裏社会動乱編
第26話 一年後
「おはようございます」
「おはようございます、ノル」
早朝、ミーシャと共に目覚めて挨拶を交わす。
俺を起こしたいミーシャと、睡眠中の無防備なミーシャを見たい俺とで早起き競争を続けた結果、今ではこうして同時に起きるようになっていた。
「最近、寒くなってきましたねー」
同じベッドの中で俺を抱き寄せ、子供の体で暖を取りながらミーシャが笑う。
「そうですね。まだ寝ていたいです」
まだまだガキな俺を警戒心ゼロで抱き枕にするミーシャ。
正直、抱き着かれたままノンビリしていたいが、そうもいかない理由がある。
断腸の思いでミーシャを引き剥がして、急いで稽古場へ向かう仕度を整える。
もし少しでもそれが遅れれば―――
「おはよう、相変わらず眠そうで間抜けな顔ね」
「おはようございます。せめてノックか一言入れてからドアを開けて下さいよ」
「細かいわね。入ったわよ」
こうして遠慮なく部屋に入ってくるサラスヴァティに、朝が弱いなんてまだまだ子供ねと弄られる事になるのだ。
あの決闘から既に一年が経過しているが、ペアになった当初はよくサラスヴァティに先を越されてからかわれたものである。
間に合った今日はその限りではないが。
サラスヴァティとミーシャを連れて、俺は稽古場へ向かった。
⚪️
稽古場で行う鍛練は多岐に渡る。
体作りや型、技の練習、剣や槍など様々な武器種と相対した時の戦い方、それから試合。
今日は技を磨く予定である。
ルーシーを負かしてから一年が経過し、今の俺の戦い方は当時のそれをさらに強くした形になっている。
そんな俺にとって最も重要なのは技のストックだ。
フェイントを織り混ぜた槍は、技が多い程に厄介さが増すため、この一年は槍の習熟度と技の数を増やすことのみに注力してきた。
まあそれだけやっても六歳の身で出来ることは少ないから、アニメや漫画で有りがちな超絶俺TUEEEEにはなってないんだけどな。
ただ、たまにシュナイゼルが連れてくる同世代の生意気なガキ―――失礼期待の新星らしい相手には一度も負けたことがないから、俺の強さはかなりのものだろうと予測出来る。
この一年で俺が敗けを喫してきた同世代の相手は二人。
一人はサラスヴァティと、もう一人は当然―――
「······ノルウィン、やろう」
たった今稽古場に来たらしいルーシーが、目を爛々と輝かせて剣を構える。
以前はこんな積極的で、なおかつ瞳に感情を滾らせるキャラではなかったのだが、一度の敗北が天才を大きく変えてしまったらしい。
唯一自分に抗える同世代、競い合える相手として俺を見定め、こうして暇さえあれば剣を交えようとしてくる。
「いいよ、やろう」
天才相手に学べることは多い。
是非もなくその誘いに乗った俺は、悠然と構えを取って―――
「ま、そうなるよなぁ」
完膚なきまでにボコボコにされ、稽古場の地面に寝転がる。
あの時勝てたのは初見殺しの要素とルーシーの動揺、そして何よりルーシーの幼さが大きい。
一年の時がたち、剣士として大きく成長したルーシーには、全く叶わなくなっていた。
「よお、手酷くやられたみたいだな坊主」
「そりゃあもう。ルーシーにだけは勝てる気がしませんから」
「ははっ!仕方ねえ。あいつは間違いなく俺より強くなるからな」
俺たちの様子を見に来たシュナイゼルに笑い飛ばされる。
俺は試合を終えた疲れからしばらくボーッとしていたが、ふと違和感を覚えて顔を上げた。
「こんな早くから顔を出すなんて珍しいですね」
最近は仕事が忙しいとかで家に帰ることも少なかったシュナイゼルが、何故午前中に家にいるのか。
その理由は、次に放たれた一言で明らかになった。
「坊主、来月に武術大会幼少の部ってのがあるんだが、出てみねえか?」
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