第164話 繋ぐ意志、遂げる成長

 アウシュタット要塞都市で待機を続けていたシュナイゼルは、伝令の報告でオブライエンの討ち死にを知った。


「クソ!全部隊に退却を命じろ!ここからは籠城戦だ!大将軍閣下の到着まで俺が時間を繋いでやる!」


 これまで彼が出撃できなかったのは、『シュナイゼル』という最強の駒を所在不明にしておくためだった。


 敵にとっての彼は、戦場で会えば絶対に殺される最強の戦士だ。

 ゆえに優秀な人材を生かすなら常にシュナイゼルを警戒する必要があり、必然的に部隊の動きは大きく制限される。


 出撃すれば一人を殺せる。

 動かなければ敵全体の足を止められる。

 選ぶなら後者しかないだろう。


 しかしオブライエンが死んだとなれば事情は変わる。


 今のアウシュタットには、オブライエンかシュナイゼル抜しかアイザックと渡り合える人材がいないのだ。


 だからここからはシュナイゼルが叫んだ通り、援軍を待つ時間稼ぎしか勝ち目はない。


「ああ、もうおしまいだ」


 誰かが諦めを口にした。


 敗戦濃厚の気配、オブライエンという偉大な主を失った者たちの喪失感。

 そうして生まれる『勝てない』という空気が徐々に場を満たす。


 弱さは容易く人から人へと伝染する。

 一人が堕ちればそこから全員が―――


「まだ終わりではないぞ」


 優しく、されど力強い声が、絶望を吹き飛ばす。振り向けば最強の男がそこにいた。


「が、ガルディアス大将軍だ」


 諦めたはずの男が目に涙を浮かべて打ち震える。


 それは恐れではない。

 ガルディアスという男が放つ大将軍としての存在感が、折れた心を繋ぎ、支え、そして強く熱したのだ。


 ただそこにいるだけで諦めた味方すら鼓舞し引き上げる。

 彼が積み上げてきた勝利の数々が皆に希望を抱かせる。


 これこそが大将軍である。


 ―――アルカディア王国の剣、此処に在り。


 要塞都市に現れたガルディアスは、その熱気が冷めやらぬ内にオブライエンが描いた戦術を全員に共有していく。


 身振り手振り、なるべく心打たれる語彙を選び、オブライエンという男の覚悟と悲願を植え付ける。


 それを聞くのは、オブライエンの忠臣として生き、されど作戦遂行のために最後の策を伝えられずに残された者たち。


 あるいはオブライエンとはなんの関係もなく、ただ今回の戦争のために集められた者たち。


 立場に関係なく、ガルディアスの話を理解した全員が爆発的に戦意を高める。


 中でもシュナイゼルは―――


「そんな事、考えてたのかよッ」


「シュナイゼル、お前はどうする?」


 短くも鋭いガルディアスの問い。

 大将軍として彼はシュナイゼルを射貫くように見つめる。


「俺、は」


 次代の大将軍を確約された男は即座に答えを出すことが出来なかった。


 己が地位、力、そして背負っているモノ。すなわちアルカディア王国。

 それら全てと最愛の娘たちを天秤に掛け、最後の一線で揺らぐ。


 大将軍であればどちらも選ぶことは出来ない。


 幸福は、満たされることは、甘えだ。弱さだ。


 人間に与えられた時間は等しく二十四時間。その中で心身を甘えに向けた分だけ、完璧な大将軍から遠退くことになる。


 守る者を得て強くなるなど幻想に過ぎない。

 この戦士の時代において、愛は時に弱点となるのだから。

 それを抱えて国を背負うことは出来ない。


 だから揺らぐ。


 そんなシュナイゼルの葛藤を見て、ガルディアスはなおも言葉を重ねた。


「俺が思うに、大将軍に求められる役割は二つだ」


「二つ、ですか」


「そうだ。一つは国の剣であり、盾であること。まあ言うまでもなく国を守れということだな。これは当然だろう。ではもう一つはなんだと思う?」


「それは······」


 覚悟や気持ち。シュナイゼルの脳裏にありふれた語句が幾つも浮かぶが、それらは流石に無いだろうと切り捨てていく。


 それからどれだけ考えてもしっくり来る答えが出てこない。

 しばらく考えたシュナイゼルは申し訳なさそうに首を振った。


「分かりません」


「次に繋ぐことだ」


「次に、繋ぐ。ですか」


「そう。大将軍としての在り方、国を支えるということの真髄、戦術、個人の武。脈々と受け継がれてきた大将軍としての全てを余すこと無く次へ繋げる。それが我々の役目だ。で、オブライエンはどうだ?」


