第137話 ヴェイルが襲われていた

  *  *  *


 ラビィとモモがそこに駆けつけると、その戦闘は既に終わっていた。冒険者風の男が一人足元をじっと見つめている。その足元には一人の人間が血を流して倒れていた。


「おい、どうしたんだい?」


 ラビィが立っている男に背後から声を掛けた。振り返る男。


「ああ、突然襲われたんだ」


 二十代後半ぐらいのその男は、均整の取れた筋肉と引き締まった体つきだった。筋肉質である腕は、過度に盛り上がっておらず俊敏さを損なう様なことはなさそうだ。使い込まれた皮鎧とその隙間から見える健康的な日焼けした肌、やや鋭い視線と薄めの無精髭がその精悍さをさらに引き上げていた。腰に帯びている剣の鞘の形状は、恐らくシャムシールだろう。


 シャムシールを携えた精悍な男

  攻撃 6

  技  7

  速度 6

  防御 5

  回避 6


 む、なかなかの使い手の様だ。今のモモだと互角と言ったところか……。


「それを信じろと言うのかい?」


 ラビィが両手を腰に当てながら言った。


「俺も信じられねえよ。見ず知らずのこいつから突然襲われたんだからなあ、って、こいつの顔を見ないと本当に見ず知らずなのか分からないな」


 足元に倒れている人間は目だけが空いている真っ白な仮面をしていたので、その素顔はあらわになっていない。


「さて、仮面の下はどんな顔なんだ?」


 男はしゃがみ込み、倒れた人間の仮面をそっと外した。現れたその顔は、二十代前半の男だった。


「知り合いかい?」


 ラビィが尋ねる。


「うむ。全然知らないやつだ。俺、何かこいつに恨まれる事したのか?」

「ボクに聞かれてもね……、死人は喋らないから聞くこともできないな。あなた――、えっと、僕の名前はラビィって言うんだ。見ての通り冒険者さ。あなたの名前は?」

「俺か? 俺はヴェイル。お前と同じ冒険者だな」

「それでヴェイル、この人は何か言ってなかったかい?」

「あまり言いたくないんだが、仕方ないな。こいつは俺が能力者だって知ってた様だ。だから俺を狩るって言ってたぞ。一体何を言ってるのか訳が分からなかったがな」


 そうか! ヴェイルに殺されたこいつは、魔女狩りの秘密組織『銀の鋏』の一員だ。こんな所にも居たのか。


「おいラビィ、死んだやつは、恐らく銀の鋏の一員だ。体の何処かに鋏の入れ墨が有るはずだぞ」


 俺はラビィだけに聞こえる様に、小さな声で呟いた。


「ヴェイル、多分この人は魔女狩りをする秘密組織の一員だよ」

「魔女狩り? 俺は男だぞ?」

「ああ、そうだね。能力者のことを魔女や術師って呼ぶのさ。要するに能力者を狩る秘密組織の人間だと思うんだ。もしそうなら体の何処かに鋏の入れ墨があると思うよ」

「俺も襲われた理由が知りたいからな……、調べてみるか」


 ヴェイルは死体を探り始めた。それはすぐに見つかった。左手首と肘の間の内側に、開かれた鋏の入れ墨があったのだ。鋏の入れ墨の下には数字の2を表す記号が一つ、さらにその下には魔法陣の様な記号があった。


「有ったね」

「ああ」


 そう応えるなりヴェイルはラビィから素早く離れ、シャムシールの柄に手を添えていつでも抜ける様に構えた。


「ここまでこいつのことを知っているとなると、お前たちがこいつの仲間じゃないかって気がしてならないんだが?」


 ヴェイルは声のトーンを落として言った。その様子を見たラビィが右太もものマチェットガンに触れ、モモが腰の仮面に左手を添えた。


「まあ、落ち着いてくれよ。ボクも能力者だから魔女狩りの対象なんだ。だから自衛の為に秘密組織の情報を知っているのさ。彼らは魔女狩りを執行する時には仮面を被り、その体には鋏の入れ墨があるってね。もちろんこの人個人の事は知らないよ」


