第134話 ラビィが給仕をした
* * *
ラビィがモモの手を引いて夕焼けで赤くなった街中を歩いている。左手を引かれたモモは時々しゃくり上げながら右手で顔を隠していた。
俺の背中が定位置となっているミノを背負い、俺はラビィの肩に後ろ向きに止まっている。モモの様子が見やすいからだ。
「モモ、俺は五年前、突然バグ女神に拉致されたんだ。そしてこっちの世界に戻ってきたら五年が経っていた。そこまではさっき話した通りだ。理解できてるか?」
「……」
俺の問いに黙って頷くモモ。
「行方不明になった俺を捜索し、その後クエストに行ってシャルやファングから身を隠したお前の事を聞きたい。モモ、一体何が有ったんだ?」
「……に、……」
「ボク達と一緒に親父を捜索して数日後、埒があかないからゴブリンの討伐クエストを請けて気を紛らわせようとしたらしいよ。クエスト斡旋所で目に止まったクエストを何も考えずに請けたそうだ」
ぼそぼそと喋るモモの声は俺には聞き取れない。それをラビィが通訳してくれている。
「……で、……」
「それは、たった一匹のゴブリン退治のクエストだったらしい。そいつと対峙していざ抜刀しようとしたら体が動かなくなったんだってさ。親父に習った
なるほど……。
モモと共に旅に出た時、初めての実戦で動けなかったな……。あの時はファングとシャルがゴブリンを片付けていた。その後、俺がでっちあげた
「……、……の」
「その時、完全に親父に見捨てられたのだと感じ取ったんだってさ。お袋に見放されたあと親父を頼ったけど、その親父にも捨てられ、寄る辺も行く当てなくなったと思った姉貴は、自分が生まれた土地に行こうと思ったらしい」
モモは旅商の老夫婦に拾われたと言っていたな。モモが持っていたカタナやクナイは、拾われた遥か東方の土地で生産されているとも言っていた。
「……、……」
「手持ちの物を売り払って旅費を捻出したけど、この地ジンクでとうとう尽きたんだって。討伐クエストも請けられないから、うみねこ亭でウェイトレスとして働いているんだってさ。借金も有るんだって。姉貴、借金は駄目だぞ。で、幾らなんだい?」
「……い」
ごにょごにょと応えるモモ。
「幾らだって?」
俺はラビィに尋ねた。
「銀貨五枚」
「それはどのぐらいなんだ?」
こっちの世界の通貨の価値はよく分からん。
「銀貨百枚で金貨一枚と同じだよ、親父。そう言えばまだ教えてなかったね。ちなみに、銅貨十枚で大銅貨一枚、大銅貨十枚で銀貨一枚、鉄貨二十枚で銅貨一枚と同じ価値だよ」
鉄貨を仮に一円とすると、銅貨が二十円で、大銅貨が二百円、銀貨が二千円、金貨が二十万円か……。
「モモの借金は余裕で返す事ができるな」
「そうだね、それは問題ない。それは問題ないんだけれどね……」
ラビィが右手で引っ張っているモモを振り返りながら応えた。
「話が盛り上がっている様じゃが、夕餉はどうするのじゃ?」
ミノが俺の首を足で蹴りながら言った。
「ミノ、暴れるな。モモも見つけたし、此処を出発する準備の前に、いったんうみねこ亭に戻って食事を取るか」
「そうじゃそうじゃ」
俺たちはモモを追って飛び出してきたうみねこ亭に戻ることにした。
* * *
「三番テーブル、スズキの香草焼きとビール三杯追加ぁ」
ラビィがうみねこ亭のフロアの中央で元気の良い声を上げていた。
「あいよ! 五番さんのチーズ盛り合わせ、あがったぞ」
「アイサー」
うみねこ亭の主人であるダッシオの威勢のいい声がけに、ラビィが応じている。
厨房とフロアを一人で切り盛りしていたダッシオを、食事を途中で切り上げたラビィが助けているのだ。ラビィ本人は楽しんでいる様なので好きにさせている。腰に巻いたエプロンがお気に入りの様だ。
モモはテーブルに座って食べかけの皿をじっと見ていた。その皿を挟んだテーブルの上に俺は居る。ミノはラビィが食べ残した野菜だけが残った皿の横で、腹を擦りながら寝転がっていた。
にわかにモモが動き、目が隠れる様に前髪を指で梳いた。
「なあ、モモ。何をやってるんだ?」
「……、……ら」
「え?」
ぼそぼそと話すモモの声が相変わらず聞こえない。
「周りの人の視線が怖いんだってさ」
フロアの席の間をするすると避けて来たラビィが言った。そしてすぐに接客に戻っていった。
……、相変わらずラビィは耳が良いな。……しかしモモのやつ、また変なものを患ったもんだ。いや、俺が居なくなったせいなんだろうから、なんとかしなければ。
「食事が終わったら……、いや、この様子だとこの店が閉店したらだな。そうしたら、一旦お前の住処に行って荷物を引き上げるぞ。荷物はどのぐらいあるんだ?」
「……と、……い」
……。
暫く待っているとラビィが再び接客から戻ってきた。
「衣服が一揃いだけらしいよ。あとは手放すことが出来なかった、カタナと十手とクナイだってさ。あとは全部売っぱらったんだって」
「三番さん、ビール三杯入ったぞ」
「アイサー」
ダッシオの掛け声に応じて、ラビィがするするとキッチンに向かって行った。
「……、なんか落ち着かないな。あとでゆっくり話すとするか。おいラビィ、お前の分の野菜が残ってるぞ」
……。
いつまで経っても、ラビィがテーブルに戻ってくることはなかった。
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