第80話 ダーシュから本を貰った
* * *
シャルがミラナイとラビィが見守る眼の前で赤々と熱せられた短刀を打っている。俺はラビィの肩に止まってその様子を見ていた。
俺には鍛冶の事はよく分からないが、シャルの手際は良い。ミラナイが関心した様な表情を浮かべているからシャルの腕は間違いなく良いのだろう。
『エコー、ちょっと良いかしら』
そんな時、パイラからの念話が届いた。
『ああ、ちょっと待ってくれ』「ラビィ、暫くパイラの様子を見てくる」
俺はパイラとの念話に続けてラビィに言った。
「そう言えば親父は、パイラ姉さんと遠くでも意思疎通ができるんだよな。羨ましい」
「お前とも、巻き貝の
「あれは音で繋がってるんだ。でも、姉さんと親父は心で繋がっているんだろ? やっぱり羨ましいな」
「……。その話はまた今度な。俺がパイラの様子見ている間、こっちの様子が分からなくなるから俺の身体を守っておいてくれ」
「もちろんさ! ふふふ」
そう言うとラビィは俺の身体をそっと掴み、胸の前で抱きかかえた。
「へ、変なことをするなよ?」
「変じゃなければ、何をしても良いのかい?」
「良いわけないだろ! お前が喜ぶんだったら、それはやるな。良いな!?」
「ちぇっ。じゃあ、大人しく抱いておくしか無いか」
「お前、何をするつもりだったんだ?」
「もちろん、秘密さ」
俺の頭を撫でながらそういったラビィ。
「……」『パイラ、感覚を共有させてもらうぞ』
『いつでも良いわよ』
ラビィが心配だったが、俺はパイラの感覚を共有することにした。
右手に窓が並び、左手にはドアが並んでいる魔法学園の廊下をパイラは歩いていた。パイラの左側には金髪のシャーロットが並んで歩いている。
『何処に向かってるんだ?』
『ダーシュがようやく学園に戻ってきたのよ』
『お前たちが無事だって報告に行くのか?』
『それは大分前に伝達してるからダーシュは知っているの。今日はダーシュの研究室の研究員としての活動の再開と再会の挨拶よ』
『シャーロットもダーシュの研究員なのか?』
『いいえ、だからそれもお願いしに行くのよ』
そしてパイラはある扉の前に立つ。ノックをしてその扉を開けるパイラ。開いた扉の向こうの部屋の奥の机にはダーシュが座っていた。
パイラとシャーロットが入ってくるのを確認したダーシュはその場で立ち上がった。
「やぁ、パイラにシャーロット、よく無事だったね。先行させた馬車が襲われたと聞いたときは驚いたが、更に二人が誘拐されたと聞いたときはもっと驚いたよ。何せその理由が分からなかった」
「シャーロットの誘拐目的だったらしいわ」
「ああ、それを伝言で聞いたから、各所に散開させた部隊のミッションを、君たちの行方の捜索から誘拐を指示した者の捜索に切り替えたんだがね……」
「そう……。ところで、私がその馬車に乗っていることやダーシュの軍の演習に私が付いて行ってたことを、賊はどうやって知ったかしら?」
シャーロットがダーシュに言った。
「それも調べさせているよ。君達が囚われたと思われる小さな集落は見つけたんだが、既にもぬけの殻だった。何か痕跡が無いかも調べさせたんだけどね。それに王国第二騎士団直属の魔法兵を襲ったんだ、軍も総出で賊を追っているよ。ただ、あまり進展はない」
ダーシュは残念そうな素振りで言う。
「シャーロットはクロスコン家だったね?」
「ええ、そうですわ」
「最近領地を拝領したね。確か……」
「エクリプス領ですわ。五年前に拝領したばかりですから、まだ発展途上なのですわ」
「営利目的か、あるいは怨恨……」
ダーシュが机の天板と指でトントンと叩きながら呟いている。
「ところで、ダーシュに言っておく事があるの」
「何だい? パイラ」
「例の記述窓の秘密、シャーロットも知ってるわ。私たちは
「……そうですか」
暫く考えた後にダーシュが言った。
「私達が閉じ込められていた牢から魔導書無しで脱出しなければならなかったのだから、その途上で知ることになったのよ」
「それは仕方ありませんね。ところでシャーロットは
「ええ。教えたわ。そして使えるようになったわ」
さらりと嘘を付くパイラ。
まぁ、パイラが代わりに記憶させるのであれば、シャーロットが
「そう言うことだから、シャーロットもここの研究員にして欲しいの」
「まぁ、仕方ないですね。いえ、是非お願いしたいですね。その秘技は他の人に言いふらさないで下さいよ?」
シャーロットを見てダーシュが言った。
「もちろんですわ」
「早速だけど、魔法の研究を再開したいのだけど……」『それを待っている人も居るしね』
パイラが言った。途中からは俺との念話だったが。
『ああ、首を長くして待ってる』
『結婚が掛かってるものね』
『それは掛かってない』
『あら、残念』
「研究を再開したいのは山々なんですが、少し面倒な用事が有りまして。此処を発たなければならないんですよ。そうですね、この部屋の鍵を渡しておきますから、ご自由に使って下さい。本棚に並んでいる呪文の書は、ほとんどが図書館に有るものと同じです。ただ……」
ダーシュが立ち上がり自分の後ろの本棚に振り向くと、一冊の本を取り出し机の上にそっと置いた。
それは他の本と差が無い、むしろ地味な表紙の本だった。しかも、かなり薄い。
「これは?」
「アッシュ=ルムクィストが残した本です。レプリカですけどね」
表紙をそっと開くダーシュ。一枚目のその紙には『魔法のメモ 恥ずかしいから見ないでね』と書いていた。日本語でだ。
『おい! これは!』
『どうしたの? エコー?』
『お前は読めるか?』
『書かれているのは古代語でしょ? 読めないわ』
だよな。
『俺は読める。だからこの本を確保してくれ。後で読みたい』
『わ、わかったわ』
「その本を持っていくの?」
「興味がありますか?」
「……ええ」
「もちろん置いていきますよ。誰も読み解けてませんからね。協力者は多い方が良い。何か気付いたことがあれば是非教えてくださいね」
「ええ」
その反応を見てふっと笑うダーシュ。
「どうしたの? ダーシュ」
「いえいえ、期待してますよ。さて、そろそろ出立しなければ。君達はゆっくりとしていくと良い。ああ、戸締まりはちゃんとしておいてくださいね」
ダーシュは何処からか取り出した鍵を机の上に置き、その部屋を出ていった。
「お姉様、古代語が読めるのですか? それとも理解できる方法があるのですか?」
「え? シャーはどうしてそう思うの?」
「ダーシュに何か分かったら教える様に言われたときのお姉様は、読める雰囲気を出していましたわよ」
「あら」
あら、じゃねえよ!
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