第9話 囚われの女の子を発見した

「本当に行くのか?」


 俺は走るモモの横を飛びながら言った。


 遠い空の一部だけが濃いオレンジ色に染まっており、暗くなった真上の空の雲の隙間からは星が見え始めていた。眼前には片方の門が閉められた両開きの街門が迫ってきている。壁面に取り付けられている燭台に門兵が火を灯そうとしているのが見えた。


「あったり前でしょ! 確認する、助ける、懲らしめる、それだけよ!」


 モモは走る速度を緩めながら言った。門を通過する際には門兵に軽く挨拶をし、そして今再びモモは走り出している。


『顔パスか?』


 まだ感覚を共有しているパイラに俺は聞いた。


『顔パスって、通門証などを見せなくても知り合いだから通してくれるって意味よね? 使い魔の契約を交わしたからかしら、何となく意味は理解できるのだけれど……』


 なるほど、そんな効果も有るのか。


『このナタレの街では貨物を引いてなければ特に誰何すいかされないわ。旅をする商人から税金を取るチャンスをみすみす見過ごすなんてことはしないから、荷物を持ち込んだりする場合は厳密に審査されるでしょうけど』


 パイラが俺の聞きたかったことをいい感じで教えてくれた。


 いや、それよりモモがこれなら何かしでかそうとするのを止めなきゃならないんだが……。


 モモは大通りを抜け、脇道を曲がり、俺が売られていたであろう通りを目指していた。


「ねぇあんた、子供が囚われていた場所を教えなさいよ!」

「俺が売られていた店の近くまで連れて行ってくれたらな」

「今向かってるでしょ。もうすぐよ」

「まさかこのまま乗り込む気か?」

「当たり前じゃない!」

「お前、ちょっと待てよ」

「何?」


 モモは走る速度を止めずに言った。


「お前が殴り込むって言うならその場所を教えないぞ」

「なんでよ!」


 急にその場に立ち止まるモモ。俺はそれに合わせてモモの周りをぐるぐると飛んだ。


「そりゃお前……、ちゃんと確認もせずに殴り込むってのは正義と言うのか?」

「違うの!?」

「おい! そりゃ、押し込み強盗か何かと一緒じゃないか。ただの犯罪者だろうが」

『あら、いい感じに正論ね。それでモモが止まれば良いのだけれど』


 呑気なパイラが割り込んできた。


「じゃあ、どうしたら良いのよ」


 モモが聞いてきた。


「まずはこっそり忍び込んで確認したらどうだ。その後どうするかはそれからだ」

「そうね……」


 考え込むモモ。


『でもそれって盗人と変わらないのでは無いのかしら……』

『パイラ、お前は黙ってろよ』

『はいはい、あなたにお任せするわ』


「殴り込まないっていうならその店を教えてやるよ。まずは俺が売ってた店まで案内してくれ。歩いて行くんだぞ?」

「分かってるわよ」


 俺の言葉を聞くと落ち着いた様子で歩き始めるモモ。俺は小さな声で話せる様にモモの右肩に止まった。


「これからは大声では話さないぞ。で、俺が売られてた店にはあとどれくらいで着くんだ?」

「あと少しよ」


 たくさんの布状のひさしが左右から張り出された通りを進むモモ。この通りの殆どの店はすで閉まっていた。何人かの通行人だけが帰路に就いている様だった。その通りの途中にある枝道に入るモモ。そこは先程まで歩いていた通りとは違った暗い雰囲気があった。


「ほら、あそこがあんたが売ってた店よ」


 モモが指差した。


「じゃあ、その手前の左側の店だ」

「フフフ。その店だったらあんたを買う前に入ったわ。鳥とかトカゲとかじゃなく、毛の生えた獣を主に売ってたわよ」

「じゃぁ、もう一度客として入ってみてくれ。店の動物を買いたいけど衛生管理状態も知りたいからバックヤードも見せてくれって言うんだ」

「フフフ、あ、ちょっと、めてよ」


 モモは身をよじらせながら言った。


「何だ? どうした?」

「あんたが耳の側でこちょこちょ喋るから、くすぐったいじゃない」

「我慢しろよ!」

「フフ、頑張る」


 モモが目的の店の前まで足を運ぶと、周りの店と同様に閉まっていた。


「閉まってるか……」

「ごめんくださ~い」


 そう言って何の躊躇もなくモモはそのしまった店の戸を開こうと手を伸ばした。


「お、おい!」

「あら、開いてたわ」


 開いた戸を勝手にくぐり店内に入り込むモモ。


「どなたか居ませんか~」


 返事はないく、店の中は灯火一つ灯っていなかった。


「店の奥に女の子が居たのが見えたんでしょ?」


 店の奥の扉を指差してモモが言った。


「ああ」

「誰かいませんか~」


 剣に片手を置きながらその扉をそっと開くモモ。そのバックヤードも店内と同じ様に灯火一つ灯っていなかった。誰も居ない様だ。


「誰も居ないわね」


 そのバックヤードは天井も高めで奥の方に長細い空間だった。獣臭い匂いが漂っており、殆どの檻には厚手の布が被せられていた。中の動物を興奮させないためだろうか……。


「外から見えるとしたらあそこ辺りかしら?」


 モモが指差した先には、他の檻と同じ様に布が被せられている大きめの檻が有った。


 そこに歩み寄るモモ。


「気を付けろ、猛獣が入ってるかも知れないぞ」


 モモは鞘が着いたままの剣を前に突き出して、そっと布を捲りあげた。


 それは檻ではなく金属で補強された大きな木箱だった。箱の前面に設えている扉には金属製の錠が掛かっていた。


「ねえエコー、その辺に鍵がないか探してもらえる?」


 モモは剣を腰帯に取り付け、ポーチを探りながら言った。


「ああ」


 俺は羽ばたきながら周辺を見渡した。さらに奥の方に机が有ったので、人の気配が無いか確認しながらそちらに移動した。机の上に降り立ち辺りを見渡す。鍵棚などがあれば良いのだけれど……。引き出しに至っては俺は開けられないな……。


 引き出しをモモに探らせた方が良いな。そう考え、俺はモモの居る方に戻ることにした。


 先程までモモの居た所に戻ると、そこにモモは居なかった。代わりにさっきの大きな箱の扉が開いている。


「おい、モモ?」


 俺が箱の中に飛び込むと、ボロをまとった小さな女の子を抱きしめているモモが居た。


 おいおい。

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