第39話 東西南北に飛び回った

  *  *  *


 俺が飛んでいる先の眼下には、デビュトの街が見える。まず目指すのは俺たちが滞在している宿だ。


『パイラ、今ちょっと良いか?』


 俺は感覚は共有せずに念話だけでパイラにアクセスした。


『ええ。まだちょっと眠いけど』


 そうだ、能力者がオーガーに変身するということをパイラが知っているとは限らない。それはまだ言わない方が良いのか?


『回復したらもう一つ頼み事が有るんだが、オーガーに関する書籍を探って欲しい。そうだな、オーガーの弱点や生態の研究などだ』

『どうしたの? 突然』

『モモのクエストなんだが、オーガー討伐に手を出し始めてる。強敵だからよく知っておいた方が良いと思ってな』

『そういう事ね、分かったわ』

『じゃあ、休養中すまなかった』


 俺は念話を切り、シャルの居る部屋に舞い降りた。


「シャル!」


 振り下ろそうとしている槌を握った手を止め、こっちを見るシャル。左手には作りかけの革製の鎧に当てた穴あけ用のポンチを持っていた。


「慌てて、どうしたのですか?」

「モモがピンチだ。今日、ファング達が請けたクエストの行き先を知りたい。それをお前がクエスト斡旋所で聞いてくれ。あいつらと合流してモモの支援に向かうからな。そしてシャル、お前も戦闘準備をして俺に付いてきて欲しい。長距離攻撃ができる武器が良いんだが、すぐに行けるか?」

「準備をするので、もう少し状況を教えて欲しいのです。攻撃対象は何ですか?」


 そう言うとシャルは作業着を脱ぎ捨て部屋の中に持ち込んでいるチェストを開いた。


「髪の毛を操るオーガーだ。髪の毛で人間ぐらいの重さのものを自由に振り回すことができる。物を投げて攻撃してくるかも知れない」

「なるほどです」


 革鎧を着込みいくつかのポーチを腰のベルトに取り付けたシャルは、チェストから取り出したクロスボウを二丁と、矢が収まっている矢筒を取り出し床に置いた。さらにチェストの縁から上半身を乗り入れ、浮いた両足をバタバタさせチェストの底から木製のケースを一つ取り出す。それを床に置いて開くと、そこには赤色の三本のクロスボウ用の矢が丁寧に固定され収まっていた。それを確認したシャルはクロスボウ二丁を背負い、閉じたケースの取っ手を右手で握った。


「まずはクエスト斡旋所ですね」

「ああ」


 意外な程てきぱきと動き、意外な程素早い身のこなしのシャル。普段から動かずに工作ばっかりしているから、そんなに動けるとは思わなかった。


 宿屋から飛び出したシャルは人並みを縫うように走り抜け、あっと言う間にクエスト斡旋所に駆けつけた。俺はやや後ろを飛びシャルを追いかけていたので、人々が自分たちの横を何が駆け抜けたのかを確認するためにシャルを振り返っている様子が伺えた。


 そういやシャルには走矮族アープの血が流れているとか言ってたな。


「エコーはそこで待っててください」


 と言われたと同時に、シャルに付いて建物に入ろうとした眼の前の扉が閉まった。扉を開ける手段を持たない俺は、扉にぶつからない様に急旋回し、斡旋所の前の中庭を形成する塀の一部に止まってシャルを待つことにした。


 しばらくすると扉が開きシャルが飛び出してきた。


「ファング達は西の門から出て街道沿いに進んだ先でオーク退治を終わらせている筈なのです。モモの待ってる場所は何処なのですか? アタシは先にそっちに向かってますから、エコーは西の街道に向かってファング達を連れてきて欲しいのです」


