第69話 モモと手合わせをした

  *  *  *


「なんでこんな騒動になったんだ?」


 荷車のシャルの作業スペースに毛布を広げ、ラビィを寢かせている。オウムの俺の体も荷車の隅っこに寝転がせていた。ファングはまだ戻って来ていないがモモは特に心配をしていない様子だ。もう遅いからここで野営すると決め、シャルが夕食の準備を始めていた。


「そんなことよりエコー! あんた今人間の体でしょ? という事は私と手合わせできるんじゃない?」


 キラキラした目でそう言ってくるモモ。


「いや、そんなことじゃない。なんでこんな事になってるのか教えてくれ。手合わせなんかその後だろ!」

「え~。ケチ!」


 不貞腐れるモモ。


「説明しろ!」

「姉さんの顔と声で、そんな言い方しないで」


 ちょっと拗ねた振りをするモモ。


「……」

「分かったわよ。説明すれば良いんでしょ」

「手短にな」

「街道を歩いてたらラビィに会ったの。泥沼の人形魔女団カブンのミナールが私を探しているから戻って来いってラビィが言ったの。もちろん嫌だって言ったから、あんな感じ。さ、手合わせしましょ!」

「いやいやいや、そもそも、なんでファングが居ないんだ?」

「ラビィがアーケロンを仕掛けたからよ。武闘家として雌雄を決する勇気はあるかってね!」


 ファングなら乗りそうな話だ。しかし、


「じゃあ、なんでお前がラビィと殺し合いをしてたんだ?」

「本気になったはあのバカが悪いのよ。私は知らないわ! あんたがラビィに聞いてよ。そうよ、それが良いわ! あいつは昔っから、事あるごとに私に突っかかってきて面倒なのよ。それをエコーが解決して!」


 モモが両手を打ち合わせて勝手に納得している。左腕の防具の一部が壊れているが、左腕は治った様だ。


 こっちの世界の治療魔法の羊皮紙は凄いな……。


「働かざるもの食うべからずですからね。エコーもクエストをもらって良かったのです」


 シャルが鍋をかき混ぜながらそう言った。もちろんこっちを見ちゃいない。


「そうよ。あんたの為のクエストよ。話はこれでおしまい! だから、手合わせしましょ!!」


 どうやらモモに聞いても顛末を知ることは出来ないらしい。


「手合わせもクエストに相当するのか?」

「あんたが人間になれたら剣の稽古を直接つけてもらうって約束したじゃない。それに同意したでしょ? だからクエストじゃないわよ」

「そんなこと言ったか?」

「チシャのクエストでユージンを尾行するときよ。もしかして反故にして私を裏切るの?」


 急に声のトーンが落ちるモモ。


「まさか、分かったよ。取り敢えず飯ができるまでな?」

「やった!」


 ジャンプしながら喜ぶモモ。


 いやいや、さっきラビィと死闘を繰り広げたばかりだぞ。まったく元気なやつだ……。


「シャルの邪魔にならないように少し離れるぞ」

「ええ」


 俺は形の変わった短刀を構えた。


「姉さんの体でどのくらい動けるの?」


 カタナの鞘に右手を添え構えるモモ。


「全盛期の俺の六割強ってところだな。だが、お前に引けはとらんよ」


 まぁ、モモには鉄を操る能力があるから互角近くにはなりそうだが。


「行くわよ!」


 と言ったモモは身を低くしたままその場を動かない。五輪斬りのカウンターねらい――


 突然大きくこっちに踏み込んできてカタナを横に薙いできた。しかも柄を握っておらず人差し指と中指で柄の柄頭を挟んでいる。能力でカタナを自分の指に引っ付けているのだ。故に想定外のリーチで攻撃してきている。


「おっと」


 俺はその薙ぎ払いを短刀で弾いた。


 まぁ、剣聖の俺に取っては丸見えなんだが……。思わず笑みを漏らしてしまった。なんせ人間の体を自由に扱って剣聖の力を思う存分使っているのだ。


 モモも楽しそうに笑みを浮かべている。


 しかし、パイラの胸の揺れが邪魔だな……。


「あら、やるじゃない」

「当たり前だ。まだまだ弟子には負けないさ」


 それから我を忘れて何十合、何百合を斬り結び、同じぐらいの回数、互いに互いの攻撃を躱した。その間中ずっと、西日がキラキラと二人が持つ刀の刀身を輝かせていた。


「そろそろ出来上がるのです」


 シャルがそう言うと、切り結んでいた二人はすっと離れ、モモが納刀して一礼してきた。


「師匠! ありがとうございました」


 パイラの短刀には鞘が無いので、それを下げ


「ああ、こっちこそ楽しませてもらった」


 と俺は応えた。なんか妙に清々しい感じだ。


 ふと西日の方に目を向けると、そこには逆光の男たちが二人、肩を並べてこっちに向かってきていた。どこかしら映画のエンディングシーンの様だ。その男たちの陰は、イケメンな犬耳族カニスの青年のファングと、矍鑠かくしゃくとした筋肉質の老人のアーケロンだ。


 見た目は格好良いのだが、なんか腹が立った。いや、ラビィとモモの過酷な戦闘の間、全く役に立っていなかった二人にやっぱり腹が立った。


「事が終わって、ようやく・・・・ファング達が帰ってきたみたいだぞ」


 皮肉を込めてモモに伝える。


 二人が近づいてくると、二人共青あざを作ってボロボロだったが、とても満足気な表情を浮かべていた。


「やっぱり拳で語るのが一番よねぇ」


 モモが両手を合わせてポンッと音を発した後、訳の分からんことを言っている。


 なんてこった。俺がモモに言った皮肉は全く通じていないらしい。


「怒ったら負けなのです」


 そう言ったシャルの方を見ると、珍しくこっちの方を見て哀れみの表情を浮かべていた。


 ドンマイ、俺。

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