第151話 パイラが一番食えなかった

  *  *  *


 眼の前のベッドの上には、穏やかな顔の石の彫像が横たわっている。石化したパイラだ。


 ここはクロスコン家の主城が寄り添うように建っている切株山の頂上にある霊廟の中だ。その中のベッドの傍らにシャーロットと俺は居た。ミノはベッドの上に乗っており、モモとラビィには外で待機してもらっていた。


 ベッドの横の小さなテーブルの上には解毒薬が入った器が置かれていた。シャーロットの手にはミナールから受け取った石化を解除する薬瓶が握られている。ミナールによると、月光の雫と言う名の薬らしい。


「そ、それでは始めますわよ?」


 シャーロットが震える声で言った。五年越しでようやく、パイラの石化解除と解毒ができるのだから、無理もない。


「ああ、始めてくれ」


 手も足も出せない俺はシャーロットに頼むしかなかった。


「ふぉ! わらわの巫女がいよいよ目覚めるのじゃな!?」


 本名を知って以来、自分のことをわらわと言うミノがはしゃいでいる。


 シャーロットは掛け布団を半分程下ろし、僅かに薄黄色に光っている月光の雫をパイラの胸元に一滴垂らした。


 その雫は、パイラの石の肌が静かな水面であるかの様に波紋を作り出し、同心円状に全身に広がっていった。


 白い石の肌が徐々に赤みがさした肌色に変わっていく、そしてすぐにどす黒く変わっていった。


 咳き込むと同時に目を覚ますパイラ。


 シャーロットはパイラのうなじの下に左手を差し込み身を起こさせる。


「お姉様、解毒薬ですわ。飲んでください」


 シャーロットが右手に持った器をパイラの口元に寄せると、パイラは苦しみながらもそれを飲んだ。時間をかけてそれを全て飲み干したのを確認したシャーロットはそっと左手を下ろしパイラを完全に横たわらせた。


