第48話 とんでもない話?

 クレセンシアが死ぬ。

 ヘラヘラと笑うアルマイルの真意は計り知れないが、この魔術師団長はいざという時に遊びを含ませるタイプではない。

 なら、本当に何かがあるのだ。


「それが本当なら出来る限りの協力はします」


「話が早くて助かるわぁ。ま、今すぐにどうこうって訳やないねんけど」


「一ヶ月後の武術大会ですか?」


「多分な。その前後で敵は動くんやと思う。ちゅーか、他に王族をどうこうできる機会なんてないねんけど」


 それは違う。

 下らない権力争いによる弊害、身分だけの弱者で周囲を固められたクレセンシアは、遠くない未来でウルゴール邪教団の手に落ちるのだ。


 まあそうなるのはストーリー開始後だから、最低でも今から九年以上後。

 おまけに敵さんは既にカサンドラを失っているから、そこまで大胆な策に出られるかという疑問はあるが。


 おっと、思考が逸れた。

 今は一月後に起こるであろう事件についてだ。


「敵の規模やどのような攻撃を仕掛けてくるか、既に予測は立っているのでしょうか」


「いんや。まだやな。ちゅうか敵が多すぎてどれが何してくるかなんて分からんよ」


「敵が、多い?」


「せや。ここだけの話やけど、クレスたんって色んなとこから狙われてんねん。新しいのだと最近の仮面の奴らやろ?他には―――」


 そうしてアルマイルが例に挙げた名称は、いずれもアルクエで聞くものであった。

 類い稀なる魔術の才能、派閥争い、それから王族という身分。クレセンシアには狙われる理由が多すぎるのだ。


「ちゅうわけで、ワイらには一人でも多くの味方が必要なんよ」


「事情は理解しました。それで、俺は何をすれば良いんですか」


「簡単よ。王族が民衆の前に出るんが、武術大会の表彰式やろ?そん時に王族の前におればええねん」


「ええと、つまり?」


「ま、武術大会で入選するくらいには結果残せっちゅうことやな」


 なるほど。選手の中にも一人味方が欲しいというわけか。


 それは分かるが、しかし。


「······」


 日本基準でも、この世界基準でも、俺は子供は愚か大人ですらしない程濃密な訓練を毎日行ってきている。

 ハッキリいって、優勝はルーシーがいる限り不可能に近いが、入選なら高確率で達成できるだろう。


 ただ、問題がある。

 トーナメントの途中でルーシーのような強者と当たった場合、俺の勝ち目がほとんどないのだ。


「幼少の部って何歳から何歳まででしたっけ?」


「五歳から十歳までやな」


「魔術の使用は一部認められていますよね?」


「せやで。第一階梯までなら何でもありや。おまけに受けてくれるんなら、不自然にならん程度に対戦相手は優しくしてやれるで」


 わあお堂々と不正します宣言。まあ正義だなんだより、王族の命の方が優先だよな。

 うん。理不尽な相手との戦いを避けられるなら、俺としても悪いことではない。

 それで好成績を残せて俺の名が知れるのもプラスだしな。


「それならほぼ確実に入選まではねじ込めると思います。協力させて下さい」


「ほんまか?いやぁ、まじ助かるわぁ!」


 狐顔をくしゃりと歪めて笑うアルマイル。契約の成立を確信した俺は、そこで僅かに気を抜いた。

 その緩みを突くように、アルマイルの声が鼓膜を叩く。


「なぁノルウィン。何で自分はこの作戦に協力することにしたんや?最悪巻き込まれて死ぬことくらい理解しとるやろ?」


 ただでさえ細い目をより細めたアルマイル。鋭利に研がれた視線が俺に突き刺さる。


 ああ、そうか。アルマイルは俺を疑ってるのか。ま、突然現れた超優秀な六歳児とか、怪しすぎワロたって感じよな。

 アルマイルなら、魔術で外見を弄れることくらい知っているだろうし。

 俺のことを、外見を幼く改造した外国の間者かもしれないと疑っていてもおかしくはない。


 これは、下手な嘘はバレるだろうなぁ。


 だからこそ、俺にとっては最高の質問な訳だけど。

 俺は胸を張って嘘偽りのない言葉を述べた。


「クレセンシア様の事が好きだからです」


「いやいや、そんなベタな言い訳を聞きたい訳やないねん」


「嘘でも言い訳でもないです」


「うわ、この目ガチやん。······自分、身分差理解しとるんか?その気持ちは報われるもんとちゃうで?」


 は、舐めるなよアルマイル。こちとら千回以上彼女の死を見てきたんだぞ!?

 もう、あの娘が救われさえすれば俺は幸せなんだ。他には何もいらないんだよ。

 ただ、ずっと笑って、元気でいて欲しい。

 それに俺は、推しが幸せなら隣にいるのは誰でも良いってタイプの人間だ。


 だからクレセンシアのためなら何だって出来る。

 その気持ちは、さっき実物を見てより一層深まった。今の俺はクレセンシアへの愛で出来ていると言っても過言ではない!!


 数秒、アルマイルと無言で視線を交錯させる。

 先に目を逸らしたのは向こうだった。


「いや、ガチやわ。これほんまにイカれとるやつやわ」


 呆れと納得を含んだ溜め息。アルマイルの俺に向ける視線が、なぜか残念な者を見るものに変わっていた。


「俺は本気ですよ」


「はぁ、疑ってすまんかったわ······て、謝る必要もあらへんわな。だって自分、今日初めてクレスたんに会ったんよな?なんでそんな好きになるん?馬鹿なんか?」


「だって可愛いじゃないですか」


「あ、あかんやつやこれ」


「なにがいけないんですか。そもそもアルマイル様、クレセンシア王女殿下をよく見たことがありますか?あの方は凄いんです!金糸のように美しい髪の毛は傷一つなく艶々なんですよ!さっき見ましたが、本人の動きに合わせてファサッてなびくんです!しかも匂いも凄くて!さっき嗅いだのですが、柑橘系?日向夏のような香りがするんです。髪の毛の色といい、まるで太陽のようなお方ですよね。あと愛嬌のある顔立ちも―――」


「さっきの呼び方よりよっぽどこっちの方が不敬罪やんけ」


「ちょ、聞いてます!?」


「聞くかボケ!それより大事な話があんねん!」


「無いですけど!?」


「あーもう、面倒臭いわ!自分を神童だの悪魔だの噂してる貴族どもに、今の醜態見せてやりたいわ!」


 それこそ知るか、だ。

 まだまだ語り足りないクレセンシアの魅力。それを存分に伝えようと再び口を開く。しかしそれを強引に塞がれて、俺はモゴモゴと反論をした。


「うるさいねん。言ったやろ、それよか大事な話があるって」


「んー!んー!(そんなのないです!)」


「あんねん!あー、もう!《黙って聞けや!》」


 その叫びに魔術的な効果を込めたのだろう。アルマイルの叫びとほぼ同時、俺は声をあげられなくなる。


 それから、やっと静かにやりおったわ、とまた溜め息を吐きつつ。

 アルマイルは、ここに来て衝撃的な言葉を口にした。


「ええか?ワイ、シュナイゼルから自分に魔術教えてくれって頼まれとんねん」


 確かにそれは重要な話だったわ。



―――――――――――

ちょっとアルマイルとの話が長引いてすみません。次回からこの章も動き始めます。

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