第102話 レヒツがモモに勝負を挑んできた
* * *
モモが突然現れたバーバラを殴り倒した翌日の早朝。セカルドの街から少し離れた森の広場で、ラビィとファングが側にいるバーバラに従って組手をしている。モモは
モモは捕物でも始めようってのか? まぁ、相手を殺さず無力化するには良さげだが……。
シャルはその横で工作をしている。わざわざ工作用の道具を荷車に積んでファングに運ばせたのだ。俺はモモの肩に止まって同じくその様子を見ていた。
モモの集団から少し離れた場所に二人の男が立っていた。バーバラが昨晩連れていた黒いマントで身を包んでいた背の低い男と背の高い男だ。今はマントは身につけていない。二人の名前はそれぞれレヒツとリンクスだと、道中バーバラが紹介してくれた。
レヒツは天を突くような威勢のいい短髪だ。要所に厚みを持たせている袖なしのレザーの上着と、動きやすそうな長ズボンを着ている。左右の腰には同じ長さの剣を佩いている。スピード重視の双剣使いの様だ。もう一人の、瞳がほとんど見えない糸目のリンクスは、長い髪の毛を後ろで束ねていた。弓を左手に持ち矢筒を腰に装着しているが、それ以外の武器を装備している様子はない。
リンクスは穏やかそうなのだが、レヒツは常に俺たちを睨んでいた。背が低いから、睨みあげている様に見えるのかもしれない。
『パイラ、今良いか?』
『ええ、どうしたの?』
『こっちの感覚を共有するから、見てくれるか?』
『ええ、良いわよ』
俺はパイラに感覚を共有した。
『バーバラ師匠!! 生きてたのね!? モモが言ってた通りだったわ……』
そう言えば、バーバラは謎の大爆発に巻き込まれた様なことをパイラが呟いていたな……。
『ラビィにお仕置きを兼ねて、稽古を付けているのさ』
『どういう事?』
『泥の人形
『ラビィは戻されるの?』
『いや、それはもう良いらしい。俺がパイラの体を借りてラビィの角を折って、オーガー化できない様にしてしまったからな』
『そうね……。それでエコーは、生きている師匠を見せるために私を呼んだのね?』
『それもあるが、あの二人が能力者かどうか確認してくれるか?』
俺はレヒツとリンクスを見ながら言った。
『ちょっと待ってね。……、そうね、二人とも能力者よ。師匠が連れてきたの?』
『そうだ。鎚と鉄床
『無いわね』
『バーバラが作ったもう一つの
『銀の鋏?』
『魔女狩り集団の名前だ』
『魔女狩りは禁止されているわよ?』
『暗躍している奴らがまだ居るらしい。そう言えば、パイラはバーバラが男だって一言も言ってなかったよな?』
『あら、言ってなかったかしら? それはエコーにとって重要なことだったの?』
『……いや、むしろどうでも良い。それよりもだ。バーバラが何歳なのかパイラは知ってるのか?』
俺はバーバラが居る方を見ながら念話でパイラに言った。ラビィがバーバラに指導されながら、何度もファングに蹴りを入れている。ファングはそれらをすべて、ガードしながら受け止めていた。
『いいえ、知らないわ』
『かなりの年数生きてるぞ。百年は下らないと思われる』
『え? そうなの?』
『バーバラの使い魔を知ってるか?』
『師匠は魔法学園に居たことが有るとは聞いてたけど、使い魔と契約しているとは知らなかったわ』
『長生きなのはその影響らしい。バーバラの使い魔は不死のドラゴンだとさ』
『ドラゴン……』
『ああ。そう言えばギフト能力に関するバーバラの研究が書かれた本を学園で見つけただろ? あの本はいつ書かれたものなんだ?』
『そう言えばそうね。私が記憶できそうな魔法を探してたとき、誰も気にも止めない様なかなり古い書架で見つけたんだわ。そう考えるとずいぶん昔の……』
『まぁ、それは今は良い。話を戻すぞ。その銀の鋏って連中から魔女や術師を守ったり魔女のオーガー化を防いだりする目的でバーバラが作ったのが「泥の人形」で、銀の鋏を潰すことを目的で作ったのが「鎚と鉄床」だとさ。それもずいぶん昔だ。それに各地で起こっていた魔女狩りを、国令として禁止させたのもバーバラが関与しているらしい』
『そうだったのね……』
『鎚と鉄床は各地に情報網を持ってるらしいから、例の真の夜明け衆も調べてもらう事にしたぞ。パイラはそっちの方が気がかりだろ?』
『ええ、シャーが襲われる根源は断っておきたいわ』
『それから、一番重要な話だが、バーバラも人間になる手段を探しているらしい。使い魔のドラゴン、名前はクレインって言うんだが、そいつを人間にするのがバーバラの目的だ。クレインは人間に変化できるギフト能力を持ってるが、本質的にドラゴンであることは変えられない。だから完全な人間になりたいのだそうだ。俺は人間に変化できるだけでも良いんだがな……』
『エコーは、完全な人間になるんじゃなく、クレインのその能力が手に入るだけでも良いんじゃないの?』
そうか! クレインが人間になれた時に、クレインのギフト能力を俺に移してもらえれば良いのか! 俺は別に完全な人間化を望んでいる訳じゃない。
いや、しかし、二人の能力を入れ替える能力者が高齢で既に亡くなっているなら、クレインと俺の能力を入れ替えることは叶わないのか……。クレインが槍マスターの能力と人化の能力を入れ替えてもらったのは、ずいぶん昔の事だ。
『……ああ。だがまずは人間になる方法を探さなければならないな。その方法が見つかれば二人とも人間になれるだろう。バーバラとはそう言う事で情報を共有することになっている』
『そう。でも、もしその方法を私が先に見つけて、一人しか人間にすることができないってなら、迷わずエコーに使うわよ?』
『あ、ありがとう』
『じゃあ、私は魔法の勉強とシャーとのお茶会に戻るわね』
『ああ』
俺はラビィとファングの組手を見ながらパイラとの念話を終えた。
「シェルオープン。……、今だ! 右!」
俺がそう言うと、ラビィの右膝蹴りが、ガードしているファングを吹き飛ばした。今朝、ラビィにこっそり伝えていた小技なのだが上手くいった様だ。それは、ラビィが膝蹴りを繰り出す際に、ブーツの底に仕込んだノズルを使ってその蹴りの威力を増幅すると言うものだ。爆発物質を作り出すラビィの能力を使って、飛行するための推力を得るためのノズルなんだが、こんな使い方もあるだろう。
「親父ぃ! 上手くいったぞ。これなら自分自身を爆発に巻き込まなくても良いな」
ラビィの声が、俺のハーネスに取り付けた巻き貝から聞こえてきた。
「ああ。あとは慣れだな。じゃぁ、切るぞ。シェルクローズ」
派手に吹き飛ばされたファングがゆっくりと立ち上がった。ラビィの側ではバーバラが何かラビィに怒鳴っている。その様子を遠目に見ながら、俺はラビィとの通信を切った。
「なにラビィに変な知恵を付けてるのよ」
モモが側頭部を傾けて、肩に止まっている俺を押してきた。
「面白いだろ?」
そんな会話をしているモモと俺の前に、突然レヒツが現れた。
「おい、お前! どっちが師匠の右腕に相応しいか勝負しろ!」
レヒツは右手の人差し指をしっかりとモモに向けていた。
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