第40話 チシャオーガーを討伐した
「オーガーになりかけたことが有るだと?!」
「ええ」
モモは鉢巻きを額に締め直して言った。
「パイラは知ってるのか?」
「……知らないわ」
「そうか……。俺はファング達をここに誘導するために、すぐに飛んでいく必要がある。詳しい話は後で聞かせてくれるよな?」
「もちろんよ」
「お前があのオーガーを討伐するしか無いって言ってたって事は、もう戻すことはできないってことだな?」
「ええ、私が知っている手段では無理。額に伸びた角が完全に形成される前、光を発しなくなる前に根本から折り取る方法以外、オーガーになるのを止める手段は知らないわ。放っておくと人に危害を加えるだけだし……」
「分かった。ファングを呼びに行くが、お前はもうここから動くなよ!」
モモが頷くのを確認した俺は、再びファング達の元に向かうために飛び立った。
* * *
およそ一時間後、ファングとシャル、ルーラルとシムを引き連れた俺はモモの待つ木陰に着いた。
「待たせたな」
ファングがモモに言った。
「突然の呼び出しに応じてくれてありがとう、ルーラル、シム。それにシャルにファングも」
「ああ、モモには借りも有るしな」
ずっと走ってきたルーラルは少し息を切らせながら言った。
「ええ、ここできっちり返してもらうわ」
「で? 髪の毛を操るオーガーだな。作戦はあるのか?」
「邪魔な髪の毛は燃やしてしまえば良いのです」
ルーラルの問いにシャルが答えた。ルーラルは一瞬誰が喋ったのか分かっていなかった様だが、すぐに下を向き、そばにいるシャルを見た。
「燃やすって、どうやって?」
モモが尋ねると、シャルはケースをモモに向かって突き出した。
「これなのです」
「お嬢、それは一体なんなんだ?」
シャルの後ろに立っているファングが両手でシャルの肩を軽く掴かみながら言った。シャルの背後を守っているかの様だ。
「発火弾なのです。クロスボウで撃つのです。髪の毛は良く燃えますからね」
シャルは肩に置かれたファングの手を払いながら言った。ファングが悲しそうな顔をしている。
「確かに操る髪の毛がなくなれば、ただのオーガーだな。確実に燃やせるか? どう思うシム?」
「その発火弾は何発あるのかしら?」
ルーラルの問いに、シャルへの問いで返すシム。
「三発なのです」
シャルはしゃがみ込み、地面に置いたケースを開いて皆に見せた。
「気づかれないうちに同時に打ち込めば、避けられにくいのではないかしら? クロスボウが二丁あるから、シャルと私で二発は同時に撃てるわね。そのクロスボウを貸してもらっても良いかしら?」
「もちろんなのです」
早速シムに一丁のクロスボウを差し出すシャル。
「もう一発余ってるぞ?」
ルーラルがシムに尋ねると、
「弓では撃てないわ」
と答えた。
「なあモモ、あれぐらいなら俺が持って飛べると思う。上空から落としても良いぞ?」
モモの肩に止まっている俺はモモの耳元で囁いた。
「大丈夫なの?」
「上空に目は向いていないだろう。シムとシャルが撃った際に気づかれるとしても水平方向だ」
「分かった。じゃあ、三発目は空から落とすことにするわ」
モモは俺を指さして皆に伝えた。
* * *
俺は発火弾を脚で掴み空高く舞っている。思ったより重かったので上昇するのに時間が掛かってしまった。眼下を見ると四角く囲んだ塀が建物を囲んでいた。外との出入り口は一つ。その門の両側にシャルとファングが身を隠している。モモは門から見て左側の塀の外側に身を隠している。ルーラルとシムはモモとは逆の塀の外側の身を隠している。シムが居る塀にはクロスボウを撃てる程の隙間が空いていたのだ。
チシャオーガーは建物の正面の庭に出たままその位置を変える様子はなかった。左腕に抱えているユージンの亡骸を愛おしそうに撫でている。クモヒトデの様な何本もの髪束は伸びたり縮んだり畝ったりと不規則な動きをしていた。
シャルが二十秒後に射撃をすると合図を出してきた。俺は急降下を始めた。だんだん近くなってくるオーガー。まるで急降下爆撃機なのだが、照準器が有るわけでもないので真下にターゲットが来る様に自由落下をしているに過ぎない。
三秒前。シャルが合図を送ってきた。十分に加速した俺はそっと発火弾を離した。
シャルとシムが発火弾を撃った。前、横、上の三方向からオーガーに迫る発火弾。前からの発火弾は髪束の一つが受け止めると同時に発火。その一本を先端から燃やし始めた。横からの発火弾はオーガーの左肩に命中。その炎の勢いは頭部まで広がり左半分の髪束の根本を焼き始めた。そして俺が放った発火弾は髪束の一つが受け止めたが発火に成功。炎は拡散してオーガーの頭部に降り注いだ。
よしっ。
モモが剣で、ルーラルが長剣で塀の板を粉砕し庭に飛び込んできた。ファングも門から飛び出している。シムはクロスボウを弓に持ち替え矢を
能力が効果的に使えないオーガーとの戦いは一瞬で終わった。三方向から迫る敵にオーガーは為す術がなかった。一方に対応すれば他の二方から攻撃が加えられる。無慈悲なその攻撃は、逆に苦しむ時間を短くしたとも言えた。チシャが変身したオーガーは不利な戦いになるにも関わらず左腕に抱えたユージンの死体を最後まで離すことはなかった。そして倒れ込んだオーガーの首をモモが落としてその戦いは幕を閉じた。
俺はオーガーの死体の近くに居るモモとルーラルの近くに飛び寄った。ファングは既にシャルの元に向かっているため、そこには居ない。
「終わったなモモ。二匹のオーガーを連続でこうも簡単に倒せるなんて、鬼退治の専門家として名を売れるんじゃないか?」
ルーラルが長剣に着いた血をオーガーの体毛で拭いながら言った。
「そうね。今度はもっと早く対処できれば良いのだけれど」
そう言うと、モモは剣の柄を逆手に持ち剣先を地面にむけ、目を閉じてオーガーに一礼した。
「もっと早く討伐するのか。目標が高いな」
今回の顛末を知らないルーラルが言った。その傍らには駆けつけてきたシムが居た。
「さぁ! オーガーの死体と二人の遺体を埋葬して、クエスト斡旋所に報告しましょう。一つのクエストの失敗と、一つの突発案件の解決をね。お~い、犬! あんた穴掘るの得意でしょ! 墓穴を三つ掘って頂戴!」
「三人を並べて埋葬するのか?」
俺はモモの耳元で囁いた。
「知らないわよ。喧嘩の続きは向こうでじっくりやってもらったら良いわ!」
モモは人差し指で目を擦りながら言った。
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