第149話 ミノが豊穣神だと知った

 腹が減ってはまともに話が出来ない、と言う事で俺たちはリンカが作った料理と、シャーロットが俺を往復転送することによって送り込んだ料理とを組み合わせた夕食を取り終えた。ミノはパンパンになった腹を上にしてテーブルの上に寝転んでいる。


 シャーロットにドラゴンの血が手に入る事を伝え、まず小瓶を護符タリスマンのダイアナに持たせてこちらに送ってもらった。その後、クレインの血を入れた小瓶とダイアナを携えた俺をシャーロットのもとに転送し、ラビィの前に転送する帰り便のときに今晩の料理を持たせて貰ったのだ。


 解毒剤を作るために欠けていた材料、エルヴンディルとドラゴンの血を入手したシャーロットは早速製薬に取り掛かっている。薬に加工してしまえば日持ちするらしい。あとは石化解除の手段をミナールから受け取りパイラのもとに駆けつけるだけだ。


 パイラがもとに戻ったら人間になる方法を探すのを再開するのだ。


「……人に変化する能力か……、それ、良いな」


 ドラゴンであるクレインが今の人の姿になっているのは、人に変身できる能力を使っているからだ。バーバラが策を講じてクレインに渡したと聞いている。


「え? あげないわよ!」


 両腕で我が身を守るように抱きしめ俺を睨むクレイン。本当にこいつは何百年も生きている不死のドラゴンなのか……。


「……、いや、ただで貰えるなんて思ってないさ。ところで不死で長年生きてると自分の過去はどう言う風に感じるんだ?」

「それは自分自身の過去なのかどうなのか分からなくなるに決まってるでしょ。大昔の自分の記憶なんて、その辺の誰かに聞いた物語と変わらないわよ。あなた、二十代になったときに五歳の時のある一日を覚えてる? 覚えていないでしょ? もし、五歳のある日の出来事を鮮明に覚えていたとしても、時間の経過とともに体験から記録に変わってくのよ。その記録も記憶が曖昧になっていくにしたがって、自分自身でも本当に体験したことかどうかがだんだん怪しくなっていくのよ。ましてや百年、千年経つとなおさらね。これは歳を取ってみて感じてもらうしか無いけどね」

「そう言われると、そうだな」


 自分が小さい頃の神童だったとか言われる武勇伝も、本当に自分でやったことなのか、我が子贔屓の親バカが他人に吹聴してまくった話を自分で信じ込んでいるだけなのかの区別がつかなくなってくるからな……。


「長生きしていると、それ以外にも教えられないことが有るのだけれどね」

「何で教えられないんだ?」


 自分で話を振っておきながら、教えないと来たもんだ。


「それも言えない。あ、でも、そこに居る消滅しそうな神様の事は少し教えてあげる」


 クレインはミノを指さして言った。


「ミノが見えるのか!?」

「ミノって何?」


 きょとんとするクレイン。


「そこに転がっているミノムシの様な神様の名前だ」

「名前? ふ~ん、エコーはその子に名前を付けたんだ。良かったわねテミス」


 少し意地悪っぽい笑みを浮かべるクレインが言った。それを聞いたミノがビクッと体を震わせ急に立ち上がると、


「それじゃ!!」


 とクレインを指さして言った。テロワールを除く全員がミノのその様子を見ている。


「どれだよ」

「テミスじゃよ、テ・ミ・ス。わらわの真の名前じゃ」


 自分のことをワシと言わずにわらわと呼ぶミノ。


「おいミノ、何か思い出したのか?」

「ミノではない! わらわはテミス。七竜を統べ、月と死と狩りを司る豊穣の女神テミスじゃ」


 腰に両手を当て胸を張るミノ。


 改めてミノを観察してみると、沢山食べて少し成長したのだろうか……。手足が若干長くなっている気がする。だが、蓑をまとっているミノはミノって名前で良いんじゃないだろうか。


 しかし、女神だと!? 小僧と思っていたのだが……。


もとでしょ」


 クレインが突っ込む。


 七竜を統べるとミノは言っていたが、ドラゴンのクレインもミノの配下だったのか?


「テミスの名に於いて命ずる、ホワイトドラゴンが変化へんげした小娘よ、黙れ」


 威張り散らしたミノがクレインに言った。


「いやよ」

「……」


 あっけなく拒絶するクレイン。呆然とするミノ。


「なぁミノ。もしかしてお前、神の座から落とされたのか?」


 俺は呆然としているミノに優しく問いかけた。


「ふわぁん。ミノって呼ぶなぁ!」

「今さらテミスって言われてもなぁ。ミノで良いだろ?」

「ふぇ、ぐ、……く。ミノで構わない」


 両手の拳を握りしめて少し涙目のミノ。


 どうしたんだ?


「なるほど……、名を……。ちょっと待ってね……」


 考えを巡らせている様子のクレイン。


「ねぇエコー、人間に戻る方法を得る方法の一つとして、神の力を使うと言う手が有るかも知れないわよ。その神が、力と信者を奪われたミノの場合だと、信者を増やして権能を発現させるのが手始めに必要だという超大な計画になるけれどね。私達には神を使う手は取れなかったから、その道が有ることを覚えておいても損はないと思うわ」


 なるほど、藁をも掴む神頼みな気もするが、そういう手が有るのか。


 それは先程の沈黙の間にクレインが考えたのではなく、バーバラに念話で聞いたに違いない。


「分かった。覚えておく。ところでクレインはミノの支配からは免れているのか?」

「そもそも私はエコーと同じ様に人間の意識があるドラゴンだからね。他のドラゴンの様に暴れる様な事はしないわ。だから豊穣神の支配下にあろうとなかろうと災害を起こさないの。豊穣神の支配下に入るってことは豊穣神の権能で災害を抑えるって事よ。まぁ、現代の人類は災害の被害を最小限に抑える知恵を持っているけどね」


 そうクレインが言った。


 もしかして……、


「こっちの世界ではドラゴンとは自然災害を象徴していて、それが顕現したモンスターなのか? だから不死なのか?」

「あら。モンスターだなんて失礼ね。せめて原始の荒神と言って頂戴よ」

「……」


 なるほど。こっちの世界のドラゴンが何かが分かった気がする。だが、残念ながら俺が人間になる情報としては役に立た無さそうだ……。


 パイラを復活させ人間に戻る調査を先に進めるために、とりあえずテロワールと共にミナールのもとに帰ろう。

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