第59話 第一試合開始!

『予選大会第一試合を三十分後に開始致します。出場する選手は控え室までお越し下さい』


 魔道具による場内アナウンスを聞いた俺は立ち上がる。


「それじゃ行ってきます」


「·····ふぁいおー」


「······」


 気の抜けた声援をくれるルーシーと、何故か俯いたままのサラスヴァティ。さっきまでの元気はどこへ行ったのか、顔を上げたサラスヴァティは不安そうな表情をしていた。


「ねえ、負けちゃ駄目よ」


「当たり前じゃないですか。勝つつもりでやりますよ」


「そうじゃないのよ。そうじゃなくて」


 そうじゃないならどういうことだろうか。

 少し考えてみて、サラスヴァティの心境が理解できた。


 一年前、ルーシーと比較して自分が凡人だからと諦めていたサラスヴァティは、努力する俺の背を追い掛ける形で再び剣に熱中した。


 ゆえに、俺の敗北は彼女の敗北に等しい。

 ここで負けて全てが無駄であったと突き付けられるのが怖いのだ。


 さっきまでの空元気も、もしかしたらそれを隠すためのものだったのかもしれない。


「安心して下さい。俺は絶対に予選を勝ちますし、サラスヴァティ様も絶対に勝ちます」


「そんなの分かってるわ。でも······」


 普段は強気なのに、本番に弱いタイプなんだよなぁ。アルクエ本編でもそうだし、こちらの世界で実際に関わってみてもその性質は顕著に表れていた。


 でも俺はそれを素晴らしいと思う。

 真剣に打ち込んできたからこそ、負けた時を想像して不安になるのだ。

 ニートだった俺は、最後まで何にも全力になれなかった。ああいや、アルクエにだけは本気になれたか。クレセンシアが死ぬのを見るたびに俺も死にたくなったよなぁ。


 話が逸れた。

 とにかく、サラスヴァティはそんだけの経験を積んできたのだ。人より死ぬ程努力をしてきたのだ。それを誰よりも間近で俺が見てきた。


 だからサラスヴァティが弱いなんて誰にも言わせない。


「サラスヴァティ様。俺達が強いってことを勝って証明してきます。安心して下さいよ。サラスヴァティ様が頑張ってきたことは、俺が一番よく知ってるんですから」


「······うん」


 本当に不安そうな顔だなぁ。普段からこんだけしおらしいと可愛いんだけど。いや、それはサラスヴァティには似合わないか。 


「それじゃ、本当に行ってきますね」


 最後にそう言ってから、俺は今度こそ控え室に向かった。


⚪️


 辿り着いた控え室には、既に他の選手たちが揃っていた。

 ざっと見渡して、俺と同じ年頃の幼い子供達が四人、他は明らかに俺より年上であろう体つきの子供が十人。どうやら俺は歳上だらけのブロックに割り振られてしまったらしい。


 リーチや一撃の重さ、さらには歩幅の違いによる速度差まで、戦いは体格に優れた者がとことん有利である。


 十五人による乱戦で俺より大きな相手が十人はかなり厄介だ。

 あまり近付かせず、魔術による攻撃をメインにした方がいいかもしれない。


 ふうむ。俺には見ただけで相手の強さが分かる第六感のような感性はないが······ただ一人、部屋の隅っこに座る大柄な少年だけはほんの少しだけ肌がひりつくような感覚がした。


 もしかしたら強いのかもしれないけど、まあこれ以上は考えても仕方ないか。


 俺は、こちらを探るような視線がいくつも突き刺さるのを感じながらも、黙って時間を待つことにした。


 それから少ししてやって来た係員が俺達の点呼や最終確認を行った頃、時刻は第一試合開始十分前になっていた。


「時間になりましたので、これより出場選手用の通路からアリーナへ向かいます。選手の皆様は点呼の順番通りの並びで私のあとに続いて下さい」


 ようやくか。


 係員が指示を出し、通路へと続く扉を開いた。


 そこから先は、等間隔に照明の魔道具が設置された薄暗い通路が伸びていた。足を踏み入れてみれば僅かに肌寒く、試合前の緊張感が高まっていくのを感じる。


 それにしても通路が随分と長いな。もう数十秒は歩いたはずだが。

 暇なので、なんとなく対戦相手を見渡してみる。


 これから俺はこの子たちと戦うのだ。

 どんな子たちなんだろう。貴族だろうか。平民だろうか。最後尾を歩く汚い身なりの子は、多分一発逆転を狙う奴隷なんだろうな。

 俺は、この子達が輝くかもしれない可能性を踏みにじって、先へ行かなければならない。

 負けない。絶対に負けられない。


 まだ通路は続く。しかし先の方に光が満ちているのが見えた。あそこが外だ。あそこまで行けば、いよいよ俺達はアリーナに入場するのだ!


