第135話 モモを上手く乗せられた
* * *
ジンクの街の宿屋の部屋の一つに、テーブルを挟んでモモとラビィが座っていた。その部屋にはベッドが二脚、設えられている。モモの小屋の様な住処から数少ない荷物を引き上げた俺たちは、広めの部屋に借り直したのだ。俺もミノもテーブルの上に居る。
モモが借金をしていたのはダッシオだったので、それは既にラビィが返済している。ラビィはウェイトレスの服を何故か買い取っていた。
モモは茶色とくすんだ緑色のパッとしない服を着ていた。その上にフード付きで丈が肘ぐらいまでのコートを羽織っている。そのフードを目深に被っているのだ。
「なぁモモ、いつからアンズを名乗ってるんだ?」
「……ら」
聞き取れない声量で、もそもそと応えるモモ。
「サルファの街に入った頃かららしいよ。サルファの街は、このジンクの街から西に海路で十日から二週間ぐらいの距離の港町だね。僕たちも食料などを補給するために寄ったけど、親父は覚えている?」
通訳してくれるラビィ。
このモモの状況を、何とかしなければならない。以前の勝ち気で元気のあるモモに復活して欲しいのだが……。
「ああ、覚えてるさ。広場で仮面を被ったやつらが大道芸をやってただろ?」
「そうだよ」
「そして裕福そうな物見客の財布からスリをしていたな」
「旅の芸人だったんだろうね。仮面で顔を隠してたのは、そういうことなんだろ?」
「ワシも覚えておるそ。そこで食ったドライフルーツが美味かったんじゃ」
ミノも覚えているらしい。
「ところでだ、モモ。お前には以前のモモに戻ってもらう必要がある。俺の弟子はアンズじゃなくモモなんだ。分かるか?」
それを聞いたモモは一度だけ体を痙攣させた。
「ああ、そんなに心配するな。アンズを名乗っているお前も、モモである本来のお前も両方とも見捨てやしないからな」
「……の」
「親父にまた捨てられたら、姉貴はもう生きていけないって言ってるぞ?」
「だから心配するなって。俺はお前にちゃんと剣術を伝授しただろ? 今回も俺の転生前の世界の技をもう一つ伝授してやろうってんだ」
ゴブリン相手に剣が抜けない状況を治すためにでっち上げたのが発気の技だったしな。
今回も何かでっち上げるのだ。上手くけば儲けもんだし、上手く行かなかったら別の手を考えるだけだ。
「お、それは良いな。ボクも親父のお陰で飛んだり銃を撃てる様になったしね。姉貴、親父の言うことは間違いないから良く聞いておくんだぞ」
ラビィが俺のでっち上げに太鼓判を押してくれた。これで騙せる確率が上がったのか、な?
「モモ、お前がアンズのときの振る舞いは、恐らくもう治らない。それは仕方ないことだ。だが、昔のモモのときの振る舞いは取り戻すことが出来る」
「……ど」
「姉貴は、本当なら嬉しいけどあの頃の様に自信を持ってる自分には戻れないだろうって言ってるよ」
「ああ、だが……、厳密には戻るんじゃないんだ」
俺は少しもったいぶって言った。
「それはどう言うことだい?」
「ああ、ラビィは仮面の役割を知ってるか?」
ラビィの質問に、俺はわざとに質問で返した。
「自分の正体を隠すんだろ? サルファの芸人もそうやってスリをしてた」
「それも一つあるが、それだけじゃない」
「と言うと?」
「それはだな、別の自分になると言う事だ。前世の俺の世界のはるか昔、戦士たちは仮面を被って戦場に出たもんだ」
もちろん嘘だ。本当は顔を守る
「何のためだと思う?」
「顔を守るためじゃないのかい?」
ラビィが応える。
「それも有る。だが、それだけじゃない。普段は大人しい男でもいざ戦場となれば鬼神のごとく戦う必要がある。そう、戦士たちは仮面を被り変身していたのだ」
「……変身、……なるほど」
「変身の技は近代になっても形を変えて続けられた。英雄の様に活躍するために変身の技を使う者は多く居たんだ」
創作の世界の中でだけどな。
「その変身の技を、モモ! お前に伝授する。お前は既に発気の技を体得しているから、そのコツを覚えているだろ? だから変身の技は容易に体得できるだろう。出来なければ何度も練習して出来るようにするんだ」
俺の言葉を聞いたモモの気配が少し変わった。
よしよし。
「おいラビィ、シャルから仮面を貰ってただろ? あれをモモに渡すんだ」
「ああ、良いよ」
ラビィは折りたたんだ飛行凧の背負子が置いてある所に歩いていった。そこにしゃがんでしばらくした後、目もとが開いていない白い仮面を取り出し、テーブルに戻ってきた。
「モモ、それを被るんだ。ただし! それを被った瞬間に以前のモモに変身しなければならない。発気と同じ要領だぞ。準備はゆっくりでも構わない、だが、変身する事に不安や疑問が残っている間は、決して被っては駄目だ! さぁ、まずは仮面を手に持って準備しろ」
モモはゆっくりとテーブルの上の仮面に右手を伸ばし、掴んだ。そして自分の近くに寄せ、仮面の裏側を顔に向けた。その距離は凡そ三十センチメートル。
「き、緊張するのぉ」
固唾をのみながら見守るミノ。
そのまま五分が経過した。
「モモ、お前に伝授したい技があと二つ有るんだ。俺がバグ女神に呼び出される直前に編み出したんだ。その名は
俺は声のトーンを落として言った。
「だがそれを、アンズのままのお前には教えられない。俺の弟子なら出来るはずだ。今、変わってみせろ!!」
その言葉に合わせ、モモが仮面を被った。
発気の技を発動した時の様にモモの周囲の気の圧が一気に跳ね上がったその瞬間、モモが目に止まらぬ早さで動く。その手に握られたクナイの切っ先が、俺のハーネスにピタリと接していた。
モモはとっさに素足を床に転がっていたクナイに引っ付け、肌に触れた鉄を操る能力でそれを手元に飛ばしたのだ。
「エコー、今度私を見捨てたら、どうなるか試してみたくは無いわよね?」
顔の上半分を仮面で隠したモモが、口元に笑みを浮かべながら言った。
ラビィが短く口笛を吹き、ミノはそのあまりにも素早い動きに硬直していた。
「あ、ああ」
……ふぅ、モモは乗せやすいから助かる。だが、その殺気を引っ込めて欲しい。
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