第75話 パイラが帰還することになった

  *  *  *


 モモ一行は街道から少し離れ野営の準備をしている。パイラが魔法で起こした焚き火の上には鍋が掛けられており、シャルが具材を次々と放り込んでいた。ファングはシャルから離れようとはせずに背後で仁王立ちをしている。


 ラビィは両膝を抱えるように座って焚き火を眺めていた。パイラはラビィの近くで目を瞑って何か考えている様子だ。あるいはシャーロットと念話で話をしているのかも知れない。モモは離れたところで、型を確認するかの様にカタナをゆっくりと振っていた。己を鍛えることに余念がない。俺は焚き火の周辺に置かれた止まり木で羽を休めている。


「エコー、私、もうそろそろ学園に戻ろうと思うの」


 パイラが閉じていた目を開いて言った。


「シャーロットと話したのか?」

「ええ、私が不在なのを誤魔化すのはそろそろ限界みたい。だから今夜早速だけど、モモと話した後に転移魔法で戻るわ」

「そうしたら数日眠ってしまうだろ? 時々俺が憑依しても良いんだが……」

「もちろんお願いしたいわ。あ、そうだ、エコーの事をそろそろシャーに話しても良いと思うのだけれど、どうかしら?」


 まぁ、シャーロットになら話しても良いか……。それより……、


「なぁパイラ、シャーロットに転移魔法を使わせたらどうだ?」

「え? どう言う事?」

「転移魔法の呪文スクリプトを改造するんだ。転移させる対象の聖刻にパイラの聖刻を指定して、転移する座標を得る聖刻は術者の聖刻のままにしておくのさ。その呪文スクリプトをシャーロットの記憶片庫フォルダに『パイラ召喚』の名前で保存しておくんだ。それをシャーロットに発動してもらうのさ」

「それなら可能ね。でも、そうするとシャーロットが長い間眠ってしまうわ」

「ああ、シャーロットの世話は、パイラがシャーロットに憑依してするのさ。そうすると俺の出番は不要だ」

「……。もしかしてエコーは私の身体にもう飽きちゃった? それとも気に召さないのかしら?」


 ラビィがパッと顔を上げ、パイラと俺を何度も交互に見る。


「お、おい! そんな訳ないだろ。それに遠隔地から誰かの身体に憑依するより、近くで憑依した方が空っぽになった自分の体を世話しやすいだろ」

「……そうね。その方が良いわね」

「だったら、さっきの案をシャーロットが受け入れられるか尋ねてみてくれ」


 多分、喜んで身を預けると答えるだろうさ……。


「分かったわ。ちょっと待って」


 暫くの間。


「是非ともそうさせて欲しいってシャーが言ってるわ。なんだかとっても張り切ってたわ」

「……、そうか」


 それともう一点、パイラに言っておくことが有った。


「パイラ、一つ頼みが有るんだ」

「何かしら?」

「ラビィの面倒を俺が見なきゃならないんだろ? その代わりと言うのも何だが、遺跡で拾ったその短刀を譲ってくれないか?」

「え? これ?」


 パイラは変わった形の短刀を持ち上げて言った。


「ああ」

「良いわよ。単なる記念品として持ってただけだし、今回こっちに飛んできたときも使うとは思ってなかったし。ところでこれ、エコーが使うの?」

「もちろん俺は使えない。だから、ラビィに渡しておいてくれ。ラビィ、受け取るんだ」


 パイラが柄をラビィに向け、短刀を渡した。


「ボクに?」


 ラビィは短刀を受け取ると、こっちを見て不思議そうに問うた。


「ああ、大事に持ってろ。なあシャル、抜き身のままってのは何だからこいつの鞘を作ってくれるか?」

「分かったのです」


 かき混ぜている鍋から目を離さずにシャルは応えた。


 そんなところに、訓練を終わらせてきたモモが焚き火を囲む輪に加わり、胡座をかいて座った。


「あらモモ、お帰りなさい。そろそろ私、学園に戻ろうと思ってるの」

「え? そうなの? じゃあ最後にエコーに身体を委ねてよ」


 委ねるって……


「良いわよ」


 二人のやり取りをじっと聞き入って、その後俺の方を見つめているラビィ。


 ……なんかまた勘違いしていないか?


「ラビィ、少しの間、俺の身体を抱いていてくれ。モモをちょっと揉んでくる」

「お、親父?」


 ラビィの耳と顔が薄っすらと赤く染まっている。


「ああ、違う違う。俺はパイラに憑依して戦う事ができるんだ。だからモモの剣術の相手をしてくるってことだ。あ、そうそう、武器が無いからお前のその短刀を貸してくれ」

「そう言うことよ」


 パイラがフォローしてくれたが、ラビィの目は疑わしいままだった。


 そして俺はパイラの体を存分に駆使し、モモの剣技の訓練をしてやった。もちろんモモは俺には敵わなかったが、ギリギリだった。パイラの基礎身体能力が低いから、俺の剣聖のポテンシャルを出し切ることができないのだ。


 早く俺専用の人間の肉体が欲しい!


 そして数十分後、俺はパイラに身体を返した。


「じゃあ、帰るわね」

「姉さん、夕飯は食べていかないの?」


 モモが肩で息をしながら言った。


「ええ、一刻も早く戻らなきゃ」

「そう、じゃあ元気で」


 どかっと腰を下ろすモモ。


 オウムの体に戻った俺はラビィの優しい拘束を逃れて、止まり木に飛び移った。シャルとラビィがパイラに手を振っている。


『シャーに魔法を唱えてもらうわ』


 皆に手を振り返して、念話で俺に話しかけるパイラ。


『ああ』


 するとパイラの姿が一瞬にして消えた。


『学園に戻ったか?』

『ええ、一瞬にして――、あら?』

『どうした?』


 俺はパイラの感覚を勝手に共有した。


 目の前で後ろ姿を見せていたシャーロットが振り返り、パイラに抱き付くために両腕を広げて駆け寄ってきていた。


『シャーが寝込んでない……』


 抱きつかれるまま呟くパイラ。


『どう言う事だ?』


「お帰りなさい! お姉様」

「た、ただいま。ねぇシャー? あなた眠くないの?」

「いいえ、全然眠くありませんわ」


 なぜだ? パイラを長距離転移させたんだぞ? パイラでさえ転移直後に眠ってしまったと言うのに。


『もしかしたら、シャーの魔力は私より多いのかしら?』

『お前の能力で確かめてみたらどうだ? シャーロットの魔力はお前の二倍以上ある、とか』

『ええ、……イエスだったわ』

『十倍はどうだ?』

『……。まさか……』


 おいおい。


 パイラの視線の先には、抱きついたまま笑顔でパイラを見上げているシャーロットが居た。

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