 悠々と戦斧を構えたリーゼロッテが正面からルーシーを攻める。


「まだまだ、妾は上がるぞ!」


 超速度かつ超重量、戦斧が力のままに荒れ狂う。

 神に愛された彼女は、超常的な身体能力と抜群の戦闘センスを持っている。それを前面に押し出した一撃は、まさに暴力の化身と言えるだろう。


 それに対して、ルーシーは、


「······なら、私も、アゲる」


 武、そのもの。


 強烈に地面を踏み込んで超加速したルーシーが、リーゼロッテの戦斧を遥かに上回る勢いで攻め立てる。


 一手も休まず、神速の斬撃がリーゼロッテを襲う様には、レイモンドの姿が重なって見えた。


 実際にあれはレイモンドの技だ。

 特徴的な踏み込みは彼の神速には欠かせないもの。

 彼はそこから全身バネ仕掛けの身体を用いて超加速をしているため、それと比較すればルーシーの速度は一段遅いわけだが、それでも十分過ぎる。


 なにせ、あの速度域で天才の剣が舞っているのだから。


「く、ぬぅ!?」


 先程の劣勢が一転、徹底してリーゼロッテには何もさせない状況となる。

 戦斧を振ろうとすればその出鼻を剣で叩き落とし、あるいはあえて全力で振り抜かせたところを受け流して隙を生ませる。


 レイモンドはまだ速さに踊らされていた感じがあったが、ルーシーは超速度の中でもしっかりと技を成立させていた。


「すげえな」


 俺は思わずそう呟いていた。


 二人の攻防は、ただ速くて強いだけではない。


 立ち位置の取り合いや視線誘導、無数の駆け引きがあの速度域で行われているのだ。

 一体、彼女たちの一歩には、どれだけの情報が込められているのだろう。


 フェイントがメインの俺ですら、完全に理解が及ばない。


 そりゃ、まだまだ届かないわけだよ。


 一番得意なところで、既に負けてるんだから。


「·······ッ!!」


 全力全開。あまり見ない必死な顔で剣を振るうルーシーが、少しずつリーゼロッテを追い詰めていく。


 剣の天才が、身体能力による暴力を圧倒していた。いや、圧倒というのは少し語弊があるか。


 なにせ完璧なタイミングで見切り、技の出鼻を全力の剣で叩き落として、ようやくギリギリ戦斧を防ぐことが出来ているのだから。


 ほんの僅かでもタイミングがずれれば、戦斧は剣を弾いてたちまち巻き返すだろう。


 けれど、現時点で追い詰めているのは事実で、少しずつ、少しずつルーシーが優勢になっていく。


 防戦一方のリーゼロッテは反撃を試みる回数が徐々に減り続け―――


「はは、良い、心苦しき、これが苦戦であるか!」


 天才が天才足るゆえん。


 突然、リーゼロッテの存在感が徐々に膨れ上がり始めた。








――――――――――――――――

多分二人の戦いは三話構成。

天才はすーぐ上限突破するからいかんのよ

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