第76話 ラビィの銃が火を吹いた

  *  *  *


 モモが街道の前方を歩いている。相変わらずラビィと話す気は無いらしい。


 犬耳族カニスの姿のファングが引く荷車の荷台ではシャルが革を工作していた。昨晩俺が頼んだ、ラビィの短刀の鞘を作っている様だ。


 そのラビィは荷車の横を歩きながら、その短刀をゆっくりと振るっていた。


「なぁ親父、この短刀はやっぱり使いづらいぞ?」


 荷車の縁に止まって居る俺にそう言ったラビィ。


「いや、ラビィ。それは刃物として使うんじゃないんだ」

「え? それはどういうことだい?」

「お前の能力を活用した武器として使うのさ。お前の能力じゃなきゃ使いこなせないんだ」

「ますます分からないなぁ」

「なぁ、シャル、細い棒をラビィに貸してやってくれ。その短刀の峰にある筒の深さをラビィが知る必要がある」


 シャルは黙って手元の革細工を見たまま、長めの棒をラビィに差し出した。それを荷車の側面から受け取るラビィ。


「ありがとう」

「お安い御用なのです」


 そう言ったシャルは作業を続けた。ラビィも受け取った棒を短刀の峰にある筒に突っ込んでその深さを測っている。


「ここ辺りが底だな」


 短刀の峰の柄に近い部分を指さしてラビィが言った。


「その位置をちゃんと覚えておけよ。なんなら印をつけても良い」

「その短刀、簡単には傷は付かないのです」


 シャルが顔を上げずに言った。


「そんなに硬いんだ。あ、シャル。これを返すよ」


 ラビィが差し出した棒を、シャルが一瞬だけ見て受け取った。


「底の位置は覚えたよ。それで、覚えてどうするんだい?」

「その筒の底の位置に爆破物質を作り出すんだ。まず最初は威力は落としておいてくれ」

「それだけかい?」

「まぁ、ちょっとやってみてくれ」


 ラビィが切っ先を斜め上に向けた短刀の筒から、ポンッと乾いた音が発生した。


「これで良いのか?」

「ああ」


 シャルがその様子を、手作業を止めて見ていた。


「もう少し威力を上げてくれるか?」

「やってみる」


 バンッとさっきよリ大きい音が短刀の筒から発生する。


 ちらりと俺の方を見るシャル、そして視線をラビィの短刀に戻した。鞘を作る作業が止まっている。


「なぁシャル、この短刀は頑丈なんだよな? もっと爆発の威力を上げさせるぞ?」

「まだ大丈夫なのです」


 俺の問いにそう応えると、シャルは荷車の中の箱の一つを物色し始めた。


 何をやってるんだ?


「ラビィ、少しずつ威力を上げてみてくれ」


 ラビィが頷くと、短刀がドンッと音を発した。


「親父、だいぶん反動が強くなってきたぞ」

「だろうな」


 シャルが箱の物色を終え、さっきまで作業をしていた所に戻ってくると、今度は鞘を作る作業ではなく小さな木を削り始めた。


「もう少し威力を上げてみてくれ」


 ドンッ


「なぁ親父。短刀から伝わってくる反動は強くなるし、大きな音は発生しているんだけど、これがどうしたって言うんだい」

「ああ、それだけだと何も役に立たないのさ。後で適当な鉄か石を筒に入れて同じことをやってみたいんだが――」

「これを試してみるのです」


 シャルが何かをラビィに差し出した。それは円筒状の鉄に、四本の細い木の棒がイカの足の様に紐で括り付けられてる物だった。


「木の棒の方を先に筒の中に入れるのです。そうすれば筒の奥で空間が確保できるのです」

「その空間に爆破物質を生成すればいいってことだ」


 俺はシャルの言葉を引き継いだ。俺のやっていた事をシャルは汲み取ってすぐに弾丸を作ったのだ。


 なかなか洞察力が鋭いやつだ。


「ファング、ちょっと止まってくれ。ラビィはシャルからもらった物を筒の奥まで入れたら、あの木に向かって短刀の切っ先を向けておくんだ。まだ爆破物質を作るなよ」

「わかった」


 シャルが弾丸に続き、先程の筒の深さを測った棒をラビィに渡す。 


「これで良いかい」


 棒を使って筒の先端から弾丸を奥まで押し込んだラビィは、短刀を握った右腕をまっすぐ木に向かって伸ばした。短刀の筒もまっすぐに木に向かっている。


「最後に作った威力の爆破物質を筒の中で作ってみてくれ」

「分かった。じゃあ、やるぞ」


 ドンッ


 正面の木の表皮が吹き飛び、木の薄茶色の内部の繊維がパラパラと舞う。


「な、なんだ、これ!!」


 ラビィが驚きの声を上げた。


「どう思う? シャル」


 俺はその様子をじっと見ていたシャルに尋ねた。


「威力はクロスボウと同等かそれ以上。弾速がクロスボウとは比べ物にならないほど早いのです。弾込めの時間は必要ですが、クロスボウの弦を引き絞る時間より、ラビィの能力で発射するなら断然早いですね。弓矢より連射速度は落ちそうですが」

「色々な形状の弾を試してみて欲しい。円柱じゃなく先の尖った円柱型だとか、クロスボウの矢の様に羽がついている物だとか。加工はできるか?」

「それは余裕なのです」

「筒の奥に突っ込んでも、爆破物質を作られる空間を確保しておきたい。射出する弾は金属で作って欲しいが、筒の底に空間を確保のための仕組みは、弾が飛んでいく時に邪魔になるからさっきの木の様に爆破と同時に壊れてしまう物で作れないか?」

「なるほどなのです。爆発圧力をなるべく多く弾で受けるには、弾の径を筒の半に近づけた方が良いのですね?」

「ああ」

「面白そうなことやってるじゃない」


 街道を先に進んでいたモモが戻ってきていた。


 まぁ、あれだけポンポンと音を立ててりゃ気になるのも分かる。


「エコー? あんた、ラビィに変な技を教えこんでるわね。もちろん私に向けられても風輪斬りで叩き落とすけど」

「何言ってるんだ? 俺の一番弟子のお前に、ラビィが敵うわけ無いだろ」

「え、え? ほんと?」


 顔を赤らめて身体をくねらせているモモ。


 ……チョロいな。


「ラビィの使いにくい能力を有効に使う方法を模索しているだけだぞ?」

「そ、そうなのね。でもラビィだけじゃなく、私にも新しい技を教えてよね!」

「当たり前だ。俺はお前の師匠だろうが」

「やった! ラビィ! ちゃんとエコーの言うことを聞いておくのよ!」


 そう言ったモモは軽い足取りで街道の先に戻って行った。


 モモに声を掛けられたことに驚いた様子のラビィは、モモの行く先を目で追っていた。荷車の上のシャルは、俺の方をじっと見ていた。


「なんだ? シャル」

「何でも無いのです。ただ面白い事になってると思ってるのですよ」

「何がだ?」

「私の――、いえ、モモ達一行の冒険がですよ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る