第103話 レヒツが気を失った

  *  *  *


 短髪のレヒツは双剣を両手に持ってモモと対峙していた。対人訓練用のその剣の刃は製造された時に既に潰されている。モモも右手に打ち払い十手を持って立っている。


「今からお前の弱さを証明してやるよ!」


 喧嘩腰のレヒツがモモに言った。


「ねぇ、なんであいつは私に突っかかってくるの?」


 モモが肩に止まっている俺に聞いてきた。


「俺が知るかよ。何にせよ油断するなよ」


 もしかしたらレヒツも何かこじらせているのかも知れないが、それに気を回すほど俺はお人好しじゃない。


「当たり前よ。私はいつでも全力よ。ちょうど下ろしたてのこいつを試してみたかったしね。じゃあ、エコーは離れてて」


 打ち払い十手を右手に持ち、剣だったら刀身に相当する鉄棒の中央部分を左手に何度か軽く当てながらモモが言った。


 モモとレヒツの対峙を見ているのは、訓練用の武器をレヒツに渡したリンクスだけだった。リンクスはずっと一言も喋っていない。喋るのはいつもレヒツだ。シャルは離れた所で工作に集中している。バーバラは一瞬だけモモとレヒツの様子を見ていたが、今はファングとラビィの組手を指導している。


 バーバラがこちらを気にしていないってことは、レヒツは無茶をする奴じゃないってことか? 自分の部下だし、信用できる奴だと思ってるんだよな?


「あんた、能力は使う気?」


 十手を軽く振りながら、モモがレヒツに聞いた。


「なんでもアリアリだ! ぶっ殺してやる!」


 ……こいつ、大丈夫か?


 双剣を装備しているレヒツ。

  攻撃 6

  技  7

  速度 8

  防御 4

  回避 5


 能力無しでもモモと互角か……。能力が何か分からないが、使い方次第ではモモを凌駕するぞ。


「モモ、こいつはお前より速いぞ。それに強い、気をつけろ」

「分かったわ。ありがとう師匠」


 モモは、肩から飛び立つ俺にそう言うと。腰の袋からキビナッツを一つ摘み出し、自分の口に放り込んだ。そしてやや身を屈める。


「死合い中に何食ってんだよ!」


 レヒツが一気にモモに詰め寄ってきた。左右の剣の突きが次々とモモを襲う。モモは十手でそれをすべて打ち返していた。風輪斬りだ。


「まだまだぁ!」


 レヒツが突きを繰り出す速度を上げてきた。モモは風輪斬りに火輪斬りを織り交ぜ少しずつ下がりながら十手でそれを打ち返している。


 移動を伴う火輪斬りを、風輪斬りの間に瞬時に切り替えられるとは、我が弟子ながら驚きだ。


 モモが左手を腰に近づけた瞬間、何かがレヒツに向かって飛んでいった。それは刃ではなく柄の方を先にして飛ばされたクナイだった。


「ちっ! あぶ――」


 レヒツが連突きをやめ、クナイを躱そうと体勢を崩した瞬間、モモの蹴りがレヒツの腹に炸裂した。


「ぐっ!」


 レヒツの腹にモモの靴底がヒットする瞬間、その場所を中心とした円盤状の青い光が発し、ガラスが破損する様な音が発生した。モモの蹴りの勢いが削がれていたが、レヒツを吹き飛ばすには十分な威力があった。


 なんだ今のは?


 円盤状の青い光が発生した跡には何も残っていない。


 その場所に何かあるか確かめる様に十手を振るっているモモ。体勢を立て直すレヒツ。


「飛び道具とは卑――、それで俺に勝てると思うなよ!」


 こいつ、卑怯と言おうとして途中でやめたな。何でもアリだと言ったのを思い出したのだろう。


「本気を出すぜ!」


 レヒツがモモに攻め寄る。モモはレヒツの繰り出す剣を十手で何度か弾き返し、それ以外は大きくバックステップしながらレヒツとの距離を保っていた。


 モモが再度クナイをレヒツに向かって投げる。レヒツの顔の前に円盤状の青い光が発生して飛んできたクナイの軌道を変えた。その青く発光した円盤が現れたのはクナイが軌道を変えた瞬間だけだった。まるで見えない円盤状の物質を空中に作り出し、クナイがそれに当たった瞬間に発光した様にも伺える。


「同じ手が通用するかよ!」


 レヒツの能力は、空中に透明な円盤を作り出す能力だな。


 モモが蹴りを食らわしたときはガラスが破損する様な音が聞こえたが、今回はその様な音は聞こえなかったという事は、ある程度以上の衝撃を加えると、円盤が壊れるのか……。


 モモが低い体勢でレヒツに迫り寄り、膝の高さで十手を横薙ぎに振るう。レヒツはそれを上にジャンプして避けた。あとは重力に引かれて落下するだけのその行動は明らかに悪手だ。


 次は避けられない一撃を、モモは空中のレヒツに繰り出した。


 しかしレヒツは空中で数歩駆け上がる。まるで空中の水たまりを踏んで波紋を広げていく様に、レヒツの足の裏には青く光る円盤状のものが浮かび上がっていた。突然空中で体を捻ると、レヒツは二本の剣をモモに突き出して飛びかかってきた。円盤を使って急に軌道を変えたのだ。


 クロスした双剣を、十手の鈎で絡め取るモモ。突き出された十手の鉄棒はレヒツを直撃することは叶わなかった。レヒツは自分の身体をその攻撃から逸していた。


「らぁ!」


 モモが十手を捻り、レヒツの手から双剣を奪い取ると、バランスを崩しているレヒツに左ストレートを叩き込んだ。


 ガラスが破損する様な音を残して、レヒツがリンクスの方に吹き飛ばされる。モモの足元の地面ににレヒツが持っていた双剣が乾いた音を立てて転がり落ちた。


 立ち上がったレヒツが殴られた頬を擦りながらリンクスに駆け寄る。


「くそっ!! レヒツ! あれを出してくれ!」

「……」


 レヒツの要求に対して、動こうとはしないリンクス。


 あれとは何だ?


「何だよ! 出してくれないのかよ!」


 レヒツはリンクスの足元に置いていた自分の獲物を手に取った。


 おい! それは真剣だぞ?


 レヒツとリンクスから少し離れた場所に居るモモは、レヒツを迎え撃とうと十手を正面に構え直した。――が、突然その構えを解いた。


 その瞬間、派手にレヒツが吹き飛ばされた。


 さっきまでレヒツが場所には、腰を落としたバーバラが居た。露出している肌に接している空気が陽炎かげろうの様に揺れている。レヒツに体当たりをぶちかましたのだ。


「レヒツちゃん! 真剣は駄目よ。それにほらぁ、頭に血が登っちゃって周りが見えてないから私の突撃も避けられなかったじゃなぁい。って聞いてる? レヒツちゃん!?」


 地面にうつ伏せになって倒れているレヒツはピクリとも動かず、バーバラの声は聞こえていない様だった。


 て、鉄山靠てつざんこう?!

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