第43話 パイラがダーシュの助手になった

「記述窓の存在はルムクィスト家の門外不出の秘技なのです。その秘技を使えるあなたをみすみす見逃す訳にはいきません」


 ダーシュのその言葉を聞いて身構えるパイラ。


「あぁ、そんなに心配しないでください。あなたを私の秘蔵っ子という事にしておきたいだけですよ。そうすれば他の魔法使いがちょっかいを出さなくなりますしね。それに年齢が近い研究仲間が居た方が研究は捗るというものですよ。周りは老人ばかりですし……」

「ええ」

「それに魔法を極めようとしているあなたにとっても悪いことでは無いと思いますよ。ルムクィスト家の人間との繋がりは」

「ルムウィスト家?」

「おや? ご存知ないのですか? ……あなたはやはり変わってますね。ではアッシュ=ルムクィスト、その名前に聞き覚えはありませんか?」


『アッシュ=ルムクィストって誰だ?』

『どこかで聞いたことが有るような……』


「この学園で習う筈なんですけれどね。史上十番目の大賢者の名前ですよ」


 ダーシュは少し呆れた顔でそう答えた。


「……大賢者」

「ええ、一応私はその家系に名を連ねる者です」

「子孫なんですね」

「そう、ただ残念ながら大賢者の才能を引き継いだ訳では無いのです。しかし大賢者アッシュが残した知識、つまり記述窓の使い方や様々な書物をルムクィスト家が所有しているのです。もちろん門外不出です。それを閲覧できるチャンスは有りますよ? 例えばこれです」


 そう言ってダーシュは引き出しから何かを取り出して机上に置いた。そこには汚い文字で『愛娘 父ちゃん臭いと 言い出した 灰』と書かれていた一枚の紙片が置かれている。


 おい! 川柳かよ!


「パイラ、あなたにこれが読めますか?」

「いいえ」


 パイラが読めないのは当然だ。その文字は日本語だからだ。つまりアッシュは転生者だったってことだ。


「アッシュが残した呪文の数々とは別に、この様な古代文字で書かれた謎の書が数多く残されているのです。祖先からの伝承によると、アッシュは古代文字の書を机上に並べては、夜な夜な頭を捻っていたらしいのです」


 そりゃ、川柳のネタを捻り出そうとしてたんだろうよ。あと古代文字じゃなく日本語な。


「私の家系の人間は、アッシュが残した呪文と古代文字とを解き明かすために身を削ってきました」


 片方の努力は無駄だけどな。


「まだまだ解き明かすべき知識は沢山あります。どうです? 興味が湧いてきませんか?」


『パイラ、古代文字は置いておいて呪文の方を探ってくれ。どんな魔法が有るんだ?』


「興味はあります。大賢者アッシュはどの様な魔法を残しているのですか?」

「やはり興味があるのですね? アッシュは様々な魔法を残していますよ。ただ、攻撃的な魔法と言うより利便性を追求する魔法が多い傾向があります。質を変化させる魔法も多いですね」


 これは! 俺が人間になる魔法のヒントがあるかも!


『パイラ、ダーシュの要求を飲んでくれ。アッシュの知識があれば、お前が使う魔法を進化させられそうだ』


「助手の件、承知しました」

「それは良かったです。でもその前に、あなたの特殊能力の事を教えてくれませんか? あなた魔女なんですよね?」


 ダーシュのその言葉で、パイラが再び身構える。


「あぁ、そんなに心配しないでください。私は魔女狩りなどの古い習慣を嫌ってますからあなたに危害を加えようなどとは毛頭考えていませんよ。ルムクィスト家のちょっとした秘密をお教えしたんです。ギブアンドテイクぐらいの軽い意味合いですよ。お互いに秘密を共有し合うってのも乙なものではありませんか」


