第142話 森の中でラビィを待った

  *  *  *


 昼前だと言うのに木々の間から見える太陽は低い位置にあり、さらに鈍色の雲がそれを覆い隠していた。モモとラビィが目的地に進むのを拒むように冷たい向かい風が吹いている。


「寒いなぁ」


 ラビィが吐く息が僅かに白くなり、後方に流れていく。


「何度目だよ、その台詞は」


 モモの肩に止まっている俺は言った。


「だって寒いじゃないか。テロワールは、なんて所に潜んでるんだよぉ」


 肩をすくめて寒がっているラビィの横では、別段寒がる素振りを見せないモモアンズがしっかりと歩を進めていた。蓑にくるまっているミノは寒がっている様子はないが、のんきに周囲の風景を楽しんでいる。


 ルーシャ国に入った俺たちはテロワールの隠遁場所に向かっていた。ワズモーグの街の北に広がる漆黒の森と呼ばれる僻地にその場所が有ると言う。もちろんミナールからの情報だ。


 針葉樹が多く茂る漆黒の森に入って暫く細い道を進むモモ一行。


「そろそろ良いかな?」


 ラビィが周囲を見渡しながら言った。事前の打ち合わせ通り、ラビィはこれから空からテロワールの住処を探すのだ。


「じ、じゃあ、あの森で……」


 モモアンズが街道から少し離れた小さな森を指差した。ラビィが空を飛ぶところを人に見られない様にするため、森の中から飛び立つ予定なのだ。


「ん~。通行人も居ないから此処から飛ぶよ。戻ってくる時はあそこの森の中にするからさ」


 ラビィが背負子を下ろすと、モモアンズがそれを受け取った。何度か軽く屈伸し両腕をストレッチしたラビィは、


「よっ」


 という言葉と共にジャンプした。それと同時に爆発音が連続して発生し、あっと言うまにラビィは上空に登っていった。


「うほっ、相変わらず軽々と飛んで行きよるのぉ」


 感心するミノ。


「あ、あっちで、ま、待ってましょう」


 モモアンズは待ち合わせ場所とした小さな森に向かって街道を外れ歩き出した。


 暫く歩くと目的の小さな森の縁に着いた。適度に灌木が茂っておりその内側を覗くことは難しい。


「おい、念のため変身しておけ」


 視界の効かない森に入っていくのだ、多少は警戒しておいた方が良い筈だ。


「ん」


 モモアンズは腰の仮面を取りそれを被った。


「変身」


 モモの気が瞬時に高まった。ラビィの背負子を左手に持ち、右手にはいつの間にか抜刀したカタナを握っていた。


「入るわよ」

「ああ」


 カタナを振るいながら、灌木をかき分け森の中に踏み入って行くモモ。


「っとにもう、邪魔ね」

「仕方ないだろ」


 森の縁では太陽の光を浴びやすいため灌木の背丈は高かったが、中に入るにつれて灌木の幹は細く低くなり藪と変わらなくなっていった。


 やがて俺たちは周囲を木々で囲まれた広場に出た。


「此処が良さそうね」

「そうだな」

「ふふ、魔物が襲ってきたりして」

「やめろよ」

「冗談よ」


 広場のほぼ中央まで来たモモは、周囲をざっと見渡しながらラビィの背負子を地面に降ろした。そして自分が背負っている荷物も降ろす。


「さてと、警戒は解いても良さそうだし、せっかくだから変身は解かずに鎌鼬の練習をするわよ? 少しでも慣れておきたいからね」

「そうだな、そうするか」


 相変わらず真面目に訓練を積むんだな……。


「ワシも少し体を動かすぞ。エコーの背中にずっと乗っておっては体が鈍るんじゃ」


 背中のミノが言った。


「ああ、そうだな」


 俺はモモの肩から地面に降り立ち、ミノが地面に降りるのを待った。ミノは俺から降りると、まるまるとした蓑から出た細い手足を振り回して駆け出した。


「ねぇ、エコー! ずっと気のせいかもって思ってたんだけど、あんたの周りになにか居るの? もしかしてシャーロットの魔法か何か?」


 俺の元から駆け出したミノがピタリと止まり、俺の方をじっと見た。


 モモにはミノのことを言っていない。ラビィと俺にしか見えないし話せないから言っても仕方ないと思っていた。俺たちがミノに話しかけるのは稀だったし、その時モモは大抵離れていたのだ。あるいは独り言だと思っていたのかも知れないが……。


「モモ、何者かの気配がするのか?」

「はっきりとは分からないわよ。五輪斬りの技って攻撃範囲に入ってきた対象を斬るじゃない? そのときはもちろん対象を目で追うことはしないでしょ」

「あ、ああ。無論だ」


 そう言えば、俺はパイラの体を借りた時に火輪斬りしか放ったことがない。魔法学園でシャーロットがカジャから襲われたときだ。しかもその時はカウンター技として使わずに既に見えている攻撃圏内の敵を斬っただけだ。つまり、後の先を取る様なカウンター技として五輪斬りを使っているのはモモだけなのだ。


 モモは視覚以外の感覚で対象を感知しているのか……。


 知らなかった。


「その感覚を研ぎ澄ますための練習をしてるのよ。母さんから教えてもらったを、攻撃圏内の音や空気の変化以外にも感じることが出来ないかなって工夫してるのよ。エコーも気を使ってる?」

「あ、ああ」


 知らん。お前ら姉妹には気を使いっぱなしだがな。


 それともう一つ、格闘家でもあるバーバラは気を使うのか……。


「私も気を感じるのはまだまだだけど……、ほら、そこ!」


 モモが指を指した先には、さっきから止まっているミノが居た。


「ほえぇっ! ワシを認識できる者がもう一人おった! どうじゃ、ワシの信者にならんか!?」


 ミノのその声はモモには聞こえていないようだ。


「モモ、ちょっと試したいことが有る。ミノは戻ってこい」

「ミノって何?」


 俺はモモの質問を無視した。ミノは俺の方に戻ってきて、ハーネスを掴んで俺に乗り、いつもの首の後ろに跨った。


「もう一度、気配があるか確認してみてくれ」

「いいわ。……、もう何も感じないわね。エコーを感じる事ができるだけよ」


 俺の居場所も分かるのか!?


「エコーの気とやらが強いのかの? ワシはまだ完全に顕現できておらんからその影に隠れておるのかも知れんの。じゃが、ワシを認識できると言うことはモモを信者にできるかも知れぬか……」

「ミノすまん、もう一度向こうに行ってみてくれ」


 ミノが再び地面に降り、さっきとは違う場所に移動する。


「モモ、もう一度気配があるか確認してみてくれ」

「ええ。……、あ! そこ!」


 モモはしっかりとミノを指さしていた。


「モモ、実はな――」


 その時、上空から連続した爆発音が近づいて来た。その黒い人影が地面に降り立つ。


「親父! 姉貴! 見つけたよ!」

「お、おう」

「ん? 何か有ったのかい?」

「ああ、道中話す。出発するぞ」

「わかったわ」「よし! 行こう」


 モモは仮面を取り外し自分の荷物を背負い始める。ラビィも折り畳んだ飛行凧の背負子を背負った。駆け寄ってきたミノを乗せた俺は羽ばたき、モモの肩に止まった。


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