 街の中を貫く石畳の道を駆けながら話すシャル。


「モモが待ってるのは北の街道の先だが、場所を口で説明するのは難しい。お前がそんなに速く移動できるならファング達と合流して一緒に目指した方が早そうだ」


 俺はシャルの横を飛びながら言った。


「わかったのです。では西の街門へ行くのです」


 急に十字路を左折するシャル。直進してしまった俺は高度を上げ、屋根を飛び越え旋回してシャルが走っているところに追いついた。


「街道から離れずに進んでくれ。俺は先に飛んでファングを見つけてくる」


 そうシャルに告げ、西の街壁を超えるために俺は上空に羽ばたいた。


 西の街門を超え街道沿いにしばらく飛んでいると、眼下に三人連れの冒険者がこちらに向かって歩いているのを発見した。ルーラルとシムが先頭で並んで談笑しながら歩き、ファングがその後ろでシャドーボクシングの様な動きをしながら付いてきていた。


 俺は傍から見たら奇妙な動きをしているファングに近づきその肩に止まった。


「あら、モモが連れているオウムね。良くここが分かったわね」


 俺を見つけたシムが言った。俺はそれを無視し、


「ファング、話がある」


 とファングの頭頂部に近いところにある耳元で囁いた。


「ああ、すまん。何か連絡が来たようだ、お前たち二人は先に行っててくれ。すぐに追いつく」


 ファングがそう言って街道から少し外れた。ハンサムなのが気に入らないが、相変わらずこっちの意を介してくれる良い奴だ。ルーラルは了解の意を示す様に片手を上げシムと共に先に歩いて行った。


「どうした?」

「髪の毛を操るオーガーが現れた。今モモが見張っている。ルーラルとシム、それと今こっちに向かっているシャルと合流して討伐するぞ」

「お嬢もこっちに来てるのか!?」

「いや、驚くところが違うだろ。それより、急いで街道を進んでシャルと合流する様にルーラル達に説明しておいてくれ。詳しくは合流後、シャルから説明させる。俺は先にシャルのところに行ってるからな」


 そう言って俺はシャルの方に向かって飛び立った。


 暫くすると西に向かって走っているシャルが見えた。俺はシャルの肩に止まってファングに会ったこと、こっちに向かってきている事、そして合流したら詳細をシャルがファング達に状況を説明することを伝えた。俺はチシャがオーガーに変身したところは言わず、チシャオーガーの能力や潜伏している場所の詳細を伝えた。


「この先約二百メートル行ったところに、北に向かう脇道がある。そこでファング達を待つんだ。そして合流したらその道を北に向ってくれ。道なりに進んだら更に分岐点が現れるが、お前たちがそこに着くまでには戻ってくる。俺が到着する前に分岐に着いたらそこで留まっておくんだ」


 そうシャルに伝え、今度はモモの待っている場所に向かって飛んだ。合流するはずのシャルやファング達を誘導する道を確認しながら。


  *  *  *


 モモは木の根本で祈りを捧げていた。そこはチシャとユージンをある家に案内した後に、モモが空輪くうりん斬りの練習をしていた場所だ。その足元にはチシャオーガーに塀の外に投げ飛ばされた見知らぬ女が横たわっていた。目は閉じており、両手は胸の間で組んでいる。首には強く締められた痕が残っていた。窒息死なのか頸椎を損傷したことによる死なのかは俺には分からないが、死んでいる事には変わりはなかった。


「モモ。ファング達は一時間ぐらいでこっちに来るぞ。それに、この人を連れてくるまでにオーガーに気づかれなかったのか?」


 俺はモモの肩に止まりながら言った。


「あのオーガーは目でしか状況を把握できないみたい。塀で隠れられるなら近寄っても大丈夫よ」

「大丈夫だと言っても危険だったろ! まぁ、やってしまったことは仕方が無い。で、お前はこの人を知ってるのか?」

「知らないわ。でもチシャが許せなかった人じゃないかしら」

「ユージンの浮気相手か」

「恐らくね。負の感情が高まってギフト能力を酷使したチシャは、その能力に体と心を乗っ取られオーガーになった。それだけよ」

「お前、なんでそれを知ってんだ?」

「ようやく思い出したってのが正しいんだけど……。これを見て」


 モモが額の鉢巻きを取り、あらわになった額の中央には縦長の楕円状の傷があった。


「な、何だそれは?」

「角の痕よ。……私はね、オーガーになりかけたことが有るの」


 何だと!?

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