 周囲の子供たちがハッと息を飲むのが聞こえた。


 一歩、また一歩と光へ近付いていく。やがて光を跨いで通路を抜けると―――


 轟音、轟音、轟音。


 頭がかち割れそうなそれは全て、観客席から降り注ぐ声援であった。

 闘技場の全員が、登場した俺達に注目を向けている。応援をしている。


 この熱狂の渦の中心に俺達がいるのだ!


『皆様、長らくお待たせいたしました!これより武術大会予選、第一試合が始まります!まずは選手入場ですが、今年は第一試合から注目の選手が目白押しとなっております!』


 拡声器型の魔道具を通した声すら、声援にかき消されて途切れ途切れにしか聞こえない。


『選手番号一番!

今年こそマルシエド家に優勝の盾を飾ることが出来るか!

エドガン=フォン=マルシエド選手!十歳です!

武術大会では最早お馴染み、三年連続幼少の部準優勝のエドガン選手ですが、今年は一味違います!

昨年の敗北から成長を果たし、なんと所属する軍学校では実技試験で二位、総合試験では脅威の一位という成績を叩き出しました!

その勢いに乗って優勝まで駆け上がれるか!』


 ォォオオオオオオオオオオ!!


 歓声がさらに膨れ上がる。どうやら先頭を歩くエドガンという子は、今大会でも注目の選手らしい。アルクエ本編では聞いたこともないから、世界に選ばれたような人材ではないのだろうけど。


『続けて選手番号二番!

血湧き肉躍る戦場こそ我が故郷!

スレイン選手!九歳です!

スレイン選手は傭兵を生業とする父に育てられ、物心ついた時には既に剣を握っていたとか!

実戦で磨かれた経験は騎士流の剣術にも勝るのでしょうか!

もしかしたら彼が今大会のダークホースとなるかもしれません!』


 ォォオオオオオオオオオオ!!


 またもや歓声が爆発する。もう紹介されている選手は誰でもいいのかもしれない。ただその場の空気で盛り上がっているのだろう。


 その後も選手の紹介が何回か行われ、いよいよ俺の番がやって来た。


『さあ続きまして、選手番号十番!

彼が未来の英雄なのか!?

ノルウィン=フォン=エンデンバーグ選手!六歳です!

最早語る必要も無い程話題を呼ぶ超天才児!

かの英雄暴剣のシュナイゼルが唯一弟子に採った少年は、先の裏社会の動乱を収めた者の一人とされています!

その実力は六歳ながら既に並みの成人男性を凌ぐ程!

今大会の圧倒的優勝候補が、初戦から嵐を巻き起こす!

これは余談ですが、司会の私は彼の本選出場に給料3ヶ月分をぶっ込みましたァ!』


 ォォオオオオオオオオオオ!!


 いやいやそんな情報知らんがな!しっかりアルマイルの養分になってるじゃねえかあんた!(武術大会の賭けの胴元をアルマイルがやっている)


 でも、はは。俺が未来の英雄か。なんと言うか、物凄く感慨深いな。


 初めてこの世界に来たときは、右も左も分からずに狼狽えていた。ミーシャを仲間にするのだって大変だった。


 それが今じゃ、四万人の前で未来の英雄とまで言われている。


 勝つぞ。絶対に勝つぞ!


