第148話 クレインが現れた

 そこには二十代後半の女性がいた。寒いのにも関わらず、黒いレザーの短パンにスポーツブラの様なノースリーブシャツを着ている。長い黒髪とも相まって、その異常な程の白い肌が際立っている。更に異常なのが、その瞳だ。瞳孔が楕円形に開いており、その周りの虹彩が黄金色だった。


 その目で睨む様に周囲を見渡す。


「あら、テロワール! 今、戻ったわよ」


 表情を緩め、要所を金属で覆った肘まである手甲を付けた手を振りながらその女性は言った。


「お帰りクレイン。ちょうど良かった、お前さんとの待ち合わせ場所の管理をどうしようか考えてたところだ」


 落ち着いた様子のテロワール。突然の衝撃音を確認するためにキッチンから飛び出してきたリンカもクレインを見定めると、何事もなかったの様にキッチンに通じる扉の向こうに姿を消した。


 ……クレインか。


 何! クレインだと!?


「おい、クレイン! お前が欲しい!」


 俺がつい吐き出してしまった言葉に驚いたクレインがこちらを見ている。


「あ、いや、言い間違いだ。お前の血を少し分けてくれないか?」


 俺は翼を広げてながら言った。


「わ、私にはバルバロッサと言う大切なパートナーが居るから、君のものにはなれないわよ。ちょっと待って……」


 クレインは俺たちが囲んでいるテーブルに近寄り、空いている椅子に座った。そしてそこにいるモモ、ラビィ、俺、ミノをゆっくりと見回した。


「ところで、人間になる方法は見つかったの?」


 俺を見ながらそう尋ねるクレイン。


 ……なるほど。


「なぁ、クレイン。今バルバロッサと繋がってるだろ?」

「え、え? ねぇバル、どういう事? この子何処まで知ってるの?」


 あたふたとするクレイン。


「口から念話が漏れてるぞ、クレイン。漏らさない様に、ちゃんと念話に集中しろよ」

「あら? あ! ね、ねぇバル、代わって!」

「……」


 一瞬の後、落ち着いた雰囲気になったクレインがそこに居た。


「クレインの血が欲しいんだな?」


 クレインとの使い魔の契約を結んでいるバーバラが憑依している様だ。


「ああ、パイラを解毒する為に必要なんだ。お前の事だから、誰かから聞いたりして知っているんだろ?」


 クレインに憑依しているバルバロッサ、つまりバーバラは、この事をミナールから聞く以外に、ラビィの知覚を覗き見したタイミングで俺たちの会話を聞いているかも知れない。ラビィが居る手前、それは表に出さずに俺はそう言った。


「聞いているぞ」


 オカマ言葉ではなくバルバロッサとして話すバーバラ。


 クレインが嫉妬しない時はバルバロッサとして振る舞って良いんだな。ふふ、哀れな奴め……。独り身の俺には全く関係ない話だ。


 原因不明の敗北感で少し胸が締め付けられる気したが、今はそれどころではない。


「パイラの石化を解除して解毒したら、俺は人間に戻る方法を探る予定だ」

「そうか、期待しているぞ」


 バーバラはクレインを本当の人間にする手段を探している。俺も同じ手段を探しているので協力し合う事を約束しているのだ。


「モモの情報をくれただろ? ありがとうな」


 ある日の野営中、ラビィが寝ている間に憑依したバーバラが残したメッセージを頼りに、俺たちはモモを見つけ出したのだ。


「俺たちの目的にたどり着くのを早めるためだから、礼には及ばんよ」


 嘘つけ。可愛い愛弟子が立ち直れなくなっているのを放っておけなかったんだろ。まぁ、俺がモモを探し出すまで人間になる方法に集中しない事を回避したかったと言うバーバラの都合も少しは有るかも知れないが。


「そう言う事にしておこう。ところでテロワールをミナールのもとに連れて行くのはお前の指示だな?」

「それは人間に戻る方法を探る事には関係ないので教えられんな。エコー達を此処に遣わせたのもこちらの都合だが、それも教えられない」


 クレインに憑依すればテロワールへの連絡は簡単にできるはずだが……。


「たまたまこのタイミングでクレインが目覚めて此処に現れてくれたのは俺にとってはこの上ない幸運だった。ドラゴンの血の入手は、お前を探し出して相談しようと思ってたところだったからな。クレインがいつ目覚めるか分からないって言ってたことは本当だったんだな」

「ふ、ふははは。良いぞエコー。その調子で人間になる方法を探し出してくれ」


 何で悪の親玉みたいに笑ってるんだよ。その理由が分からない。


「あ、そう言えば銀の鋏に会ったぞ。その情報は知っているか?」

「何!?」


 身を乗り出すクレイン。


「サルファを出発したときだ。ヴェイルという能力者が返り討ちにした。ヴェイルを知っているか?」

「いや、知らん。サルファまで手を伸ばしているのか……。それで、銀の鋏の連中はどんな奴等だった?」

「ああ、姿を消す魔法装備アーティファクトの武器を持ってたヤツが一人だ」

魔法装備アーティファクトの武器を持ってたと言う事は幹部の九杭きゅうこうだな。さらにヴェイルは幹部の一人を討つことが出来たとは……」

「きゅうこう?」

「魔女を穿つ九本の杭と言う事らしい。魔法装備アーティファクトの武器を持つことを許される銀の鋏の幹部の呼び名だ」

「そうか。確かにその幹部には、鋏の入れ墨と2の数字が彫られていたな」

「……ふむ、サルファを調査するか……」

「やつらは魔法装備アーティファクトの武器をどうやって調達しているんだ?」

「この大陸の外から持ち込まれた新しい魔法体系を利用しているらしいぞ」

「ゴンドワナ大陸とバールバラ大陸以外の大陸か?」

「ああ、そのうちエコーも知ることになるかも知れないな」


 詳しく教えてくれないのかよ。


「その幹部が持っていた魔法装備アーティファクトの武器も確保しているぞ。どうする?」

「できれば回収したいな。今持ってるのか?」

「いいや、セカルドの街の、とある場所に保管してある」


 本当はエクリプスに保管しているが、すぐに移動できるし構わないだろう。


「セカルド……、と言うと定期的にシャルの店には使いを送ってるな。その時に買い取ってもいいぞ」


 バーバラの手の者はシャルと繋がっていたのか……。まぁ、ラビィがシャルとトレジャーハンターと称している交易をやってるから、シャルと接触しているのだろうな。


「分かった。シャルには伝えておく」

「そうか頼んだ。おっと、立て込んでるからじゃあな」


 そう言った直後、一瞬だけよろめくクレイン。


 バーバラが突然クレインの憑依を解いたんだな。


「もう! 手放すならそう言ってよねっ、ってそう言うことだ。エコー」


 バーバラは既に憑依を解いていると言うのに、腕組みをして偉そうに喋るクレイン。


「なぁ、クレイン」

「何だ?」


 その正体は、とても長い年月を生きてきたドラゴンであるクレイン。その尊さを精一杯表に出そうとしている様にも見えるのだが……。


「お前、馬鹿だろ?」

「なななな、何を言い出すんですか?! 馬鹿じゃないですぅ。私は知性を持った賢いドラゴンなんですぅ」

「……」


 何か、あのバグ女神と同じ様な反応をしてるな……。

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