 キザな野郎だ。


『パイラ、お前のギフト能力は、簡単な指示をしておくと眠っている間に勝手に体が動いて処理する能力、と言うことにしておいてくれ』

『何それ……』

『使いづらくて利用価値が分からない能力ってことで良いんだ。本当の能力は知られない方が良い』

『分かったわ』


「寝る前に簡単な指示を出しておくと、就寝中に体が勝手に動いて処理する能力です」


 パイラがそう言うと、一瞬怪訝な表情を浮かべるダーシュ。


「か、変わってますね」

「え、ええ。ですから使うことが無いのです。結局起きている間に自分で行動した方が正確で間違いが無いですから……」

「なるほど」

「恥ずかしいので、内密にしておいてもらえると助かるんですが……」

「……ですよね。でもこれで秘密を共有した訳ですから……。ああ、それでは私の助手、研究員の登録手続きをしておきますね」


  *  *  *


 パイラとダーシュが幾つかの事務的な話をしたあと、パイラはダーシュの書斎を後にした。


 パイラは先程来た廊下をもと来た方に戻っていた。左手には窓が並び、右手には等間隔でドアが並んでいる。


『自室に戻るのか?』

『ええ』

『ところでパイラ、例の後ろに1メートル転移する魔法だが、試してみたのか?』

『広い屋外で試したわ』

『結果は?』

『1メートル後ろに転移したわね』

『まさか服を残して体だけ転移しってことは無いよな?』

『あらぁ、その可能性もあったわね』

『……』

『身につけている物は一緒に転移したわよ』


 廊下の角を曲がったパイラは木製の階段を降り始めた。


『その呪文の中にある術者の聖刻は見つかったか? 時間が有る時にやっておいてくれと頼んでいた事だが』

『ええ、見てみる?』


 パイラがそう言うと半透明の管理窓ファイラーが視界の左端に現れ、表示されているリストが何度か切り替わった後、編集窓エディタが視界の右端に現れた。編集窓エディタには幾つもの文字が並んでいる。


『これよ』


 パイラが編集窓エディタの向こう側に右手を持ち上げた。そして人差し指と親指の間にちょうど収まる四文字があった。


 ふむ、分からん。だが、パイラがそれと言っているのだから判別ができたのだろう。


『なるほど。これ一つだったのか?』


『もう一つ有ったわ。ここよ』


 パイラが人差し指と親指で作った引用を僅かに右にずらす。するとそこには同じ四文字があった。


 術者の聖刻の右は両方とも空白で、左側は両方とも同じ文字があった。この呪文が記されていた本には、工夫して使えと書いていたんだ。きっと丁寧な呪文スクリプトの綴り方に違いない。


『なぁパイラ、いきなり話が変わるんだが、長いタイトルの本があるとするよな。例えば「魔女パイラと魔女モモの簡単調教術」というタイトルだ』

『何の話?』

『その本を何度も会話で使うとするよな』

『……ええ』

『何度も何度も話題に上がる場合はわざわざその本のタイトルを言わずに、「その本」などと言うよな?』

『ええ、もちろん。エコーは既に「その本」を三回使ってるわよ』

『そう言えばそうだな。でだ、スクリプトの中でも「その本」と同じ様に、一旦別の名前を設定して繰り返し使う方法があるはずだ。一旦設定する別の名前の事を変数と言うぞ』

『変数?』

『その変数は自由に名前を付ける事ができ、その変数には数字や聖刻を設定することが出来るとする』

『ちょっと待って整理するから』


 俺はうまく説明できてないだろうし、パイラは理解するのが難しいのかも知れないな。


『それって、内緒話で合言葉を決めておくのと同じ様な使い方って事かしら? つまり最初に合言葉の意味や値を決めて、その後にその合言葉を使って会話する、みたいな感じ』

『ああ、それだ! 合言葉は幾つもあるから識別するための名前を付けなければならない』

『その合言葉を変数って言うのね』

『ああそうだ、そして合言葉が示す内容を決めることを代入と言う。例えば「ほげほげ」という変数に「名もなき精霊の聖刻」を代入するんだ。他の例は「まにまに」という変数に数字の1を代入するんだ』

『そしてその後は、「ほげほげ」や「まにまに」という名前の変数を使っていくのね』


 飲み込みが早いな。


『さらに変数は代入を何度もできる。例えばさっき「まにまに」に数字の1を代入した。その後、「まにまに」に数字の2と「まにまに」の値を足した結果を代入することもできる。そうすると変数「まにまに」の値は何になる?』

『3ね』

『ああ、そこでお前の能力で確認して欲しい。スクリプトにはそんな使い方をする変数という概念が存在している、だ』

『ええ。……イエスね』


 そう言いながらパイラは建物から外に出る扉を開いた。目の前にはレンガを敷いた学園の庭園が広がっていた。


『なあパイラ、スクリプトの文字の意味は分からないんだよな?』

『ええ。聖刻は分かるのだけれど、それ以外は……』

『ダーシュの家、ルムクィスト家の連中はスクリプトの文字の意味を知ってるのだろうか?』

『ダーシュに聞いてみるわ』

『頼む』

『もちろんよ』


 俺はパイラに別れを告げて感覚の共有と念話を切った。

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