 俺は、サラスヴァティたちがいる貴賓席の方を見た。遥か遠く、彼らの姿はほぼ視認できないけれど、それでも通じ合うものがあるはずだ。


 それから残りの選手紹介も行われると、俺達はとうとうアリーナに足を踏み入れた。


『それでは試合のルール確認をさせていただきます―――』


 アナウンスで試合のルール説明が行われる。またしても長々とした言葉で話されるが、要約すると次の通りだ。


 ・この試合は本選出場者三名を決めるためのものである。


 ・試合を行うアリーナは特殊な結界で覆われており、この範囲内では第一階梯相当の魔力量を越える魔術の使用が出来ず、また重傷を負った者には自動的に回復魔術が掛けられる仕組みになっている。


 ・戦意喪失、アリーナから身体が出る、結界の回復魔術が掛けられる。その他審判が戦闘を継続できないと判断した選手は戦闘不能となる。


 ・武器は支給された木製の物を用い、万が一それ以外を武器とした場合は例外を除いて反則負けとなる。


 ・魔術で武器を生成する場合、事前に申請が通っている物であれば問題なし。事前申請がない、あるいは却下された危険物を生成した場合は、待機している係員(シュナイゼル)が即座に対応をする(マジキチスマイル)


 ざっとこんな感じだ。


 説明を受けながら支給された槍を握ってみるが、選手の要望に応じて運営が用意した物なだけあってよく手に馴染む。


 これなら普段使っている物と大差ないだろう。


『以上がルールになります!それでは選手の皆様は等間隔に散らばって下さい!五つのカウントを行った後、試合を開始いたします!』


『五!』


 アリーナに散らばった俺達は、逃げるか、攻めるか、どう移動するかを考えながら周囲を見渡す。


『四!』


 選手たちの視線がかなり俺に集まっている。やはり強豪は早めに潰しておきたいのだろう。


『三!』


 選手たちの身体に力が入る。


『二!』


 戦意、あるいは殺気のような感覚が俺に集中する。はは、マジかよ。


『一!』


 踏み込み、アリーナの石畳が擦れる音が響き渡る。

 この感じだと合図と同時に駆け出すのは五人。その内俺に向かおうとしているのは四人か。重心がこちらに傾いているから分かりやすいな。


『始め!』


⚪️


 合図と同時に、近くの四人が俺に殺到してきた。全体を見ればさらに五人。

 総勢九人からなるノルウィン包囲網が完成していた。最悪な冗談だ。


「でやぁぁあ!!」


 最初に俺に到達した子供が木剣を振り被る。

 いい剣筋だ。真っ直ぐで、迷い無く、きっと毎日努力しているのだろう。


 でもそれだけ。


 俺は、これまで戦ってきた相手を思い出す。


 吸血鬼から始まり、サラスヴァティ、ルーシー、稽古ではシュナイゼル、白仮面、肉人形、そしてカサンドラ。


 これまでの積み重ねは、こんなやつに負けるほど小さかったか?


 否。答えは、断じて否だ。


 だから、お前たちは俺の踏み台になって貰う。


「―――ふぅ」


 迫る剣に槍の穂先で優しく触れ、そのまま外側に受け流す。

 そうして敵に隙ができた瞬間、俺は指の運動だけで巧みに槍を回転させて構え直し、そのまま突きを放った。


「うぐっ」


 鳩尾を的確に貫く一閃は相手に立てない程の衝撃を与える。そいつは開始僅か数秒で戦闘不能に陥った。


「隙あり!」


「隙なんてねぇよ」


 背後から迫る敵が放つ一撃をサイドステップで回避。かわされた相手は驚愕の表情で俺を見るが、すぐに切り替えて殴りかかってきた。


「この距離なら槍は使えないだろ!」


 その通り。密着して殴られたら槍は使えない。だからあえて自ら後ろに倒れる。


「は?」


 目の前で敵が拳を空振りさせる最中、俺は槍で背後の地面を叩いてその衝撃で身を起こす。

 そして攻撃の後隙を晒す敵を片手で突き飛ばしてスペースを作り、そこに槍を突き込んだ。


 また一人脱落。


「う、うわぁぁあ!!」


 さらに一人。今の攻防から一瞬遅れて攻め掛かって来た幼い子供は、俺と大差ない身体の大きさで、技術も経験も全然積んでいないようだった。

 

 これは、ちょっと可哀想だなぁ。


 破れかぶれの攻撃をかわしてすれ違いざまに足を引っ掻ける。「ぶべっ」と鼻から地面に突っ込み泣き叫ぶ彼は、戦意が残っているようには見えなかった。


 これで三人。

 

 四人目は―――流石に来ないか。


 あれほど威勢よく突っ込んできた敵だが、十秒足らずで三人を無力化した俺相手に攻め気を無くしてしまったらしい。


 うーんと、これは、その。


 予想の百倍弱くないか?




―――――――――――――――

主人公が無双するまで17万文字くらいかかる小説があるらしいですよ

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