第70話 アーケロンが去っていった

 こんなにも早くパイラとの約束が実現するとは思ってもみなかった。


 パイラの体を借りてシャルが作ったスープを食べているのだ。


 旨い! 人間って良いよなぁ。


 俺は涙腺が緩くなるのをぐっとこらえた。


 焚き火の周りには、モモとアーケロン、パイラの体を借りた俺、そしてシャルが座っていた。食事をさっさと済ませたファングはシャルの後ろに立っている。


「アーケロン、どうしてラビィがここに居るのかゆっくり聞かせてもらうわよ」


 パンを咀嚼した後にモモが言った。


 その視線の先には、一房の白髪をまげの様に紐でくくられており、それ以外は髪が生えていない老人がいる。その眉毛も、鼻の下と顎を覆う髭も長く伸びており白かった。細い垂れ下がった目のせいで好々爺然としているが目の奥の輝きは爛々としている。老人と言ってもとても筋肉質だ。


「モモ、アーケロンを知ってるのか?」

「私の剣術の師匠よ。昔のね」

「剣を使うのか? 武闘家じゃないのか?」

「武器を使う武闘家よ」

「俺の師匠とは旧知の仲らしいぞ」


 ファングが話に入ってきた。


「さよう。わしとクレインは同じ師の下で継承争いをしとった仲じゃ。クレインは無手、わしはあらゆる武具を使うがな」


 ファングの武術の師匠がクレインで、モモの昔の剣術の師匠がアーケロンと言う訳だ。そしてクレインとアーケロンが兄弟弟子か……。


「ほう。世界は狭いな。……と言うことは、モモとファングは従兄妹いとこ弟子って事だな?」


 俺はモモに意地悪く言ってみた。


「違うわよ! アーケロンとは縁と切ってエコーに師事しているから、犬とは無縁よ!」


 俺の発言に、頬を膨らまえて不平を言うモモ。


「クレインの弟子ごときと優劣を付けられんとは、わしもまだまだ修行が足りんよな……」


 ファングとアーケロンは互角だったと言う訳か……。


「アーケロンが悔しがる事はないぞ。俺が強いのだから仕方がない」


 ファングが淡々と言う。


 一瞬、アーケロンはファングに突っかかると思ったが、


「そうじゃな」


 と笑って同意した。


「あんた達の意気投合の茶番なんて見たくないんだけど、さっさと答えてよ」

「何をじゃ?」


 不思議そうにモモを見るアーケロン。


「ボケてるの!? それとも鍛えすぎて脳味噌も筋肉に入れ替わったの? 私が聞きたいのはラビィがここにいる理由よ。あいつは泥沼の人形魔女団カヴンの本拠地に居るはずじゃないの!?」

「ああ、そうじゃ。ところで、わしがバーバラからラビィの後見を頼まれておるのは、モモは知っておるじゃろ?」

「ラビィが母さんの元を離れてミナールのところに身を寄せるときでしょ? アーケロンも一緒に離れて行ったから知ってるわよ」


 ミナールはバーバラの後を継いで泥沼の人形魔女団カヴンの総統になったやつだな。


「モモ、ちょっとすまんが質問だ」


 俺は割って入った。


「何よ?」

「お前たちは、つまりバーバラとアーケロンとパイラとモモとラビィはそれまで同居してたのか?」

「ええそうよ。母さんとアーケロンは私達が師事する前から行動を共にしてたわ」

「わしが修行するのに、ちょうど良かったからな。バーバラに同行しておれば修行の機会に事欠かなかったわい」


 シャルがモモに付いて行けば、変わった物に出会ったり古代文明の遺跡に行くチャンスが有ると言ったのと同じ動機だな。


「話を戻すわよアーケロン、続けて」


 モモが言った。


「何をじゃ?」

「……。アーケロン、久しぶりに手合わせしない?」


 目が座ったモモが言った。


「ほう? うた子が良く言うのう」


 モモの威嚇に応じるように、側に置いていた杖を握り立ち上がろうとするアーケロン。


 その様子を見て、肩をすくめるファング。止めようとしていない。


「おい、モモ」

「数分で済むわ。ちょっとここから離れるからあんた達は食事を続けておいて」


 俺にそう言うと、モモは立ち上がってアーケロンを引き連れてこの場を離れた。


「あいつら、大丈夫なのか?」

「まぁ心配することはない。アーケロンは楽しんでいると思うぞ。久しぶりにあった弟子の成長を直に確かめられるんだからな」


 ファングがそう答えたので、俺はパイラの体で夕食をじっくり味わうことにした。


 ……旨い!


 数分後、ぼろぼろにやられているアーケロンと、にっこりと笑っているモモが帰ってきた。


「心配いらないんだよな?」


 俺はファングに聞いた。


「あ、ああ」


 曖昧に応えるファング。


「さてと……」


 どっかりと座るモモ。アーケロンもさっきまで居た場所に腰を掛けた。


「もう一回聞くわよ。どうしてラビィがミナールの元を離れてこんなところに居るの?」

「ラビィが突然旅に出る用事ができたと言ったんじゃ。わしはやつの面倒を見なきゃならんから一緒に付いてきておったんじゃよ。それだけじゃ」

「その用事って何よ」

「それはラビィがモモに言っておったじゃろ、旅に出たおぬしをミナールの目の届くところまで連れ戻すためじゃ」

「ミナールは何故そんなことを?」

「それは知らん。ラビィが聞いたらしいからの」

「……結局、ラビィに聞かなきゃならないのね。頼んだわよエコー」

「え? 俺?」

「ええ、もちろん。あいつ面倒くさいんだもの」


 似たもの姉妹だろうがよ!


「なぁ、モモよ」


 アーケロンがモモをしっかりと見ながら話しかけた。


「何よ」

「これからラビィの後見は、モモがやってくれるかの?」

「え? どうしてよ!? もちろん嫌よ」

「わしより強いからじゃよ。わしは修行の一人旅に出る。今はとても切ないんじゃよ。己の力の無さに打ちひしがれておる」


 そう言ってアーケロンは頭にできたばかりの瘤を擦りながら、腰のポーチから小さな巻き貝の殻を取り出してモモに差し出した。その貝には紐が通されている。


「何これ?」

魔法装備アーティファクトじゃよ。ラビィが持っておる物と対じゃ」

「要らない」


 そっぽを向くモモに対して、興味を惹かれているシャルがアーケロンににじり寄った。


「こちらのちっこいお嬢さんに預けておくかの。後でモモに渡しておいてくれ」


 そう言ってアーケロンはその小さな貝殻をシャルに渡すと、すっと立ち上がった。


「本当に行くの?」

「ああ」


 モモの問いに応えるアーケロン。


「止めないわよ」

「無論じゃ。おぬしも立ち止まるんじゃないぞ」

「もちろんよ」


 モモが座ったまま右手の拳をあげる。アーケロンはその横を通り過ぎながら右手の拳をモモの右拳に軽く合わせた。そして、振り返りもせずに暗闇の中に消えていった。


 え? 何? アーケロンはラビィを放って行くのか? どう言う状況なんだこれ?

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