第141話 鎌鼬の技をモモに教えた

  *  *  *


 オーク狩りでモモの復帰を確かめた数日後のことである。ラビィは街道からわずかに離れた水場の近くで野営の準備をしている。背負っていた自分の荷物を下ろしたモモアンズも、薪を拾ってそれを手伝っていた。モモの荷物と一緒に木の近くに置かれているラビィの飛行凧を畳んだ背負子の上に、俺は止まってそれを見ていた。


「エコー、ちょっと良いかしら?」


 そんな夕暮れ時、巻き貝の魔法装備アーティファクトからシャーロットの声が聞こえた。


「シェルオープン。ああ良いぞ。何か有ったのか?」


 ラビィがちらりとこっちを見たが、焚き火を作る作業に戻った。


「エコーが預けた形の変な魔法装備アーティファクトの剣の鑑定結果が得られたのですわ」


 ヴェイルを襲った銀の鋏の幹部と思われる仮面男が持っていた魔法装備アーティファクトのショーテルをシャーロットに調べてもらっていたのだ。貴族であるシャーロットに、商売神の神殿への鑑定代を払わせているのは若干気が引けるが、まぁ仕方ない。パイラが居ればその能力を使って、ある程度は鑑定できるのだが……。


「何が分かったんだ?」

魔法装備アーティファクトの剣の効果とその発動条件ですわ。今、聞くことはできますの?」

「ああ、こっちは野営の準備中だから問題ない。頼む」

「まずその効果から説明しますわよ。それは、剣自体を見えなくするのです。発動条件は、剣の所有者であると登録した者がその剣を手にして消える様に念じる事ですの。所有者と認められるには柄の魔法陣と同じ柄の入れ墨を体の何処かに入れることですわ。剣を消し続けるためには術者の魔力を消費し続ける必要があるのです。普通の魔力量の人でしたら小一時間ぐらいですわね」


