第112話 ガベートの街に着いた

  *  *  *


 フールドが居たギーニアの森の北端の上空、俺はラビィが操作している凧の上に居た。凧の表面が滑らかな面を下にし、その上にうつ伏せになって取手を握っているラビィ。爆発物質作り出す能力でお椀状のブーツの底で発生させた爆発力を制御し、ロケットの様に推進力を得ているのだ。俺は凧を推しているラビィと凧との隙間に挟まれている。ラビィの凧の速さは俺の翼では到底追いつけない程速いのだ。


「親父、これから寄り道をしてからセカルドの街に向かうよ」

「それよりも、状況を教えてくれ。パイラと念話で連絡が取れないんだ。あと、モモはどうしてる? シャルやファングはどうだ?」

「パイラ姉さんとは全然連絡が取れていないからどうしてるか全然わからないよ。モモの姉貴は……」

「どうした?」

「五年前に姿を消した。親父が居なくなって一ヶ月も経っていなかった頃にね。それからは全くの音信不通さ」

「シャルも居なくなったのか? いや、そうじゃないな。この凧はシャルと相談しながら作ったって言ってたな」

「ああ、シャルもファングもせカルドの街に居るよ。居なくなったのは姉貴だけさ」

「探さなかったのか?」

「もちろん街中を探したさ。でも、あれ程探したんだ、セカルドの街には居ないと思うよ」

「……、そうか」

「パイラ姉さんは魔法学園に居るだろうから連絡を取ろうとはしていないよ。親父は姉さんと連絡が取れないってどう言うことだい?」

「それが全く分からんのだ」


 念のため、今一度パイラを呼びかけてみた。


『おいパイラ! 聞こえるか? 聞こえるなら返事をしてくれ!』


 ……返事はなかった。勝手にパイラの感覚を共有しようとしたが、それも出来ない。


「パイラを念話で呼び出したがやっぱり繋がらん」

「どうして?」

「分からん。俺とパイラの間の使い魔の契約魔法が切れたんだと思う」


 バーバラの話によると、使い魔の契約魔法は双方の同意がなくなれば解消されるらしいからな。


「だから魔法学園に行けば会えると思うんだが……」


 使い魔の契約魔法が解消された原因も気になるが、まずはパイラと早くコンタクトしたい。


「じゃあ、魔法学園に飛ぶかい?」

「いや、一旦シャルとファングが居るセカルドに行こう。それに寄り道をするんだろ?」

「ああ、マチェットガンを質屋から返して貰わないと。親父の次に大切な物だからね」

「俺は物か?」

「ははは、言い直すよ。親父の次に大切だからね」

「まぁいい。ところでラビィ、お前は今何をやってるんだ?」

「ん? 空を飛んでるぞ?」

「あ、いや、何をやって食い扶持を稼いでるんだ? 冒険者か?」

「ああ、一応クエスト斡旋所には時々足を運んでるぞ。でも主には、シャルに雇われているのさ」

「そのシャルは何をやってるんだ?」

「鍛冶屋をやってるな。いや道具屋かな? まぁ、何にせよ何かを売ってる」

「お前は商売をやっているシャルに雇われているって言うのか?」


 確かに軽くて遠方でしか手に入らない貴重品なら、運搬するだけでも儲けることができるかも知れない。


「いやいや、違うよ。ボクはシャルの道楽を代行しているのさ。トレジャーハンターだよ」

「トレジャーハンター?」

「ああ、自称凄腕ハンターさ」

「自分で言うなよ」

「ははは。シャルに頼まれた物を遠くの地で仕入れたりするのさ」

「……、それはトレジャーハンターじゃなく、運び屋だろ」

「そうなのかい? その仕入れの途中で、上空から人跡未踏になった遺跡を見つけたりしたら立ち寄って、何か面白いものがないか物色する様に言われているんだけど……」

「……、それだったらトレジャーハンターと言ってもいいと思うぞ」


 なんか、面倒臭いな。


「だよね!」

「おい、意味もなく頬ずりしてくるのはやめろ!」


 俺に覆いかぶさった形のラビィが頬ずりをしてきた。


「えぇ、良いじゃないか。減るもんじゃないだろ?」

「俺の羽毛が擦れて減るわ!」

「ちぇ、ケチだな親父は」


 ラビィの凧は、何に邪魔されることもなく大気の上を滑るように邁進していった。


  *  *  *


「ほら、あれがガベートの街だ」


 ギーニアの森を出発して数時間後、俺たちは水平線の手前に見える、湾沿いに発展している街に向かっていた。


「港町か。賑わってるのか?」

