第136話 サルファに着いた

  *  *  *


 水夫たちがマストから横に伸びているヤードに登り、帆をたくし上げる作業を継続している。俺たちが乗った船は十数日の航海を終え、無事にサルファの港町に着いたのだ。船を桟橋に固定するための綱が投げられ、テンションを掛けながら係柱に結びつける作業が行われていた。


 ジンクの街でサルファ行きの船を待つこと三日の間、ラビィはうみねこ亭の給仕を手伝い、モモはリハビリのための訓練を行った。さらに防具やポーチなどの冒険者装備を一通りジンクの街で調達し、カタナ等の武器の手入れもした。


 もちろん、モモを確保したことをシャーロットやシャルには連絡済みである。次の目標はミナールから依頼されている、テロワールを説得して連れ戻すクエストだ。ミナールの情報では、テロワールは俺たちが居るゴンドワナ大陸の中央北側にあるルーシャ国に潜伏している。


 ラビィはモモを抱えて飛ぶことは出来ないので、まず俺たちは海路でサルファを目指すことにした。


 航海中もモモの訓練を続けた。甲板の上でラビィとモモが組手をすることもあった。俺はシャーロットとラビィの間を毎日の様に転送してもらい、訓練でいじめ抜いた体を回復させるために、精の付く料理を船員に見つからない様にこっそりと運んだ。転送のことを船員達に勘ぐられるのは面倒だからだ。お陰でモモのリハビリは順調に進んだ。


 モモのリハビリとは別に気になっている点がある。それは、モモとラビィの関係が徐々に変わりつつあることだ。


 モモとラビィがパイラやバーバラと同居していた頃は、事あるごとにラビィがモモに対抗心を燃やして揉めていたらしい。それこそ、旅に出たモモに遭遇したラビィが死闘をけしかける程に。その時オーガー化しそうになったところを、俺がパイラの体を借りて阻止した。それ以降、モモに対する対抗意識が有ったという記憶が曖昧になったラビィは、モモと一緒に旅をしてきた。そんなラビィに、モモはあまり近寄ろうとしていなかった。対抗心を持っているラビィのイメージが払拭出来ていなかったのだろう。そして、俺がバグ女神に拉致されて二人は別行動をしてきたのだが、ジンクで合流してから徐々に変わってきているのだ。


 つまり、頻繁に会話する様になってきているのだ。傍から見ると、仲の良い姉妹の様になってしまっているのだ。


 俺の想像では、ラビィはモモに対する対抗意識が完全に無くなったのだ。爆発物質を作り出す能力では、モモとの戦闘に勝つことが出来なかったが、別に戦闘に勝たなくともラビィにしか出来ないことが確立して、モモと比較する必要がなくなったためだ。一方のモモは、今回の件でラビィに弱みを握られてしまっている。いや、助けてもらったことに恩を感じていると言うのが正しいのか? ずっと仮面を付けている訳にもいかないので、その時はラビィが甲斐甲斐しくモモアンズの世話をしているのだ。モモアンズは上手く他人とコミュニケーションが出来ないので代弁役を買って出ている。


 まぁ、それは良い。


「親父、下船しても良いみたいだぞ。ほら、姉貴、行くよ」


 船の縁に置いていた背負子を背負いながらラビィが言った。仮面を被っていないモモはフードを深く被りラビィの後に続く。腰には鞘に納めたカタナとむき出しの打ち払い十手を帯びている。


 俺はミノを背負い、止まっていた欄干から飛び立ち、船と桟橋をに掛けられた渡り板を行くラビィを追った。


「とりあえず宿を取ろう。そして久しぶりの風呂だな。もちろん親父もボクと一緒に入るだろ?」

「入らないぞ」


 ラビィの肩に止まって俺は小声で応えた。俺が人と普通に対話出来る事を悟られない様にするためだ。


「ははは、姉貴はどうする?」

「……よ」


 ボソボソと話すモモアンズ


「そっか。じゃあ、ボクと親父が先に入るからね」

「おいラビィ」

「なんだい?」

「お前は何を言ってるんだ? 俺はお前と一緒に風呂には入らん」

「でも、姉貴はボクと親父が先に風呂に一緒に入ったら良いと言ってるぞ? 姉貴は後から入るんだってさ。ちなみに姉貴は、親父が剣術の技を教えてくれ、それを姉貴が習得して上達しているのを褒めてさえくれてたら良いって前から言ってるしね。だからボクが親父の可愛さを独り占めするのは問題ないんだってさ」


 ラビィのその言葉に、モモアンズはコクリと頷く。


 いや、モモはラビィにそんな話まで出来るようになってるのかよ。


「だが断る」

「ははは、照れる親父も可愛いな」

「……」

「エコー、お主も大変――、ふぉっ、あの美味そうな串焼きは何じゃ!?」


 ミノは俺を憐れむのを中断して、食い物に気を奪われた。


  *  *  *


 翌日の昼前、ラビィとモモはルーシャ国を目指すべく、その首都ワズモーグに向けサルファの街を離れた街道を歩いている。モモアンズは長旅に必要な装備品を詰め込んだバックパックを背負ってラビィの斜め後ろを歩いている。万が一、変身の効果が無くなっては困るので、ジンクから出港して以来、普段は仮面を被らない暮らしを続けている。剣術の訓練をするときには仮面を被るが、基礎体力作りの際には素顔のままである様にした。


「おい、見てみろよラビィ、お前が無理やり石鹸で洗うから、俺の羽毛がボロボロじゃないか」


 モモのバックパックの上に止まっている俺は毛づくろいをしながら言った。


 宿屋を確保した昨日の夕刻、ラビィとモモが結託して俺を拘束し、ラビィとの入浴に強制連行しやがったのだ。


「ごめんよ親父、フサフサな羽毛がもっと綺麗になるかと思ったんだよ」

「もう、一緒に風呂に入るなんて言うなよ?」

「ん? 戦闘の音がするぞ?」


 ラビィが街道を外れた先を指さしながら言った。その先は木々が邪魔して何も見えない。


「木の向こうか?」

「ああ、行ってみよう」

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