第81話 呪文の一部を理解した

 アッシュ=ルムクィスト、史上十番目の大賢者にして転生者。そいつが残した日本語で書かれた本が目の前に有る。


 パイラはダーシュの研究室の机に向かって座っていた。シャーロットはパイラの横に寄り添う様に立っている。


『自分のペースでページを捲りたい。ちょっと身体を借りるぞ?』

『いいわよ。優しくしてね』

『……』


 俺はパイラに憑依してページを捲った。


『何て書いてあるの?』

『ああ、書いている内容をそのまま読むぞ。……日本語を読めるってことは転生者だろ? こっちの言葉は覚えた方が良いから頑張って覚えろよ。魔法はほぼプログラム言語と同じだ』

『ニホン語? それに、プログラム言語って何?』

『日本語はあっちの世界の言葉だ。プログラム言語はあっちの世界の呪文スクリプトみたいなものだ。続けるぞ。……お前がこっちの世界で不自由無く魔法使いとして生きるには、こっちの世界の言語と、魔法のプログラム言語を覚える必要がある。と、此処までがこのページに書かれているな』


 情報量が少ないな……。そもそも一ページに書いている文字数がかなり少ない。


 俺は次のページを捲った。


『川柳に興味はあるか?』

『え? 私に聞いてるの?』

『あ、いや、パイラに尋ねた訳じゃない、此処に書かれているんだ』

『そのセンリュウって何?』

『あっちの世界の言葉を使った物凄く短い短詩だ。あ~。この見開きは川柳の素晴らしさを説明しているから省略するぞ……。いや、最後にこう書かれている、……プログラムを構築するときも川柳の様に練って練って仕上げるべきだ』


 ……いや、確かにそうかも知れないが、アッシュの気持ちは誰にも伝わらないと思うぞ……。


『それって重要?』

『いや、今は忘れてて良い』


 そう言いながら俺は次のページを捲った。


 そのページには表が描かれていた。左側のカラムには日本語じゃない記号、魔法で使う文字列が書かれている。右側には日本語で意味と解説が書かれていた。


『こりゃすごい! 呪文スクリプトの単語とその意味の対応表が書いてあるぞ!』

『あ、呪文スクリプトで使われる数字が有るわ。他は……、分からないわ。数字以外は私には全然分からないのだけれど、エコーには分かるのよね?』

『ああ、横に日本語でその意味が書いてある。数字の他にも、長さや重さの単位があるな。メートルやグラム、キログラムなどだ。時間の単位、体積の単位も有るぞ』


 知識神が言語や単位をこっちの世界の全人類に教えたとか言ってたが、魔法のプログラムでも単位系は同じなんだな……。


『色や四則演算子、代入演算子、論理演算子なども有るな……』

『論理演算子?』

『それは後でゆっくり説明するさ。次に行くぞ』


 俺は次に書かれている内容に期待しながら、ページを捲った。


 そこには、『老う程に 緩む涙腺 下半身 灰』の一句だけが書かれていた。


 灰の文字は詠み人であるアッシュの意味か……。


『さて次だ』


 俺はスルーを決め込んで、さっさと次のページに進んだ。


『え!? 今のページは何て書いてあったの?』

『俺に解説を求めてるのか?』

『もちろんよ。見開きを全部使っての短い文だったじゃない。何か強いメッセージが有るんじゃないの?』

『……無い』

『そうなの?』


 ああ、前の世界でも俺は三十代までしか年を取っていないから、この五十代ぐらいの自虐ネタのツボにははまれない。


『そうだな……、敢えて言うなら積み上げた人生経験の深みと時の流れの恐ろしさを噛み締めよ、と言うメッセージだ。多分、知らんけど』

『流れ行く時間を大事にしなさいってことね。耳が痛いわ。今までの自分を考えると……』


 いや、そこまで真剣に受け取ってもらわなくても……。


『続けるぞ? このページに書かれているのはこんな感じだ。……この世界の魔法はこの世界に何らか作用を及ぼすオブジェクトのメソッドを利用することによって発現させている。オブジェクトは複数あり、まるで神や精霊の様に超自然的なモノとして形作られている。そしてその識別は聖刻と呼ばれる物で為される』


 まぁ、これは気付いているから良いか……。


『その様なオブジェクトをこっちの世界に合わせて魔素体と呼ぶことにする。メソッドを使って魔法を使う条件は二つ。一つは魔素体の聖刻を獲得すること。もう一つは魔素体のメソッドを利用して術者の利用権限を登録すること。後者はそのメソッドを知ることが重要となる……』


 なるほど。維持神の聖刻を知っていてもその魔法を使えないのは、まず術者を登録して魔法を利用できる様にしなければならからか。恐らく登録用の魔法だけは登録無しでも発動するのだろう。


『……ねぇエコー? 何を言ってるのかさっぱり分からないんだけど』

『魔法を使うときには聖刻が必要だろ? その聖刻は、魔素体を指し示す印だと言うことだ。これは以前説明したと思うぞ。例えば風の精霊という魔素体の本体は別の所にあるが、その本体を指し示しているのが風の精霊の聖刻だ。本体の居場所を示しているからポインターなんて呼ぶことも有る』

『術式? メソッド?』

『ああ、オブジェクトの属性は説明したが、メソッドはまだだったな。火の精霊が持っている火を灯す術式や、名もなき精霊の転移する術式などのことだ。その術式、つまりメソッドを呼び出すと呪文が発動する。神だとか精霊だとかの魔素体が、術式メソッドを持っていると考えたら良い。そしてその術式メソッドを呼び出す前には色々準備が必要なんだ。例えば誰を転移させるとか、どの程度離れた先に火を灯すかなどのパラメータの準備だ。そのパラメータを術式メソッドで指定すると、そのパラメータ通りの魔法が発動する』

『理解できた、と思うわ』

『聖刻の文字列の後に、所属演算子が続き、その後に術式メソッドが続くはずなんだ。まぁそれは後でゆっくりと確認しよう』

『聖刻が指し示している魔素体が、持っている、術式メソッド、という事ね』

『ああ』


 飲み込みが早くて助かる。


『ついでに言うと、一つの魔素体には幾つかのレベルの術式メソッドがあると考えられる。誰でも使える低位レベルの術式メソッドとか、許可された者しか使えない高位な術式メソッドとかだな。それぞれのレベルの魔法を使うためには、レベルに見合った術者登録用のメソッドがあるはずだ。例えば維持神の刻印を知っているだけでは、その初級魔法すらも使えないんだろ? 初級魔法を使える様に、維持神の魔素体に術者を登録すれば使えるようになる。維持神の上級魔法も同じで、上級魔法を使える様に術者を登録する術式メソッドがあるはずだ』

『その術式メソッドが次に書かれているのかしら、楽しみね』

『ああ』


 俺はページを捲ったが、そこには何も書かれていなかった。


『あら?』

『どういう事だ?』


 ページを捲っても捲ってもその後は白紙が続いた。


『魔法で文字を消しているのか? パイラ、能力で調べられるか?』

『……、イエスでもノーでの無いわ』

『つまり、魔法の類では無いってことか……。ふむ。それは後で調べるとして、さっきの呪文スクリプトの単語とその意味の対応表を説明するから、お前はこっちの言葉で記録しておいてくれ』

『分かったわ』


 そしてその後、俺はパイラに呪文スクリプトの単語の意味が記されている一覧表を一行づつ説明し、パイラはそれを記録する作業を行った。パイラは編集窓エディタを開き、呪文スクリプトの単語に続けてその意味をこっちの言語で記録していったのだ。

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