第133話 モモを確保した
* * *
二週間弱をかけて、俺たちはジンクの街に辿り着いた。風に乗ったラビィのロケット推進は移動効率がとても良い。海路でもサルファからジンクまでは二週間かかる様だ。陸路だともっと時間が掛かってしまう。
ジンクの街の大分手前でラビィは着陸し、飛行凧を折りたたんだり、飛行服を普通の軽装備の冒険者風の服に着替えたりした。
航海の中継港が発展したジンクの街に入ると、大勢のいきの良い船乗り達で賑わっていた。悪く言えばガラが悪いのだ。今まで見たことが無い
俺たちは一旦宿を確保し、その後うみねこ亭を探すことにした。宿の主に尋ねた所、うみねこ亭は街の外れに有る居酒屋らしい。
「姉貴が料理を作るとは思えないからなぁ。うみねこ亭に入り浸ってるのかな?」
うみねこ亭に向かってジンクの街中を歩きながらラビィは言った。道の端には小さな露店が連なり、香辛料、果物、衣類などの品々が並んでいる。商人たちは声高に客を呼びこみ、あるいは客と交渉していた。
「さあな。行ってみないと分からんだろ」
「とりあえずそのうみねこ亭とやらで、夕餉を食いながら情報を集めるんじゃろ?」
俺の背中に跨っている食いしん坊のミノが、涎を抑えながら言った。周囲の露店の食べ物をきょろきょろと見渡していて落ち着きがない。
香り豊かな料理の匂いが食堂や屋台から立ち昇り、街全体に広がってきていた。太陽は大分西に傾いてきている。焼かれたパンの香りやスパイスの香りが誘惑的に漂い、通りを歩く人々の胃袋を刺激してた。
街の中心部を縦断し、店舗より住居が多い区画に入ってきた。周囲の建物に比べると窓が多く、明かりが漏れている建物が見えてきた。その入り口にはフォークを咥えた海鳥の看板が掛かっている。
「親父、此処だね。じゃあ、入るよ」
「ああ」
ラビィは入り口の扉を押し開き、うみねこ亭に入った。店内には細長い矩形のテーブルが二列並んでおり、十人ほどの客が席の半分ほどを埋めていた。入り口から見えるキッチンではガタイの良い男が調理をしており、フロアに一人いるウェイトレスに指示を飛ばしていた。
「おい、アンズ! ぼやっとしてんじゃねぇ! さっさと三番の客の空き皿を下げてこい!」
アンズと呼ばれたウェイトレスが、もたついた動きでテーブルの上の空き皿を集め始めた。三角巾を目深に被り、赤い前髪が彼女の目を隠してしまっている。膝上のフリルが付いたスカートに赤いリボン、腰から下に巻かれた白いエプロンを巻いた可愛い給仕服なのだが、アンズの口角はさがり、目元も見えないので台無しである。
「おう、らっしゃい! 空いている席に座ってくれ! アンズ! ご新規さんだ!」
入店してきたラビィに気づいたキッチンの男は、料理する手を止めずに言った。ラビィが空いている席に向かい歩みを進める。アンズが両手いっぱいに空き皿を持ってこっちを見た。
アンズの手から皿がこぼれ落ち、店内に派手な音を立てる。
その瞬間、アンズは踵を返し店の反対側の扉から逃げ出した。いや、アンズではない! モモだ。
「何やってんだアンズ!」「追うよ!」
キッチンの男の罵声を後にして、アンズがモモだと気づいたラビィは後を追う。開きっぱなしの扉をくぐり夕刻の街に駆け出していくラビィ。俺は即座に飛び立ち、ラビィに置いていかれないように後に続いた。
遠く離れた路上で僅かに砂塵を上げて駆けているモモの背中が揺れている。
「飛ぶよ!」
走っていたラビィがジャンプをし、そのまま足の裏で爆発を繰り返し発生させた推進力で空に躍り出た。俺も上空に舞い上がり速度を上げたラビィを見失わないようにした。
上空でジグザグに蛇行しながらモモを追うラビィ。その向かう先は街の郊外なので徐々に建物が少なくなっていく。畑が広がり視界が開けると先をゆくモモは蛇行しなくなり、ラビィも一気に間を詰めていった。
「うほぉ! まるで燕じゃ」
背中のミノが関心している。
……確かに、まるで標的を追うミサイルみたいだな。
あと数メートルでモモに追いつくところまで来ると、ラビィは急に横に回り込み逆噴射ともにモモを側面からガッシリと掴んだ。
バランスを崩すモモを、地面に足を付いたラビィが投げ倒した。二人は離れることなくもつれ合いながら、一面に広がっている青々としたイネ科の細長い茎をなぎ倒しながら転がり、やがて止まった。
ラビィがゆっくりと立ち上がる。モモは身を起こすがその場に座り込んでいた。その場に追いついた俺はラビィの肩に止まった。
ラビィが正面に立っていることに気づいたモモは、必死に両手をわたわたと動かし顔を隠そうとしている。
「あ……、あわ……」
何を慌ててるのだ。
「おい、モモ! こんなところで何やってるんだ?」
「……て、……よ。……」
あらゆる方向からの視線を隠したいが隠せないかの様に、両手を顔の前で動かし続けるモモ。
「え?」
「どうして此処に親父達が居るのか、だってさ。親父は姉貴を裏切って捨てたくせにって拗ねてるみたいだよ」
耳が良いラビィはモモのか細い声を聞き取っていた様だ。
「……、……て」
「自分のことは放っておいて、さっさと何処かに言ってしまえってさ」
俺が聞き取れないことを察して、ラビィが通訳してくれた。
「大事な弟子のお前を、置いて行ける訳がないだろ」
俺のその声を聞いたモモの体がビクッと反応し、わたわたしていた動きが止まった。すっと両手で顔を覆い、左手の中指と薬指の間の隙間を少し開き、髪の毛の隙間から左目だけで此方を見ている。
「まだ……、……の?」
「こんなに弱くなった姉貴でも、まだ親父の弟子でも良いのかって聞いてるよ?」
「当たり前だろ。俺がいつお前を破門したって言うんだよ」
それを聞いたモモはその場にうずくまり、子供の様に大声を出して泣き続けた。
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