 ラビィは戦うつもりが無いことを示す様に、両手を上げながら言った。


「そうなのか?」

「ん? それはボクが能力者って事かい? それともこの人個人の事を知らないって事かい?」

「……両方だ。まぁ良い。ラビィ、お前らに危害を加える気はない」


 ヴェイルは構えを解きリラックスすると、その様子をみたモモも力を抜いた。俺の背後でミノがほぅっと息を吐くのが聞こえる。


「おいラビィ、鋏の入れ墨の下の記号は数字の2だよな?」


 俺だって数字ぐらいは覚えている。俺の囁きを聞いたラビィはこっちを見ずに頷いた。


「入れ墨に数字があるってことはこいつは幹部クラスだぞ。何か銀の鋏に関する情報を持っているかも知れないな」

「ふーむ……。なぁヴェイル、この人は非能力者だと思うけど能力者のヴェイルに挑んでくるなんて無謀じゃないかな?」


 ラビィは、ヴェイルを襲った仮面男に話を戻した。


「そいつの剣を見てみろよ。普通の直剣とは別に、変な形の剣があるだろ?」


 少し離れた場所で、腕を組みながらヴェイルは言った。


「確か、ショーテルだね」


 ラビィがショーテルと呼ぶその剣は、柄から剣先にかけてS字にカーブしている両刃の剣だった。


「そいつは恐らく魔法が掛かってる剣だぞ。戦闘中、そのショーテルは見えなかった」


 なるほど。見えない刃の位置を把握させないために変な形をしているんだな。


「ふーん。能力者に対抗するために魔法装備アーティファクトを使ってるんだね。おや、この人と入れ墨と同じ紋章が、柄に描かれているぞ。……ってことは、この剣の魔法の発動条件に関係が有るのかもしれないな」


 しゃがんだラビィが言った通り、地面に落ちているその柄には仮面男の入れ墨と同じ魔法陣が描かれていた。


「それは知らんが、そいつは右手に直剣、左手に見えないショーテルを持って俺に挑んできたのさ」

「ショーテルは見えなかったんだろ? ヴェイルは腕が立つんだね」

「まぁ、俺の能力とも相性が良かったのさ。おっと、どんな能力かなんて聞くなよ」


 肩を竦めるヴェイル。


「もちろんだよ」


 ラビィはそう応えたが、恐らく能力が無くともヴェイルは仮面男と互角に戦えたと思われる。仮面男の戦闘力が高くなければだが。


「と言う訳で、俺はそろそろこの場を立ち去りたいんだが?」

「この人と持ち物はどうするんだい?」

「ラビィが片付けてくれるってんなら、その変な剣もひっくるめてお前が買い取ってくれてもいいぞ」

「ああ、それは良いね。ボクが好きな領域だよ。でも、ボクの手持ちは少ないから銀貨二十枚でどうだい?」

「……お前、商人かよ……。だがしかし、俺はそれでいいぜ」

「交渉しないのかい?」


 少し残念そうな顔のラビィ。


「しない」


 ヴェイルは右手の平を上にして言った。


「ちぇ。はい、受け取って。大銀貨二枚だ」


 ラビィはポーチから小袋を取り出し、その中身を親指で連続二回弾いてヴェイルに飛ばした。


「確かに。じゃ、俺は行くぞ」


 二枚のコインを片手で受け取ると、ヴェイルは振り返りもせずに行ってしまった。


「なぁ、ラビィ、こいつは警備隊に差し出さなくて良いのか?」

「セカルドの街の周りなら考えるけど、旅先だからね。野盗や流れの冒険者なんて雑に扱われるのさ」

「そんなもんか?」


 ……こっちの世界は。


「そんなもんだよ? 親父は何も知らないね」

「……まあな」

「……よ」


 モモアンズがもそもそと何か言った。


「ああ、頼むよ」


 ラビィがそう応えるとモモは離れていった。


「何だって?」

「この人を埋める穴を掘っておくってさ」


 仮面男のポーチをベルトから外しながらラビィが言った。


 ……なんかこっちの世界に来てから、穴掘りばかりの様な気がする……。


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