 パイラは何度も咳き込んでいたが、次第に落ち着きを取り戻していった。どす黒い肌の色も次第に血色の良い色に変わっていく。


「……、戻ってきてくれたのねエコー」


 シャーロットの肩に止まっている俺を見つけたパイラが呟いた。


「お姉様! お姉様、お姉様!!」


 シャーロットがパイラの胸に覆いかぶさったので、俺は羽ばたきベッドの周りを旋回した。


 シャーロットの頭をそっと撫でるパイラ。シャーロットの背中に飛び乗り飛び跳ねるミノ。


「ふおぉ!! わらわの巫女が目覚めたぞ! 目覚めよったぞぉ!」


 小人のミノが飛び跳ねている様子を怪訝な表情で見ているパイラ。


 ミノが見えているんだな……。


『パイラ、聞こえるか?』


 俺は久しぶりにパイラに念話で呼びかけてみた。


『ええ、もちろんよ。ついさっき石化しはじめたと思ってたのだけど、気がついたら解除されているのね。私が石化から戻るのにどのぐらい掛かったのかしら?』

『五年だ』

『五年……。シャーロットもすっかり淑女になってしまった様ね。皆も大人になったのかしら?』

『モモもラビィも外見はしっかりと成長しているぞ』

『ふふ。エコーは全然変わらないように見えるけど?』

『俺は既に成鳥だったらしいな』

『エコーがお祖父ちゃんになってしまうまでに戻れて良かったわ』

『だな』

『そうなったら、家族が増えないものね』

『……、お前、何言ってるんだ?』

『私は何を言ってるのかしらね? ところで私の頬を撫でているこの子は誰?』


 パイラは、思いっきり広げた両腕で自分の頬を挟んでいるミノのことを聞いてきた。


『豊穣神のテミスだ。俺はミノと呼んでいるが。パイラがシャーロットと一緒に隠れた遺跡があっただろ? あそこに封印されていたらしい。まぁ、詳しい話は後でする』

『神様なの……。この子もエコーが連れてきたの?』

『意図せずにだがな』

「お姉様、体の調子はいかがですの?」


 身を起こしたシャーロットが目元を拭いながら言った。


「ええ、毒さえ抜けてしまえば問題ないわ。今すぐにでも動けそうよ」


 上半身をゆっくり起こしながらパイラは言った。本当に体調が良さそうだ。


「それは良かったですわ」

「シャーロットはパイラの為に身を粉にして尽くしてくれてたぞ。ちゃんと礼を言っておくんだな」

「私はお姉様の為に当然のことをしたまでですわ」

「シャー、ありがとう。エコーを連れてきてくれたのね?」

「……、お姉様、外でモモとラビィが待ってますわ。その装いのままでは何ですからお着替えになっては如何です? 髪は私がかしますわ」

「ええ、ありがとう。でも……、石化は解除できても、火傷は治らないのね」


 火傷が残る左手を眺めながらパイラが言った。


「エコー、レディが着替えるのですから外で待っておいていただけるかしら?」


 その部屋への唯一の扉に歩み寄り、僅かな隙間を開けて手で示しながらシャーロットが言った。そこから飛んで出て行けという事だろう。


「ああ、外で待ってる」


 俺は素直に霊廟から外に飛び立った。花畑の一角のベンチで寝転がって空を眺めているラビィと、その側で花壇の花を眺めているモモのもとに飛び寄った。


「あ、親父。どうだった?」


 俺を見つけたラビィの声に、モモも振り返る。


「ああ、石化も解けたし、解毒も済んでる」

「よし! じゃあパイラ姉さんに会いに行くか」

「いや、今着替えている最中だ。外で待ってろってさ」

「ふ~ん、そうなんだ。あれ? ミノは?」

「ああ、置いて来てしまったな。まぁ良いだろ」

「だね」


 ベンチから飛び起き大きく伸びをするラビィ。


「親父が居なくなって起こった問題が、これでやっと解消されたって感じだな」

「俺のせいだったのか?」

「ははは。誰のせいでも良いけど、問題解決にはボクは色々役に立っただろ? じゃあ、ご褒美をもらおうかな?」


 ラビィが飛びかかってきたので、俺は飛び立ち逃げる事にした。


「ほら親父! 待てってば」


 誰が待つか!


 モモはその様子に興味が無いらしく、花壇の花を再び眺めていた。


  *  *  *


 暫くすると、霊廟からパイラとシャーロットが出てきた。パイラは薄青色の動きやすそうなワンピースを着ている。その肩には貫頭衣の様な服を着て、肩と胸周りに短い蓑を纏ったミノが座っている。目鼻筋がはっきりとした少女にまで成長していた。


 どうなってるんだ?


「モモ! ラビィ! シャーに聞いたわ。二人共ありがとう!」

「姉さん!」「……」


 ラビィとモモアンズがパイラに駆け寄りながら言った。まぁ、モモアンズの声は聞き取れなかったが。


「ところでパイラ、ミノが成長しているがどうしたんだ?」


 モモアンズの肩に止まりながら俺は言った。


「ふふふ、私とシャーは豊穣神テミスの眷属になることに承諾したの」

「そ、そうか……」


 俺が知らない間に霊廟の中で交渉が成された様だ。その影響でミノも成長したというのか……。


『それから、テミスと使い魔の契約を結んだわ』

『なっ、んだと?!』

『もちろん双方同意の上よ。ほら、バーバラ師匠もドラゴンのクレインと契約しているそうじゃない? シャーに聞いたわよ。一緒に聞いていたテミスに相談してみたら即決してくれたわ』

『信者を集める事が交換条件だろ? 随分と時間が掛かると思うぞ? パイラはそれで良いのか?』

『あら、もちろんよ。だってエコーが人間に戻る手段を探すのにも時間が掛かるかも知れないでしょ? だったらテミスと一緒に、私もエコーも歳を取らない方が良いじゃない? いつか家族を増やすためにもね』

『あっ!!』


 テミスの寿命にパイラの寿命は引っ張られる。そしてパイラの寿命に俺も……。


「これからも末永くよろしくね?」


 満面の笑顔で屈膝礼カーテシーをしてみせるパイラ。


 やはり、パイラが一番食えない魔女だったか!


「ははは、よろしく」


 だが、満更でも無い気もする。




 俺が人間になる探索の旅も、まだまだ先が長そうだな……。


 おしまい。





◇ ◇ ◇

面白いと思っていただけたら、ハートや星で応援していただけると嬉しいです。

また、誤字脱字の指摘も歓迎です。


これでこの物語を一旦終えようと思います(もしかしたら続けるかも知れませんが)。

いずれにせよ筆者は更新が遅めなので、石化したとでも思ってくださいませ。

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