第65話 パイラが菓子を平らげた

  *  *  *


 実にあっけなく数日が過ぎた。


 パイラとシャーロットは無事ラマジーに到着し、魔法学園に戻ることができている。すぐにダーシュの部下にその無事を伝えたがダーシュ本人はまだ遠征から戻ってきていないらしい。今でも行方不明になったパイラとシャーロットを探しているのだろうか。


 学園生活での日常が戻っていた。シャーロットの拉致は学生達には伝わってはいなかったが、パイラとシャーロットが報告した副学園長によると、学園の管理層には伝わっており既に学生達の保護を強化しているとのことだった。そして二人には護符タリスマンが手渡され肌身離さず持っておく様にとの指示があった。これは商売神の神聖魔法で位置が分かるそうだ。


 シャーロットがパイラの部屋にお菓子を持ち込み、二人で紅茶を楽しんでいた。二人共とも学園の制服に着替えている。二人が挟んで座っているテーブルの上には各種の焼き菓子が並んでいる銀のトレーとティーポット、ティーカップが置かれていた。おしゃれなテーブルもシャーロットが持ち込んだ様だ。もともとパイラの部屋に有った机の上には、数冊の本の手前に遺跡で手に入れた短刀が置かれている。さらにシャーロットが手に入れた槍が、穂にカバーを掛けた状態で立て掛けられていた。よっぽど気に入っているのだろう、シャーロットはその槍を常に持ち歩いているそうだ。


 パイラは紅茶に手を付け様ともせず、本当に美味しそうに菓子ばっかりを食べている。


『うまいか?』

『ええ、とても』


 味覚も共有している俺にも味を知ることができた。久しぶりの菓子は甘くてうまい。


『お前、お菓子が好きだよな? それでシャーロットに懐柔されたんじゃないか?』

『そんな事ないわよ』


 しれっと応えるパイラ。遠征に向かった馬車の中では菓子に目がくらんで口を開いたくせに。


 シャーロットはパイラが菓子を食べる様子を黙って微笑みながら見続けている。


『それより、屍食鬼グールの襲撃のその後はどうなの? エコーが何も話さないってことは特に変化が無いってことだと思うのだけれど』

『ああ、実際何の進捗も無いな。パイラも知っての通り、警備隊から請けた駐屯地の武具や防壁の修復依頼も終わらせてしまって、モモ一行はセカルドの街に出発してしまったぐらいさ。

 まぁ、油断さえしなければ屍食鬼グール一体が襲ってきたとしても、モモやファングなら撃退することは可能だろうからパイラが心配する程でも無い。冒険者になったのだからこれくらいの事件は対処できるだろ』

『そうなのね』


 パイラの右手が銀のトレーの上に伸び、種類の違う焼き菓子の上を二度行き来した後、赤いドライフルーツが乗っている菓子を取った。


『だが、屍食鬼グールに知恵がある、と言うか屍食鬼グールの行動に意図が有りそうな点が心配だな。単に攻撃してくるだけなら叩き伏せれば良いのだが、対処しにくい様な回りくどい事をしてこないとも限らない』

屍食鬼グールに関して私ができることはある?』

『ああ、屍食鬼グールに関しても図書館などで調べておいてくれると助かる』

『分かったわ』


 シャーロットがティーポットを手に取り、空になった自分のカップに紅茶を注いでいる。


『こっちのシャーロットの誘拐犯も気になるが……』

『ダーシュが帰ってきたら相談してみるわ』

『ダーシュが絡んでないとも言い切れないからな、油断はするなよ?』

『分かったわ。万が一の場合には、奥の手の魔法が有るから』


 逃走途中で入手した攻撃魔法か。


『ダーシュには内緒にしておくんだな?』

『そうよ。しかもシャーも使えることもね』

『なるほどな。ところでシャーロットとの契約魔法は解除できそうなのか?』

『そこなのよ。ちょっと調べてみたけれど、まだ解除する方法は見つかって無いわ。そもそも使い魔の契約を反故ほごにしたい魔法使いは居ないんじゃないかしら。だから解除方法は確立されていなのかも知れないわね……』

『人との契約魔法の行使を禁忌としたからには、過去にそれをやった事が有るわけだろ? とすると解除する方法を用意しておくべきじゃないか?』

『確かにそうね。探し続けてみるわ。ただ……』

『ただ?』

『シャーが解約したくないって言い続けているのよ』

『なんでだ?』

『理由は、私が編集窓エディタで作った魔法をシャーの記録片庫フォルダに書き込む事ができなくなるからよ』

『つまり、魔導書片手にだらだらと詠唱するスタイルには戻れないってことか?』

『ええ』

『それだけか?』

『えっと、まぁ、シャーによると、私との精神の接合が無くなるのが嫌だって……』


 あー、はいはい。


 ティーカップを口元に運びながら、パイラを見て微笑むシャーロット。


 監禁されていた牢獄から逃れて学園に着くまでにボサボサになったいた髪の毛は、肌と同様につやつやとしていた。


『……シャーロットが良いって言うなら暫くはこのままでも構わんだろう?』

『ええ、私の方はシャーとの共有を自由にシャットアウトできるから、シャーさえ良ければ』

『それに、シャーロットと仲良くしてたら、お菓子も付いてくるからな』

『ええ、そうね』


 パイラが焼き菓子を口に運びながら言った。


 今度、パイラの体を借りて菓子じゃなく、本格的な食事をしてみるのも良いかも知れないな……。


『やっぱり、お菓子で懐柔されてるんじゃないか』

『そ、そんな事ないわよ』

『いや、良いんだ。……そのだな、時々は、茶会の時にはパイラの感覚を共有させてくれ』

『どうしたの?』

『お前の食感を通じて、人間であったことを思い出せるからな……』

『そうね……。もちろんよ』

『ありがとう』

『それに、時々なら私の体をエコーにあげても良いわよ、自由にして』

『な!!』

『どうしたの? そんなに驚いて。私の体で自由に食事をしても良いって事よ?』

『……』


「あら、お姉様。急に笑顔になりましたわね。楽しいことでも思い出したのかしら?」

「ふふ。ちょっと悪巧みしてるの」

「まぁ! でしたら私も悪巧みに混ぜて下さいな」

「いいわよ。でもちょっとシャーには早いかしら? もう少し大人になったらね」


 何が早いって言いたいんだ、パイラは! それにシャーロットを混ぜるな!

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