「はい?」


 突然出てきた名前にシュナイゼルは虚を突かれ―――


「俺がいなければ間違いなく大将軍になっていたであろう男は、その役目を二つとも果たしたぞ。フィエーロを討ち、絶望的な戦力差を覆し、そして逝った。それをお前はどう感じる」


 続く言葉を聞いて、ガルディアスの真意を悟る。


「勿論賛否はあるでしょう。でも俺は、それを閣下の口から聞いた時、偉大な最期だと思いました。この意志を無駄にはしない、俺がアイザックを討って―――」


「そうしてオブライエンは繋いだのだ。本当なら死なない戦いも出来ただろうに、繋ぐために死を選んだ」


「死なずに済んだって、それは······」


「奴は頭だけで私と大将軍の座を争った鬼才だ。戦術を選ばなければアイザック相手に生き延び、私の増援を待つことも出来ただろう。次の大将軍が繋ぐに値しない者であれば、実際にそうしたであろうな」


「じゃあ、俺は値すると、そう思われていたと?」


「ああ。多くのしこりを持つ自分が残るより、少しでも繋げようとしたのだ。お前か、お前のさらに先か、あるいはその二人共を見て判断したのか。あいつがどこまで評価していたかは知らんがな。お前は託されたのだ。その上でもう一度問うぞ。さあ、お前はどうする?」


 先に逝った者、残された者、それらを繋ぐ意志。


 最期に大将軍に等しい領域まで登り詰めた男は、今を生きる者達の選択に微笑むのか。あるいは―――



 それから数分後、異様なほどに静かな一団が要塞都市から出撃していた。


 先頭を行くのはオブライエンの忠臣であった者達。


 彼らは悲劇の主が最後に残した思いを汲み、忠義の炎を心に宿す。

 それを外に出さないのは、敵本陣に向かう動きをアイザック等に悟られないようにするため。


 ゆえに一団の中頃に潜伏するシュナイゼルも、抱いた覚悟を秘めて静かに時を待っていた。


 静かに、されど迅速に、戦場を大きく迂回して敵の本陣を目指す。


 普通ならいくら隠密行動を取っていても気づかれるものだが、オブライエンが戦場を掻き乱した今回は姿を捉えられることなく先へ進むことが出来た。


 それすらオブライエンの目論み通りな気がして、一団を構成する者たちはそれぞれ心を震わせる。


 そうして進軍し続けた果て、混乱の最中にある敵本陣の横っ腹に十分に接近した瞬間―――


「行くぞお前らァァァア!!!」


「「「「うおおおおおおおお!!!」」」」


 先頭をシュナイゼルと入れ替えて、一団は全速力で敵に突撃した。


 一拍遅れて気付くメルトール軍だが、混乱の最中にある彼らに出来ることは何もなかった。いや、そもそも万全であったところで、


「オラァァァ!!」


 先頭を突き進む男を止められる者など、一人としていなかっただろう。


 歩兵も騎馬も盾持ちも関係ない。シュナイゼルが大剣を振るうだけで敵の最前列がまとめて吹き飛び戦線が瓦解する。


 そうして出来た穴に飛び込んだ頃には引き戻した大剣を新たに叩き込んでいるのだから、最早敵は逃げることすらままならなかった。


「俺はァ、戦士の時代の頂点になる男だァア!!」


 ―――その叫びは本来であれば、彼が大将軍となった七年後以降でしか聞けなかったはずのもの。


 それが今、彼の口から飛び出したことの意味は計り知れない。


 ノルウィンとの出会い、ノルウィンが作り出した新たな物語が、彼をここまで加速させたのだ。


 オブライエンの意志を継いだ男が、真なる最強へ一歩近付いた。


 敵本陣が落ちたのは、それから僅か数分後のことであった。





―――――――――――――――

ちなみに(この伝令は実際にオブライエンの死を確認してから来たのではなく、オブライエンがこれくらいの時間になったら報告しに行ってねと言ったタイミングで報告してます。最早未来視の領域ですね。そうすることによって、実際にオブライエンが死ぬ少し前にシュナイゼルが動き、そして敵本陣が落ちるところをオブライエンが死ぬ間際に見れたというわけです。オブライエンは最後に自分が大将軍並みの戦果を残せたところを確認したくて、この少し危ないとも言える方法を取りました。)


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る