第60話 独壇場
それはもう、誰が見てもはっきりと分かる異質さであった。
まだ六歳。それも年の割に大柄な訳でもない子供が、槍一つで年上を含む多人数をまとめて翻弄しているのだ。
最低限の動きで敵の攻撃を回避し、最短の動きゆえに敵より早く体勢を立て直して槍を振るう。
素人目には単純作業に映る動きだが、強者であればあるほどノルウィンが涼しい顔で行う戦法の難しさを理解できる。
そもそも敵の攻撃を紙一重で避ける事自体が困難を極めるのだ。普通なら痛みに恐怖し過剰な回避行動を取るはず。いかに優れた戦士であってもそれはごく当たり前なことだ。
しかしノルウィンは本能を理性で押さえ付け、常人が恐怖を感じる領域で戦っていた。
そして、その精神力を持っており、なおかつこの大舞台で敵の攻撃を紙一重で回避できる技量があることが、最早奇跡にも等しい。
「シュナイゼル。あれはどこの陣営にもくれてやるな。方法は何でも構わん。今すぐにでもあれを縛り付けるしがらみを作っておけ」
有事の際に選手を無力化するため、アリーナの脇に控える二人の片方、ガルディアスが目を剥いて口走る。
数十年に渡って世界の戦場を駆けてきた彼ですら、六歳でこの完成度を誇る戦士は見たことがなかった。
いや、そもそも六歳で戦士と呼べるだけの人材がいない。
「それなら必要ないですね」
「なに?」
「しがらみっていうか、あいつの包囲網はもう出来てますよ。逃げても追い掛けて離さないくらいえげつないやつが」
控える二人のもう一方、シュナイゼルは自分の娘たちを思い出しながら苦笑いを浮かべる。
既に拗れ始めていた二人を上手くまとめたのはノルウィンだ。
今だって愛娘が安定しているのは、中心にノルウィンという潤滑油があるからに他ならない。
ルーシーは好敵手として、サラスヴァティはペアとして、目標として。それぞれノルウィンを必要としている。
サラスヴァティに至っては依存している節すらある。
「それなら構わん。お前も分かっているだろうが、あれは替えが利かんぞ」
「分かってますよ。ただの天才なら腐るほど見てきた。秀才だって飽きる程見てきた。でも才能が無い子供が天才をぶち抜いて強くなるのは、あいつ以外見たことがない」
そんな風にシュナイゼルとガルディアスが見守る先で、戦闘はさらに加速しようとしていた。
「でぁぁぁあ―――がっ!?」
ノルウィンに攻め掛かろうとした子供が、横から豪快に殴り飛ばされて気絶した。
「お前達じゃ何人集まっても勝てねえだろ」
雑魚を殴り飛ばし、目を輝かせてノルウィンに向かうのはスレイン。傭兵団で生まれ育った生粋の戦士が剣を構える。
「一対一ですか?」
「そうだが、俺じゃ不服かよ?」
「いえ、むしろありがたいです」
「そうかい」
向かい合う両者。
スレインは片手剣と丸盾を持って腰を低く構えた。身体の大半を盾の後ろに隠し、油断なくノルウィンを見据えている。
まだ九歳ながら、その立ち姿には戦士としての凄味が宿りつつあった。
才に恵まれ、またそれを育む環境にも恵まれたのだろう。ガルディアスたちは感心した様子でスレインを観察する。
彼がノルウィンを測る材料となるか、あるいは―――
勝負は一瞬で決まった。
先に動いたのはノルウィンであった。
無造作に接近してスレインを槍の間合いに入れる。そして入れた瞬間、同時に四つのフェイントを仕掛けた。
目線、歩法、槍捌き、そしてリーチ。なんと牽制で放った突きの最中、ノルウィンは槍を一瞬手放し再び掴むことで取手を長く持ち替え、瞬間的にリーチを伸ばしたのだ。
「なっ!?」
見守るガルディアス達ですら声をあげる程の技量。子供ではそれを捌くことが出来なかった。
スレインは慌てて盾を斜めに差し込んで槍を受け流そうとする。しかしリーチのずれは受けのタイミングまでずらしていた。
たった一撃、無防備な身体に強烈な槍を受け、スレインもまた戦闘不能に陥る。
そしてそこからはノルウィンによる独壇場であった。
万が一の可能性を考慮して少しでも強い選手から優先的に潰し、自身を除く本選出場者二名を弱者に仕立て上げたのだ。
真剣勝負の中でそれが出来るのは、確かな実力がある証拠である。
『そこまで!試合終了です!』
三名がアリーナに残りながらも、圧倒的な存在感を放つのはノルウィンただ一人。
昨年準優勝者のエドガン、傭兵団で育ったスレイン。その他多くの選手が相手になっても、ノルウィンという新星の実力を暴くことすら出来なかった。
ようやく世界は正しく彼の名を知る。
未来を、ストーリーをねじ曲げる可能性を持った、イレギュラーの名を。
――――――――――――――
でもルーシーの方が圧倒的に強いという絶望感。あいつはチートです。
あ、新作の方は今週末にでもあげ始めようかなって思ってます。こっちも努力キチゲェな主人公な予定です。
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