「ああ、フールドが要求する品はだいたい此処で揃うらしいって情報を得たからね。初めて寄ったんだけど結果は正解だったよ」

「資金を得るためにマチェットガンを質に預けたんだな。取り戻せるのか?」

「まぁ、大丈夫だろう。ちゃんと商売神の魔法の契約で取引しているからね。その代金はボクが持ったんだけど、そのぐらいは手持ちは有ったのさ」

「なぁラビィ、思ったんだがお前、世間擦れしていないモモやパイラとはえらく違うな。なんか世間の事をよく知っている様に感じるんだが……」

「ははは。姉さんと姉貴は仕方ないよ。パイラ姉さんは隠遁生活をしてたんだろ? モモの姉貴は幼い頃にお袋に引き取られてからずっと森の外に出させてもらってなかったからね。いつも外に出させろと姉貴はお袋にブーブー言ってたよ」


 パイラはクロスコン家の執務長のバイザームに拐かされてから十五歳まで隠遁生活をしていた。その後は世間に触れることなく鉤針かぎばりの魔女としてバーバラに師事した。モモは……、そう言えばモモは赤錆あかさびの魔女となる前はどうしてたんだっけ? まぁ、いずれにせよ二人共箱入りだったって訳だ。


「お前はどうなんだ? 確かお前は灰被はいかぶりの魔女だったよな? 魔女になる前は何をやってたんだ?」

「……。ボクはね、魔女になる前は商人の子供だったのさ。長子だったから店を継ぐために幼い頃から色々商売の事を教えられたり、実際に取引きさせられたりたんだ。だけど十二歳になったときに両親待望の男の子が生まれちゃったのさ。そしたら両親の関心が完全に弟に移っちゃってね。そりゃもう、面白くなかったさ。取引きの時に舐められないように普段から男として振る舞ってきたのにね……。ま、そんな時に能力に目覚めちゃったんだ。そしてしばらくして塵埃じんあいの魔女バーバラに引き取られたって訳さ、商人の家とは縁を切る形でね」


 なるほど。モモへの対抗心と何か関係が有るのかも知れないな。


「ふむ。だからお前は世間擦れしている感じがするんだな――、って意味もなく頬ずりしてくるのはやめろ!」

「だって親父はボクの事を可哀想だと思ってくれてるんだろ? だったら良いじゃないか頬ずりぐらい」

「やっぱ前言撤回な、お前もやっぱりズレてるわ」

「親父が可愛いから仕方ないじゃないか。って、そろそろ降りるぞ」

「まだ街には遠いぞ?」

「流石に街に飛んでは入れないよ、目立ちすぎるからね。よっと」


 そう言うとラビィは今まで水平だった凧の下面を、進行方向に向けて垂直に近い角度に立て始めた。次第に空気抵抗で速度が落ち始める。俺は凧とラビィの間にしっかりと挟まれていた。


「スピードが落ちたら水平飛行に戻るけど、親父は凧の上に乗っておいてくれ。ボクは凧にぶら下がる位置に移動するからさ。あ、ギーニアの森に着地した時と同じ要領だから、もう分かってるね」

「ああ」

「親父が自分で飛んでもいいぞ。それぐらいゆっくり飛びながら着地するからね」

「そうだな」


 そして俺たちはガベートの街に続く街道から離れた平地に着地した。


 辺りには人影は見えない。凧を地面に降ろしたラビィは帆布を張っているロープをほどき始めた。


「しばらく凧は使わないからね。畳んでおくのさ」


 帆布が外れた凧の骨組みを分解し幾つかのパーツに分けていくラビィ。俺たちがさっきまでうつ伏せで乗っていた板は箱の一部だった。その箱から幅のある紐を二本引き出す。そしてその紐の反対側に骨組みのパーツと帆布を括り付けていった。縦長の背負子しょいこの出来上がりだ。


「軽量化を図るために木製の骨組みを作って布を張っていると思ってたが、折りたたみ式か……」

「そうさ。最初は板だけで作ろうとしたんだけどなかなか重くてね。シャルが骨組みと布で舟を作る部族が居たことを思い出して応用したのさ。その舟の布は水が染み込まないようにタールやニカワを塗っているらしいんだけどね。ボクの凧は防水じゃなくてもいいから塗ってないぞ」

「なるほど」


 ラビィは凧の部品をまとめた背負子しょいこを背負った。縦長のそれはラビィの頭より上に飛び出している。そして両サイドには幾つかのポーチがぶら下がっていた。


「重いのか?」

「ものすごく軽いって訳では無いかな。背負って歩くぐらいは大したことないよ。じゃあ、行こうか」


 俺たちはガベートの街に向かって歩きだした。

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