第96話 天才の限界

 ルーシーは、レイモンドが用いる踏み込みを自らの技術に落とし込み、圧倒的な速度で剣を叩き込んでいく。


 剣の天才。武の申し子。その真骨頂が今である。


 戦斧を振り被る一撃を、威力が乗る前に逆方向へと打ち落とす。

 速さでリーゼロッテを振り回して隙を生じさせ、そこを苛烈に攻め立てる。

 極限の集中力。最近では俺たち相手にすら見せられない圧倒的な技術と身体能力で、ルーシーはリーゼロッテを追い込んでいた。


 これまでを思い返せば、不利な体勢からでも戦斧が巻き返しそうなものだが、そうはならない。


 ルーシーは誰よりも優れた剣才を持つ少女だが、そもそも力も理不尽なほどに備えているのだ。そんな彼女が徹底的に、一手すら譲らずに先んじ続ける攻防は、あまりにも一方的すぎた。


 このまま終わるのでは。そう思わせられるほどの強さである。


 しかし、ほんの少しずつ、戦斧が自由を取り戻していく。


「ふは、もっと先を見せよ。そうでなければ、じきに追い越してしまうぞ!」


 リーゼロッテの叫びは決して強がりではなかった。


 未だに身体は追い付かない。しかし天才の目は既にルーシーの速度域と技術を捉えていたのだ。

 後は速さに慣れてさえしまえば―――


 高速の世界で暴力が舞う。

 明らかに先程よりも速い動き。

 ルーシーに押され、成長を迫られたリーゼロッテが、自らの肉体の性能を引き出して暴れまわる。


 ただ強くて速いだけではない。

 速度が跳ね上がった分、威力の上がり方は桁違いとなっていた。


 防御に回ったルーシーが、とうとう受けごと吹き飛ばされた。


「······強い」


「戦いはやはりこうでなくてはな。心身共に削り合い、血みどろの世界を越えねば、望む先など見えるはずもあるまいて」


「······なに、それ」


「次は妾の番である。お主も、追い詰めれば華開くのであろう!?」


 さらに一段、リーゼロッテが加速する。力と速度は高次元にて並び立つ。強く地を蹴ればそれが推進力となり、凡人を置き去りにする速度を出すことが出来るのだ。


 そうして振るわれた戦斧は、最早子供の域を越えた破壊力を有していた。


 七歳と十歳、その差も当然あるだろう。

 しかしそれ以上に、リーゼロッテの身体が唯一無二過ぎる。

 強く、速い、そして女にしてはでかい。十歳ながら戦士に必要な素養を全て持ち合わせているのだ。

 そして俺は、彼女が将来とんでもない化け物になることを知っている。


 今度はルーシーが押され始めた。

 速度で劣り、力で劣り、技の精度ではルーシーが勝るものの、身体の大きさと身体能力の差ゆえに、リーゼロッテの方が実践できる技を多く持つ。


 その差が、今。


「どうした!?これで終いか!?」


「······こんのっ!」


 天才に呼応して、ルーシーの剣も確実に鋭さを増している。


 ベクトルは違えど似たようなレベルの才能を持つルーシーも、加速度的に実力を伸ばしている。


 だが、ルーシーが上がればその分、


「よい、よい、実に良いぞ!もっと先を見せてみよ!」


 暴力の化身が跳ね上がる。


 恐らくだが―――七歳と十歳。

 身体の成長分だけ彼女たちが持つ成長の幅が違ったのだ。


 決して才能や努力が劣っている訳ではない。


 時間が、ただそれだけが、ルーシーを敗北へと誘っていく。


 俺は手の震えを止めるように手すりを強く握りしめ、あらんかぎりの叫び声をあげた。


「勝てよ!いけ!負けんな!!」


「そうよ!負けんじゃないわよ!!」


 サラスヴァティも共に声援を送る。


 しかしらそれでもなお、リーゼロッテの優勢は覆らなかった。


⚪️


「オイ、ヴァルキュリアの姫様は底無しかよ」


「なんというっ。あの年齢で戦場の雰囲気を纏うか」


 シュナイゼルとガルディアスは、驚愕を押さえきれずにいた。


 七歳と十歳。

 普通なら楽しく遊び回る年齢の少女たちが、並の騎士を上回る激戦を繰り広げているのだ。


 まだ伸びる。まだまだ上がる。


 天才同士が呼応し合って、際限のない成長を見せている。


 だが、ノルウィンの推測と同様の結論に至った彼らもまた、ルーシーの敗北を確信する。


「あと二年、いや一年あればっ!」


「それもまた実力だろう。戦場では言い訳は出来んのだ」


 日頃の鍛練を見ているからこそ、シュナイゼルはルーシーにあれ以上の引き出しがないことを知っている。


 引き出せる分は全て出した。出した上で、成長の差分リーゼロッテに劣ったのだ。


 だからこれで終わり。


 それでも、自慢の娘が負ける姿を信じられなくて、シュナイゼルは吼える。


「負けんじゃねーぞ!!」

 





――――――――――――

次でラストです。

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