 普通の人の魔力量ってのがよく分からんが、魔力量が化け物並みのシャーロットなら年中その剣を消していても問題ないのかも知れない。


「魔力量を使い切ったら、魔法使いと同じ様に寝込んでしまうんだな?」

「ええ、そうですわ」

「それだけか」

「ええ、今回分かった情報はそれだけですわ」


 右手に普通の剣を装備して左手に見えないショーテルを装備したやつを相手にするってのは厄介だな。それをあのヴェイルって奴は返り討ちにしたって訳だ。


「……そうか、ありがとう」

「この剣ははどうしますの?」

「そうだな……、シャーロットが保管しておいてくれ」

「分かりましたわ」

「話は変わるが、銀の鋏の仮面男が持っていた荷物の調査はどうだ? シャルから何か連絡は有ったか?」

「転送はしましたけど、まだ連絡はないですわね」

「そうか……」

「おーい、ところで今晩の夕飯は何だい?!」


 火に勢いが煽り始めた付けた焚き火の前に座っているラビィが声を掛けてきた。


「今日は鴨のシチューですわ。野菜ときのこがたっぷり入ってますわよ」

「そ、それは楽しみだね……」


 眉を寄せながら応えるラビィ。少し離れた所ではモモアンズが打ち払い十手を手にしてトレーニングを開始していた。


「あと小一時間で仕上がるはずですわ。またその時になったら連絡しますわね」

「ああ、頼む。シェルクローズ」

「シェルクローズ」


 今日はモモに鎌鼬の技を伝授するか……。バグ女神に拉致される前にパイラの体に憑依して編み出した技だ。仮面を付けたモモであれば体得することができそうだしな……。


 俺は素振りを続けているモモアンズに向かって飛んだ。


「おーい、モモ。そろそろ新しい技を伝授するぞ。発気、五輪斬り、変身の次の技だ」

「……す」


 もぞもぞと話すモモアンズ


「ちょっと待ってろ、何だって?」


 俺はモモアンズの肩に止まって聞きなおす。


「ご、五輪斬りは、さ、三種類しか教わっていないのです」


 モモの肩に止まれば、その小さな声も聞くことができた。


 地輪斬りと空輪斬りはどんな技にするか考えていなかったな……。


「ああ、五輪斬りはすべてカウンター技だろ? それは次の機会にするとして、今日はこちらから仕掛ける技を伝授してやる」


 モモは火輪斬りを移動手段として空打ちしていたが、まぁ細かいことはこの際忘れておこう。


「そ、そうなんですね。で、では新しい技を、お、教えてください」


 ……しかし、なんか調子が狂うな。


「おいモモ、一旦変身しろ」


 モモは頷くと腰の仮面を手に持ち、目を隠している前髪を押し上げるようにして装着した。


「変身」


 モモがそう言うと、モモの気が瞬時に高まる。


「で? 今度はどんな技を教えてくれるって言うの? エコー師匠?」


 はっきりとした発音で、肩に居る俺を側頭部で軽く押しながらモモが言った。


鎌鼬かまいたちという技だ」

「鎌鼬? それってどんな技?」

「まぁ、簡単に言えば剣撃を飛ばす技だな。言うのは簡単だが、実践するのは難しいかも知れない」

「私に出来ないって言いたいの? できるまで練習を止めないから、絶対できるわよ!」

「もちろん、お前ならできるに違いないと思ってるさ」

「え? えへへ」


 俺の期待が嬉しいのだろう、左手で頭を掻きながら照れ笑いをするモモ。目は仮面で見えないが口角が異様な程上がっている。


「実際に技を放っているのを見せる方が手っ取り早いんだが、今はそれが出来ない。口で説明するからイメージしろよ」

「分かったわ」

「まず、普通の攻撃ではカタナの刃で対象を分断するイメージで斬るだろ?」

「……あまり意識した事はなかったけど、そう言えばそうね」


 右手に持った打ち払い十手をゆっくりと振ってそのイメージを確認するモモ。


「で、斬撃を飛ばす鎌鼬の技だが、その感覚でカタナを振っては駄目なんだ」

「どう言う事?」

「カタナの刀身全体を使って、斬撃を押し出すイメージで斬るんだ。通常攻撃の分断する感覚で斬ると、飛ばすべき斬撃が前に進まずカタナの刃で分断してしまうんだ。イメージできるか?」

「いつも通りのぶった斬る感じだと駄目なのよね? それは分かったけど……」

「まぁ俺がカタナの振り方は指導するから心配するな。だがさらに技を発動させるためにクリアすべき点が有るんだ。それはカタナを振る速度が遅いと、飛ばす斬撃がそもそも生じないって事だ」

「いつものぶった斬る感じじゃない振り方を覚えて、それを早く振る様にするってことね?」

「そうだ。刀身の根本から切っ先全体を使って斬撃を作り出しながら押し出す繊細なコントロールを、目に止まらない程の速度で振る動作と同時に行うんだ」

「ふぅん、……なるほどね」

「最初はゆっくりと斬撃を押し出す動作を覚えるんだ。それを体得できれば後はその速度を上げていけば良い」


 俺はそう言って、モモの肩から飛び立ち近くの木の枝に飛び移った。


「まずはゆっくりとお前がイメージする通りに振ってみろ」

「分かったわ」


 モモは打ち払い十手を腰に差し戻し、抜刀したカタナを上段から袈裟斬りの太刀筋でゆっくりと振り下ろした。


「まぁ、思っていた通り全然違うな。まずは刃の根元を先に前方に出す様に振り始めるんだ」


 再度、モモがゆっくりと袈裟斬りを繰り出す。


「カタナの切っ先が最も体から離れる瞬間をもっと早く。その瞬間が、斬撃が刀身から放たれる瞬間でもあるからな」


 再びゆっくりと袈裟斬りを繰り出すモモ。


「今の振り始めの一秒はいい感じだ、それから……」


 その後、俺たちは鎌鼬を発動させるための素振りを何度も何度も行ったが、その日のうちに納得がいくカタナの振り方には到達することは出来なかった。


 俺が人間になってその技をモモに見せてやる事が出来れば、伝授も楽なんだが。


 早く人間になりたい。


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